第11話 寺田さんは宿命とか信じるタイプ
「放して下さい!僕もキララ様と戦います!」
「お前がいても蚊より役に立たん。大人しく担がれていろ。」
剣を振り回しながらオラウの腕から逃れようと身をよじるムタに、寺田は呆れた声で吐き捨てた。
「そうかもしれませんけど…でも!逃げるなんて嫌です!」
ムタの目から涙が溢れた。
弱い、役に立たない、ただ庇護されるだけという自分の存在が惨めだと、今ほど痛感した時は無かった。
悔しくて、恥ずかしくて、敬愛する男を見捨てる事が我慢出来なくて、ムタはボロボロと涙を零した。
その歯痒さを誰よりも理解しているジュリアは、唇を噛んでムタの手を握る。
「ムタ、キララ様はきっと大丈夫よ。」
「当たり前だろ!そういう事じゃないんだ!姉さんは女だから、わかりっこない!僕は…!僕だって…!」
伝承の勇者はいつでも無敵で格好良かった。
万の軍勢を指先で退ける魔王を、一刀両断にする勇者。
自分もそうなれるだろうか、なれるかもしれない、剣を手にすればきっと、そんな風に夢を見ても、現実はただの足手まとい。
なんて情けないんだろう。
情けない自分をいっそ殺してやりたい。
そう思うほど、涙はますます溢れ出てくる。
「己の足で逃げる事もままならん子供が自惚れるな!」
どんな時でも静かな口調だった寺田の声が荒げられて、ムタとジュリアは驚いた。
「頭を冷やせ、
「ち、違います!僕は…」
「お前の役目は何だ?」
「僕は………」
「俺は魔王を見た。」
「え?!」
「魔王の住処は広大で、荒れて腐っていた。魔王は大きく、底知れない気配をしていた。俺でも、キララでもあれには勝てん。」
「………。」
「お前ならばあれを打ち倒せるんだろ?お前は魔王と戦う為に生を受けたんじゃないのか?」
それを聞いて目が覚めたような顔のムタは、そしてジュリアも、何かの決意を新たにするように胸元でギュッと拳を握る。
「人にはその裁量で行える領分というものがある。俺もキララも野盗の始末は大の得意だから行うまでだ。死ぬならそれは役目を終えた証だ。お前は死に時を、役目を間違えるな。」
涙の滲む目を擦って、ムタは「はい!」と力強く返事をした。
「…ごめん、姉さん。」
「いいのよ、私だって同じ気持ちだもの。でもね、お友達が殺されて…ジヤ様も危うくて…一番駆け付けたいはずのオラウ様が私達の為に走ってくれているの。」
「……オラウ様、すみませんでした!」
「全然オッケーっすよ!それが俺の役目っすから!」
ムタはようやく剣を納めて、大人しく担がれる事にした。
寺田はやれやれとため息を吐く。
「テラダの兄貴、イイ事言うっすね!」
「そうだろう。子供というのは………止まれ!」
唐突に寺田が叫ぶので、一同は驚いて足を止める。
その直後だ。
メキャ、バリ、ドォォン!
木々をなぎ倒してオラウほどの大きな岩が落ち、地響きが渡った。
「?!!」
「なっ…?!どこから?!」
「まだ来るぞ、散れ!」
次々に飛来する巨岩を、それぞれが辛うじて回避する。
巨木が倒れ、土が舞い、木の葉や小石が一頻り飛んだ後、辺りは静まる。
「や、止んだか…?」
二人を包むように丸くなっていたオラウが顔を上げ、周囲を見渡す。
「豪腕だが足が遅いから礫を投げて邪魔をするか。いいだろう、俺が行く。」
岩を投げてきた方向へ寺田が向かおうとすると、ムタは慌てて寺田を止めた。
「て、テラダ様!こんな投石を行うのはきっと軍隊です!お一人で行かれるのは…」
「密林に布陣するバカはいない。それに、弘法は筆を選ばず。身はトカゲといえど、野盗相手に天真翁は遅れを取らん。お前達はさっさと行け。もたもたしているとまた何か飛んで来るぞ。」
落ちて来た岩の大きさを見て青い顔をするムタは、やはりいくら神獣といえどテラダには荷が重いのではないかと戸惑う。
しかし、ジュリアとオラウは顔を見合わせて頷くと、立ち上がって走り出した。
「テラダの兄貴、頼んだっす!」
「テラダ様、どうか無事で!」
オラウに担がれながら、ムタはまだ不安な表情をしていたが、
「僕は、僕の役目を果たしてきます!ありがとうございます!」
声を振り絞ってそう叫ぶと、猿達と共に濃霧に消えていった。
「うん、素直な性質は好ましいな。忠蔵もああだったら良かったのに。………さて。」
二人を見送った寺田はゆっくりと
黄色い目がキラリと閃くと、音も無く闇に溶けていった。
──────────
「………やったか?」
「………足音がします。どうやらしくじったようです。」
「ふぅ。大口を叩いておいて、リーコは何をしているんだ。仕方ない、追うぞ。」
ロブ班は重装備の歩兵だ。
戦場では正面から攻撃を受け、槍や銃はおろか騎馬さえも返し進む姿から、巨人の盾や死の壁の異名で知られている屈強な部隊だ。
しかし機動力は大いに欠けている。
密林の悪路を走らされる事に不満をもらし、重量部隊は渋々駆け足を始めた。
その時。
「──!」
「ん?」
後方で音がした。
振り返っても、変化は見られない。
気の所為かと思い正面に返ろうとすると、視界の端に藪に引き込まれる班員の影が見えた。
「敵だ!密集体形!」
8人ばかりが素早く円を作り中央に背を向けた。
重量のある歩兵を音もなく連れ去るとは、今までの獣と違う厄介な何かだ。
静寂な闇の中で、陣形を取ったまま各員視線を泳がせる。
長い緊張に、ロブの額から汗が出る。
すると、ちょうどロブの正面の暗闇から何かが近づく気配がした。
「お前達、見誤ったな。キララならその装甲は貫けなかったかもしれん。逆も然りか。あの猿飛共なら枝を伝って俺から逃げ果せたかもしれん。」
ロブの部隊は強い。
だからロブはどこの戦場に行っても、恐れを知らず自信に満ちて戦えた。
それはこの異教の聖域でもそうだった。
しかし今、ロブは得体の知れない恐怖を感じていた。
目の前にいる何か対して、無双の豪腕と自負していた自身が、ひどく小さく頼りなく思えた。
まるで蛇を前にした雛鳥のように。
霧の中にぼんやりと黄色い光が2つ現れる。
無骨な牙は剥き出し、全身を鱗で覆われたワニは、ゆっくりとロブの前に出た。
「掛かってこい。相手をしてやる。」
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