第15話 勇者はやはりチートだった

「け、剣が……しゃべってる……?」


『防護幕を展開。最適な位置ポジションへの速やかな移動の為、末梢神経に干渉します。』


 唖然とするジュリアの体は操られるようにして素早く司教の方へ向かい、真っ直ぐに剣を構えた。

 そこへ、黒い炎の玉が放たれる。

 先程間一髪で横を掠めた炎は、離れていても皮膚がチリチリとする熱気があった。

 きっと当たれば骨も焼き尽くすだろう高温の炎。

 それが───


「───何?!」


 確かにジュリアに向かって放たれた炎。

 しかし、まるで強い向かい風を受けて大きく揺らぐように変形すると、黒い炎は泡が弾けるように柔らかく消滅した。

 ジュリアは火傷どころか、一欠片の熱気も感じないまま呆然と立ち尽くしている。

 後には優しいそよ風が頬を撫でるだけ。


「馬鹿な?!一体何が起こったんだ?!何をした?!」


 ギョロリとした目を更にむき出して、司教は叫ぶように問う。

 ジュリアもわけがわからず言葉も出ない。

 オラウを庇うようにして伏せていたムタも、憮然として口をあんぐりと開いた。

 ブロディ司教は何かに考えが至ったのか、ハッと短く息を吐くと苦い顔になる。


「………成程、それで正教会は聖具回収を焦っていたのだな……。確かに、これを放置しては聖部隊の権威も教義の正当性も危うくなる……。」


 司教はずっと腰に下げたままだった剣の柄に手を掛け、細身の剣を引き抜いた。

 その顔には先程までの余裕はなく、より濃くなった悪意に満ちていた。


「ブロディ聖部隊の威信に賭けて、例え刺し違えても今この場でお前と剣を葬る。」


 ジュリアは震えたまま剣を構える。

 その刀身は静かに風を巻き、その風は一帯の空気を清浄にしていくように流れた。


『邪気の発生源を撃滅します。』


 その言葉と同時にジュリアの足は自然と前に出された。

 同じく、司教もジュリアに向かって斬り掛かる。

 

 その勝敗は一瞬で決した。 

 司教が突きの姿勢を取る前に、剣を持ったことも無かったジュリアの一振りが勝った。

 それは真っ白な強風が吹き抜けるようだった。

 ブロディの肉体には傷も痛みも無いのに、剃刀の刃のような薄い風が幾重にも身を貫いて、その度に魂を削り取られる痛みが内部に走った。

 ブロディ司教はその場に崩れるように膝をつく。

 後にはやはり、そよ風が吹き抜けていく。


「し、信じられん…。ライアの赤紋を、砕くのか……。」


 司教は両手を地に着いて頭を垂れる。

 ジュリアと、そしてムタも、ただ口を開けて呆けるだけだった。




 ………すっっっっっごーーーーーい!!

 何あれ?!何あれーーー?!

 勇者の剣て、マジ勇者の剣じゃん!

 本人ポカンとしてるけど、そりゃそうなるよ!!

 運動神経皆無なはずのジュリアさんのさっきの動き何なの?!

 今、体が寺田さんだからわかったけど尋常じゃない速さと綺麗な剣捌きだったよ!

 そして凄い風!刃みたいな風!

 バ○じゃん!!絶対○ギじゃん!!

 この世界魔法無いっつったじゃん!

 勇者だから魔法使えるっての?!

 っか〜〜〜!!勇者だ、このご都合設定は勇者だ!!


 飛び出そうとした瞬間に見せられた圧倒的な殺陣シーンに大興奮の私の横から、ジヤくんが飛び出して行く。


「オラウ!」

「…ジヤか!」

「…ジヤ様?!……あ!キララ様!!」

「キララ様!!ご無事だったのですね!」

「あ、ええ、二人こそ!それが勇者の剣なのね、凄かった!」

「は、はい!皆様のお陰で…」

「あ、オラウ様!怪我は…」


 みんな興奮状態で無事を喜んだり剣を絶賛したりと落ち着きなくやかましい。

 その興奮に水を差すように、項垂れていた司祭が顔を上げて哄笑した。


「ふふ……おめでたいですね……。一件落着のつもりですか?」


 ジヤくんは静かに威嚇を始め、ジュリアさんも再び剣を構える。

 警戒する皆の前に、私は庇うように一歩出た。

 この人、立ち上がれそうな感じはしないけど、さっきの攻撃って魔法?

 魔法なんか無いって言われた世界で、この人も相当危険だ。


「…どういう事?」


 私の問いに、司教はくつくつと笑う。


「……お前達は終わったつもりだろうが、これは始まりだ。聖剣を手にしたお前達の先に待っているのは凄惨な修羅の道だけだぞ。」


 うわ、悪役みたいな事言い出した。


「私の耳にある赤い宝石が見えるか?………これは「ライアの赤紋」と呼ばれる強化術を施された者に与えられるナンバリングストーンだ。赤紋が破壊されると正教会に死んだ者の情報と直前の記憶が転送される。つまり、ここでの出来事も、お前達の情報も、即座に教会が知る事となるのだ。」


 ドッグタグにドラレコの機能が備わってる挙げ句通信まで出来るって、ちょっと、中世設定でそれはオーバーテクノロジーでないかい?


「正教会は即座に追手を仕向けてお前達を抹殺するだろう。」

「そんなもの、全部返り討ちにしてやるわよ。」

「……我々は所詮、辺境の試験部隊でしかない……今からお前達を待ち受けるのは完成されたエリート部隊だ。その強さは想像を絶するぞ?」


 くくく、我は四天王最弱…的なやつだよね、コレ!

 そんなベタな事言うんだな、本当に。


「……せいぜい足掻くといい。地獄の底で…見ているぞ…お前達の……無惨な…結末……」


 ただ疲れたような顔だった司教が、リーコくんのように土気色の老人になっていく。

 赤いピアスが黒く変色し、司教の目頭から涙のように一筋の血が流れ、目は開いたまま白く濁って光を失う。

 司教の体は崩れるように前のめりに倒れた。

 質量を感じさせない、クシャっという音がした。

 それは敵だったとしても、直視するには惨い、痛ましい最期だった。

 その様子を、ムタくんとジュリアさんは目を背ける事なく険しい顔で黙って見ていた。

 その顔は泣きそうなくらい悲痛に見えた。

 ……命を狙ってた敵だったとしても、こんな戦慄するような死に方を目の当たりにするのは何とも言えない気持ちになる。

 何者かよくわからないけど、宗教も違うけど、死ねば仏だと、私は手を合わせた。


 リーコくんの時といい、倒されると老死してしまうって、ライア教ってヤバくない?

 異世界だから?

 悪役の鑑みたいな悪役だったけど、リアルでやられるととんでもなく後味悪いな。


 ところで、寺田さんどこだ?

 


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