第16話 神獣と寺田さん
「お前達、無事だったか。」
のそのそと寺田さんがやって来る。
いや、それこっちの台詞だから。
迷子にでもなってたの?
「「テラダ様!」」
「テラダの兄貴!」
「ちょっと、寺田さん、子守りを放り出してどこ行ってたのよ。危なかったみたいなのよ?」
という私の叱責を無視して寺田さんは死んだ司教をマジマジと見詰めている。
「………やはり、こうなるのか。」
「え、もしかして、寺田さんも?」
「うん。お前が最初に遭遇した連中も同じか?」
「…うん。私も驚いたけど…。」
寺田さんは目を閉じて「南無…」とか呟いた。
ああ、寺田さんも日本人だなぁ。
「……お前達、無事に剣を手に入れたようだな。」
「はい!テラダ様のお陰です!」
喜んで剣を抱き締めるジュリアさんと相対して、ムタくんは微妙な顔だ。
お姉さんの方が勇者だったからね。
ムタくん張り切ってたし、落ち込んでるんだろうなぁ。
「猿、派手にやられたな。」
「はは、生きてるだけ儲けもんっすよ!」
「オラウ様、傷の手当ての為に私達の村へ行きませんか?」
「そうです、田舎の小さな村ですが医者もいますし。」
「いや、やめておけ。」
自分の傷を舐めながらジヤくんが言う。
「俺達は島の外には出られない。」
「え?!そうなんですか?!」
「でも、傷が…」
二人はオラウくんの腕を見て心配している。
オラウくんは明るく笑う。
「まあまあ、大丈夫だから!厳密に言うと、島から出ると俺達守護者はサイズダウンしてただの動物になっちまうんだよ。」
「そうなんですか?」
「ああ。俺達に強い力が備わっているのは外敵からロアの剣を守る為だからな。聖域にいれば、死なない限り大概の傷は治るんだ。島の外に出れば、オラウの傷じゃたちまち死んじまうぞ。」
は〜、成程ね。
本当に剣を守る為に存在してるんだね。
ジュリアさんとムタくんも顔を見合わせて、それなら…と引き下がる。
「それより、奴の最期の言葉が気になるな。すぐに追手がかかるなら、お前達は早く魔王の城に急いだ方が良さそうだ。」
ジヤくんの言葉に、私達も頷く。
どういう原理かはわからないけど、ライア教は何らかの手段で強化する技術を持っていて、それはどうやら勇者と相性が悪いようだ。
それで勇者を目の敵にして、聖具が勇者の手に渡らないよう邪魔しているらしい。
本当にこちらの情報が伝わっているとしたら、ロアの剣を持ったジュリアさんは最優先に標的にされるだろう。
その前に、早く魔王さんのところに辿り着かなければいけない。
「本当に、そんなにすぐに追って来るんでしょうか?」
「でも、私達の住む領地にも教会が建てられたわ。監視されているのかもしれない…」
「真偽はともかく、ライア教会があなた達に害意がある事は確かだわ。ゆっくりしたいところだけど、急いだ方がいいのかも。」
とは言うものの───。
ただでさえ体力無いのに、疲れ切ってボロボロな二人をせっつくのは心苦しい。
私ですら、ちょっと休もうよって言いたいもの。
それに、オラウくんとジヤくんも大丈夫って言ってるけど傷だらけだし、ここまで命懸けで助けてくれたのにこのまま、じゃあさようなら、っていうのも何だか申し訳ない。
きっと私と同じように思っているのか、二人は不安と寂寥が半々の顔をしている。
しかし、しばし沈黙した後ゆっくりと姿勢を正し、オラウくんとジヤくんに深々と頭を下げた。
「オラウ様、ジヤ様、ありがとうございました。」
「必ず魔王を倒して戻って来ます。それまでどうかお元気で。」
二人の後ろ頭を見下ろすオラウくんは嬉しそうに声を上げ、ジヤくんも喉を鳴らす。
「ああ、気を付けてな。」
「ごめんな、俺達に出来るのはここまでだ。キララの兄貴、テラダの兄貴、ロアを頼みます。」
