第13話 尊大な態度の敵ほどあっけなく倒される噛ませ犬
リーコは踏み込めないでいた。
朧の暗殺班。
実体を掴ませない素早さで敵を翻弄し、文字通り、朧のように消えては現れる神出鬼没の暗殺部隊として恐れられる自分達。
過去に取り逃した敵はいない。
包囲を破られた事も、まして、熟達した連撃を防げた者など記憶に無い。
それが、今。
(有り得ない……!こんなこと、絶対に有り得ない!!)
肉体を強化する「ライアの赤紋」を授かり、反射神経と視力が人間を超越している自分達にとって、暗闇とは絶好の狩場だ。
こちらからは全て見えている。
しかし相手は、自分達を肉眼で捉えることは出来ない。
ろくな装備も無い一般人相手など、一方的な狩りになるはずだったのに。
初撃に入った二人は完全に死角から向かったはずだ。
しかし、大男がふらりと揺らいだと思ったら、先鋒の二人はピンボールのように弾かれて木々に激突していった。
「はあ?!!」
何をしたんだ?!
日の下ですら見失う速度の攻撃を、見切ってかわしたというのか?!
しかも反撃までした?!
あんな棒切れで?!
リーコの頭は混乱する。
(ただの棒だろ?!…聖部隊は肉体強化された戦士だ、たかが木の棒で殴られたところでダメージなんか受けない!なのに………!何故、誰も起き上がって来ないんだ?!!)
(………どうやら、侮っていたみたいだ…。あいつは、………僕らと同程度となみす!)
ピュイっと口笛で合図する。
これは
部隊の残りは4人、逃げ場を無くす全包囲網。
これで仕留める!
大男は、一人に向かってスッと大きく踏み出した。
全く速くない、普通の歩法。
しかしそれは布が翻るように見えた。
ゆらゆらと燃える陽炎に手を伸ばしたような、おかしな感覚がした瞬間。
「げっ…!」
向かった一人の胸を棒で突いて飛ばす。
背後に付いたもう一人は、それこそ風に煽られる旗同然にヒラリと横に付かれ、棒が脇を強打する。
上をとっていたもう一人など、自ら棒に向かって頭を打ち付けていくようにすら見えた。
(…速い……わけじゃない?!見えている、見えているのに、何故───)
思考している間にリーコはナイフを叩き飛ばされる。
腕を掴まれ、視界が回ったと思ったら、背中から地面に叩きつけられていた。
「………!!!!!」
一瞬の衝撃に息が詰まる。
痛みに瞑ってしまった目を再び開くと、自分を見下ろす大男の姿があった。
その眼差しに感じるのは殺意や敵意ではない。
人の営みなどあっけなく吹き飛ばしていく自然の脅威に似た、抗えない摂理を宿したような、無心の黒い瞳。
「……あ…」
「顔はやめといてあげる。」
腹部に重い衝撃が走り、リーコは昏倒した。
「……うん、これで全部ね。」
周囲を見渡して安全確認。
木の柱を投げ捨てて、ほっとして息を付いた。
「お、お、おま、お前…」
ジヤくんは口を開けて満足に言葉も出てこないほど驚いている。
わかる、その顔私もした事あるもの。
どうかしてるわよね、寺田さんって。
「お前は人間なのか?!」
「多分ね。私もよくわかんないのよ。」
「はあ?!」
「それより、ジヤくんの怪我は?大丈夫?」
体中の毛に血がべっとりと付いている。
手当てしてあげたいけど、道具も無いしそもそも動物の体に詳しくもない。
「ああ、派手に見えるが何箇所か皮を裂かれただけだ。問題無い。」
ジヤくんは頭を振ってグイッと伸びをして見せた。
うわー、猫っぽーい。
大きい猫可愛いー。
「それより、ロア達を追うぞ。」
「そうね。ジヤくん走れる?抱っこしようか?」
「いらん!走れる!」
ええー、牙剥くほど抱っこ嫌なのー?
