第10話 いざその時になると「ここは任せて先に行け」と言わせてもらえない

 夜明けを待って祭壇に行く事になり、私達は猿達に見張りを任せて休む事にした。

 私とジュリアさんで落ち込むムタくんを宥め、オラウくん達は毛づくろい、寺田さんは………何だろ、ボーっとしてる?やっぱイマイチ表情が読めない。

 敵がどこかで潜むジャングルの中だというのに、穏やかな時間が流れてるなぁ………と気を緩めていた時だった。


「何か来るぞ。」


 寺田さんが顔を上げて呟いた。


「あ、大丈夫っす、俺の一族っす。」


 オラウくんに向かって小さな猿が飛んでくる。

 そして何か耳打ちする。

 可愛い猿だなぁ。

 何ていう種類の猿なのかなぁ。

 ほっこりする私に反して、オラウくんは目を剥き毛を逆立てて、表情も険しくなる。


「何?どうしたの?」


 オラウくんはしばし宙を見詰めた後、歯を剥き出して言った。


「………ナコの一族が、やられたみたいっす…」


 声は怒りに震えていた。

 和やかだった空気が張り詰める。

 どうやら、神獣の一族が倒されたらしい。

 相手はもちろん……


「ナコは毒を持つ強い一族っす。今向かって来てる敵は並大抵じゃないみたいっすね。……急いだ方がいいっす。」


 猿達が毛を逆立ててギャアギャア騒ぎ出した。

 ムタくんとジュリアさんは不安な面持ちで立ち上がる。

 私も二人に頷いて、撤収の準備を始めようとした。

 すると、


「また何か来る。」


 寺田さんがまた呟いた。


「……また猿?」

「違う。キララ、構えろ。」

「だから、呼び捨ては…」


 私の頭上を掠めるように、大きな何かが闇の中から飛んできて、ドンっと大きな音を立てて地面にぶつかった。


「ジヤ!!!」


 オラウくんが叫ぶ。

 地面を跳ねて身構えたそれは大きな血まみれの豹だった。

 

「…オラウか!逃げろ…!」

「お前ら、敵だぁ!配置!」

「やめろオラウ!戦っても全滅だ!こいつら、今までの奴らとは……───?!そいつら、ロアか?!」

 

 豹のジヤくん?が二人を見る。

 

「オラウ、早くそいつらを祭壇に連れて行け!そんなに時は稼げ…」


 闇の中からキラリと光る何かがジヤくんに向かって飛んでくるのが見えた。

 私は咄嗟にテントの柱を掴んでそれを叩き落とした。

 ナイフ?にしては大きくない?!


「?!…あんたは?!」

「自己紹介は後「キララだ。俺は寺田という。」はい、そうです!キララですヨロシクねチクショウ!!」

「?!」

「それよりジヤくんだっけ?!大丈夫そうに見えないけど大丈夫?!」

「?あ、ああ??」

「キララ、3時だ。」

「キララ連呼やめて!ていうか何よ、こんな時にオヤツ?!」


 右方向から何かが複数、物凄い速さで来た。

 黒い塊に見えるけど、人間?

 私はテントの天幕を掴んで投げつけ、天幕はそいつらを覆うように広がった。

 それを柱で真横に殴りつける。

 ぐっという小さなうめき声を出して天幕が吹き飛んだ。


「やっつけた?!」

「油断するな、キララ?とか言う人間!あれだけじゃない!」


 ジヤくんがさっきとは反対方向に向かって呻っている。

 木々の狭間の暗闇からまたキラリと閃光が飛ぶ。

 私はまたそれを叩き落とした。


「ふん、白井の投剣より鈍臭いな。先手が注意を引き後手が背後を取る小手先戦法も古臭い。」

「───はは、少しは知恵が回る動物もいたの?」


 霧の中からぼうっと浮かぶように姿を現したのは細身で武装警官みたいな格好をした……イケメン!!

 やだ、どうしよう、イケメン!

 弟系童顔イケメンとか私の食指が動くんですけど、三次元では上手にお話出来ないどうしよう?!


「臭くて汚い野生の王国だと思ってたけど、人間もいるんだ。へぇ……。───もしかして、勇者様とかいう奴だったりする?」


 ムタくんとジュリアさんを庇うようにオラウくんが前に出て牙を剥く。

 ジヤくんと猿達も一斉に威嚇した。

 なんてこった、こんなイケメンが敵なのかよ……。

 

「猿、早く子供らを連れて走れ。」 

「行かせると思ってるの?」


 イケメンの背後から二人に向かってナイフが投げられる。

 私はまたそれを叩き落として立ちはだかった。


「邪魔はさせないわよ。」


 ……って言った後って、あのイケメン様が、お前は誰だ?とかまた何か仰って睨み合う展開になるんじゃない?

 一切の間を置かずにめっちゃ忍者みたいな武装警官が向かってくるんですけど!

 私が二人の武装警官を突いたり叩いたりしてる間に背後の動きが機敏!

 オラウくんが二人を抱えて、猿達と寺田さんと一緒に走り出すし!


「キララ様!」

「待って、キララ様が…!」

「猿、構わん、ここはキララに任せて先に行くぞ。あの手負いの猫は足手まといだ、置いていく。」

「オラウ!そうしろ!ロアを頼んだぞ!」

「ジヤ……!キララの兄貴、ジヤを頼むっす!」


 未練がましい一瞥も無く駆けていくオラウくんと寺田さん。

 ていうか、寺田さん速く走れるんじゃん!!

 何だよその速度!!

 一週間抱えて歩いた私の徒労!!

 そして、容赦なく置き去りですか?

 ここは「私に任せて先に行って!」って私が言うべき場面でなくて?

 皆さん要領良すぎません?

 まあいいんだけどさ、体は寺田さんとはいえ中身は私、あと血塗れの豹、結構強そうな敵はまだ複数いるって、正直心細いんだけど、まあいいんだけどさ?


「君は…話に聞く弱小勇者じゃないみたいだね。金で雇われた傭兵か何かかな?」


 とかイケメンが話してる脇を、また二人ほどの忍者がすり抜けて寺田さん達を追おうとする。

 そいつらの足を柱で掬うと、二人はつんのめって転がった。


「さっき通用しなかった手法を繰り返すなんて、あなた動物より知恵が回らないのね。行かせないっつってんのよ。」


 きゃー産まれて初めてイケメンに話し掛けた言葉が挑発!

 うわあイケメンの顔面がおこ!

 でも怒ってもイケメン!


「……僕らを辺境最強のブロディ聖部隊って知って言ってる?……いや、傭兵上がりの人夫が知ってるわけがないか。そんな木の棒でしか応戦出来ない貧乏日雇い労働者じゃね。」

「初期装備は木の棒と鍋蓋って決まってんのよ。つまりあんた達は、それで十分太刀打ち出来る雑魚ってこと。」


 ああああああイケメンバチクソキレてる〜

 煽り耐性無さ過ぎでしょ可愛いなぁ〜〜

 あなたとは違う形で出会いたかったわ。

 いや、出会ったところで遠くから拝むだけだ。


「……僕らリーコ班はね、朧の暗殺班って言われてるんだよ。僕らの動きを捉えられないノロマ達がそう呼ぶようになったんだ。」

「へえ。ダサっ」


 リーコくんって言うんだ。

 僕強いんだぞ!ってムキになってまぁ、可愛い。

 とか思う間に、周りの動きが変わったのがわかる。

 等間隔で構えて、それはまるで集団で狩りをする野犬のような気配。

 ジヤくんが毛を逆立て、視線をあちこちに向けながら身構える。


「キララ、奴らは俺より速い。奴らのパターンは初撃で動きを止め、二撃で足を奪い、3撃で仕留める。俺が体を張って初撃を何とかするから、」

「ジヤくん、ここは私一人に任せて欲しいの。動かないでそこにいて。」

「はあ?!!」


 あら、びっくりした豹の顔可愛いかも。

 

「何とかなるわ、任せて。」


 しばらく口をパクパクした後、ジヤくんは黙ったままそこに伏せた。

 ここには私一人で得物は木の棒一本。

 相手は殺意を向ける専業軍人で、今まで相手にした素人山賊や動物達と違う、武装した殺しのプロ。

 それでも、緊張は無く心は静かに落ち着いている。

 霧の深い夜の森の中で、視界は広く空気は軽い。

 むしろ、今までより体が充実してよく動く。

 大丈夫だと、寺田さんの体が言ってる。


「間抜け面を晒してノロマな猫と心中しなよ!」


 風が凪ぐような音が四方に渡ると、気配が散開する。

 撹乱のつもりだろうけど、殺意は一点にしか無い。

 きっと怒り過ぎて冷静になれていないんだろう、わかり易く近づいてくれる。

 私の意思か、それとも寺田さんの体が反応したのか、口角が上がって笑ってしまった。


「負ける気がしないわ。」

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