私はオラウくんとジヤくんにそれぞれ握手して別れを告げると、二人を担いで来た道を戻りだした。
たくさんの猿達と豹達の見送りが見えなくなるまで、二人はいつまでも手を振って別れを惜しんでいた。
「お前達、大丈夫か?」
寺田は珍しく、オラウとジヤに気遣いの言葉を掛けた。
「大丈夫っすよ!これでも神獣っすよ?!」
「そうじゃない。ああいう手合いはな、実利より沽券に執着を見せて無意味な報復を企てる事がある。お前達だけであれを退ける手段はあるのか?」
2匹は顔を見合わせた後、笑って吹き出した。
「兄貴ー!キャラ違くないっすか?!」
「ははは、まさか神獣が心配されるなんてな!」
寺田は真面目な調子のまま言葉を重ねる。
「あの程度なら、あの娘にはキララが付いていれば十分だ。ここに招かれたのも何かの縁、俺がここにいればあいつらも後顧の憂いを断てるだろう。」
それには、2匹も苦笑いになる。
「心配してくれて嬉しいっすけど……俺らにも意地ってもんがあるんす。」
「ああ。守護者がお守りされるなんて、笑い話だ。」
「それに、守るべきものは無事に手元を離れたんで……俺らはその為にいたんで、その後は、まあ、それなりに自由にやりますよ。」
「使命は果たした事だし、後は無様に逃げまくってでも生き延びるさ、ははは。」
「そうか………要らん世話だったな。」
ふっと寺田も(ワニなりに)笑んで踵を返す。
「あ!兄貴、そっちこそ、どうかお願いしますね!」
「わかっている。」
「いや、キララの兄貴は強いっすけど……なんつーか、あの人、ちぐはぐな感じがするんすよね〜。」
「ああ、確かに、尋常じゃない力を秘めているけど、同時になんというか、不安定にも見えるな。」
(……見抜くのか。大した獣だな。)
「島に来た奴らより厄介な追手が掛かったら、ひょっとしてキララの兄貴じゃ荷が重いかもしれないっす。」
「人間の侮れないところは力技だけじゃない事だからな。手段によってはキララだけじゃ心配だ。」
「なんだ、よくわかっているな、お前達。」
「これでも1000年人間と戦ってるんで!」
「そういうわけで、テラダ。ロアを頼んだぞ。」
「任せろ。」
寺田は振り返ることも無くそのまま静かに去っていった。
2匹はその後ろ姿をいつまでも見送っていた。
「……あれは何者なんだろうな。」
「悪いヤツらじゃねーんだけどな、きっと。」
敵として遭遇したならば、絶対に命が無かっただろうと思う。
今回やってきた人間達よりよっぽど厄介な、立ち会えば死を覚悟してしまう者達。
しかし一人はまるで、狼の肉体でありながら兎のように振る舞う、その牙も爪も全く用立てない外剛内柔の不器用者。
そして一匹は逆に、闘神を雁字搦めに縛り付けて無理矢理不自由な獣の体に入れたような
何をどうすればそうなるのか不思議なほど、器と中身が合っていない。
今までに見てきたどの人間とも獣とも違う匂いがする、歪で怪しい者達。
共闘してはいたが、実は2匹はずっと腑に落ちない違和感を抱えていた。
ロアはすっかり信用しているようだし、ここまで確かにロアを守ってくれたが、あまりにも未知な者達だ。
野生の勘というのか、何か不吉なものが引っ掛かる。
それはまるで魔王の影を見ているような…。
しかしそれでも、彼らは誰よりも強い。
気掛かりはあっても2匹はただ、任せろ、という言葉に頷くしか無かった。
「……大丈夫だろうか。」
「大丈夫じゃなかったとしてお前、あんなおっかねーヤツと戦えるか?」
「無理だな。」
心配したところで詮無いと悟った2匹はそれっきり口を閉じた。
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