ちぇー。
いいや、後で撫でさせてもらおう。
「あ、ちょっとだけ待って!」
「何だ?」
「最後にイケメンの顔だけ拝ませて!大丈夫、写メったりしないから!犯罪だもんね!」
「うん?」
イケメンの寝顔()を生で拝む事なんか多分一生無いからね、目に焼き付けておかないと!
と、リーコくんのご尊顔を見て、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
「な!!……何、コレ?!!!」
──────────
ロブは目眩がしそうだった。
とっくに息は上がって、普段なら重さを感じない鎧が酷く重く感じられる。
鎧の中は汗だくだ。
「おい、集中が切れてるぞ。」
声の方向に向かって腕の仕込み銃を放つが、最後の一発は地面に穴を開けただけだ。
その間にまた一人、闇に放られる悲鳴が上がった。
「くそっ!」
お手上げだった。
敵は機動力が圧倒的に上で、攻撃は全て回避される。
撤退も無理だ。
更に銃弾すら弾き返す鎧を噛み砕く、信じられないほど強靭な顎を持っている。
班員は全て鎧腹部を噛み砕かれて投げ捨てられた。
誰も立ち上がらない事から、相当の深手を負わされているのだろう。
残るはもう、自分一人。
「良くできた甲冑に慢心しているから後手に回るんだ。力自慢だけで押し通せるほど武道は易くないぞ。」
正直なところ、その言葉はロブには耳が痛かった。
「ライアの赤紋」によって無双の剛腕となり、聖部隊でも機密扱いされる製法で造られた
まさか、ワニに武芸を語られるとは。
笑いが込み上げてくる。
ロブはふう、と大きく息を吐くと、背部に装着されている伸縮式の槍を取って構えた。
「ほう…。槍を使うのか。」
心なしか、ワニの声に喜色が感じられた。
「ブロディ辺境鎮圧聖部隊、重歩兵隊長のロブ・アスタだ。………名前があるのだろう?」
「今はただのテラダだ。」
「………テラダ。胸を借りる。」
恐怖は消えていない。
ただ、まるで剣聖の空気を醸すこのワニに、自分の渾身の槍術を見せたくなった。
長らく使うことがなくなっていた槍術。
かつての師に向かう心地のまま、ロブは一撃を放った。
真っ直ぐな軌道は寺田の頭に向かう。
避ける素振りはなく、捉えた!と思った矢先。
寺田は、何と鼻先だけで槍の軌道を逸してしまった。
「?!」
槍が地面に突き刺さるのと同時に、寺田の歯が腹部に食い込んだ。
「ぐぅっっ…!!!」
鎧を噛み砕かれたロブの腹に、僅かに歯が立つ感触がした。
深手ではない。
しかし、そのまま吹き飛ばされて、ロブは木の根に身を打って沈んだ。
「怠慢の槍技だが心意気は見られる。鎧を捨てて形稽古からやり直して来い。」
その言葉にロブはフッと笑った。
そして、
「ん?」
ロブの赤いピアスが黒く変色すると同時に、顔が土気色の老人のようになり、最後には血を吐いて絶命した。
「奇怪な………どういう事だ?」
見渡せば先に峰打ち(寺田なりに)した連中も、同じように枯死している。
「………すまんな。手を合わせることも出来ない身だ。」
せめてもの供養のつもりで瞑目した後、寺田は島の中央を向いた。
「………子供らの元へ急いだ方が良さそうだな。」
──────────
「な、何をしたんだ、キララ!」
「し、知らないわよ!こっちが聞きたいわ!気付いたらおじいちゃんになって死んでたんだもん!」
「お、お前、怪物だな?!」
「違うわよ!この世界の何かそういうんじゃないの?!」
「くそっ!ロアは大丈夫なのか?!」
「あ、ちょっと待って!」
「こっち来るな!」
「行く!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます