第9話 それっぽく見られたいという見栄は長続きしないからしない方がいい

「も〜、そういう事なら先に言って下さいよ〜!俺ら殴られ損じゃないっすか〜!」


 腫れ上がった左頬を撫でながら、キング・○ーイばりの巨大な猿、オラウくんが愚痴る。

 

「ごめんって。でも、それならそっちこそ、早く言って欲しかったよー。」

「いや、キララの兄貴マジパネぇんで!話し掛けるとか超絶無理なんで!」


 オラウくん、ロアの剣を守る神獣らしいのだが、話してみたらフランクというか、チャラかった。


「何か…話し方違うよね?最初カタコトだったのに。」

「俺らの業界、第一印象が大事なんで!初っ端からビシっとキメねーと、ナメられたら終わりなんすよ!」

「そう…。」


 火を囲んで和気あいあい。

 猿達がどこからか木ノ実や果物を調達してきて、ちょっとした宴会状態だ。

 昨日の敵は今日の友、にしても馴染むの早くないか。

 

「あの、キララ様、お怪我などはありませんでしたか?」


 私が打ちのめした猿達を介抱していたジュリアさんが、薬草の袋を持って声を掛けて来た。


「大丈夫よ、私は何とも無いわ。ジュリアさん達こそ大丈夫?」

「私は何とも…あの、お役に立てず…キララ様にはご迷惑を…」

「あなた達を守るのが私の仕事よ。無事でいてくれる事が何よりなの。」

「あ…はい…」


 ジュリアさんは頬を染めて俯いてしまった。

 あー、これは、アレだ。

 ジュリアさん、私に惚れてしまったようだ。

 しかし残念。

 この体、中身は喪女です。

 体張って守る強くて逞しいナイト様カッコイイってなっちゃうよね。

 だが、中身はあたしだ。

 あー何かごめんね寺田さん。

 本来なら寺田さんがハーレム作ってく第一歩だよねセオリー的に。

 でも寺田さんはワニ。

 世界は残酷。

 オラウくんが指笛でピュウピュウ煽ってくるから、ジュリアさんますます赤面してるよ。


「やめなさい。そういうのいいから。」

「兄貴クールっすね!っていうか、兄貴喋り方とかオネエぽいっつーか、もしかしてコッチっすか?!」

「オネエじゃないわよ!色々事情があんのよ!」

「え、ガチっすか?!」

「…あの、それでも私はキララ様が…」


 ジュリアさん、色々察しましたよっていう失望と悟りの温かい眼差しの笑顔やめて!

 違う、そうじゃないんだ。

 寺田さんの名誉の為にも男らしい振る舞いとか口調にしとけば良かったのかしら?

 微妙な空気の私達の元へ、ムタくんが元気よく駆けてきた。


「キララ様!お願いがあります!」


 ムタくん、先程の私の大立ち回りを目を輝かせながら時折奇声を発して見ていたが、その後岩に刺さった木の棒をまじまじ眺めたり引き抜こうとしたりと、ずっとテンション高めだった。

 今も息が荒くて変態ぽい。


「僕を、キララ様の弟子にして下さい!」

「え、弟子?私はそういうのはちょっと…そういう事は寺田さんに…ねぇ、寺田さん?」

「ヤダ。」


 おっと、寺田さん即断の拒絶。


「な、何故でしょうか…」

「お前は無理だ。」

「ちょっと、寺田さん。勇者は狙われてるし、少しは鍛えてあげた方がいいんじゃないの?」

「半端に技術を知った者ほど早死にする。お前は自衛出来るまでの技を身に付けられる素養が無い。」


 寺田さんの言いたい事は何かわかるけど、それにしても言い方……もう少しオブラートに包んであげて欲しい。

 ムタくん、漫画ならずぅぅんって文字を背負ってるくらい落ち込んでるよ。

 

「まあまあ、ムタくん。今は稽古つけてもらえる状況でもないし。ほら、いつ接敵するかもわからないし。ね?」

「はい…そうですね…」

「それで、オラウくん。ライア教徒を避けて行きたいんだけど、道案内してもらえる?」

「らじゃっす!楽勝っすよ!あいつらの方面はナコの一族とジヤの一族がバッチリ撃退してるんで!罠も張ってあるし、気楽にして下さいよ!」


 オラウくん、歯を見せて笑うとめっちゃ恐いなぁ。

 私は寺田さんの体だから何とかなったけど、知恵もあるこんな大きい動物がこんな視界の悪いところから襲って来たら、確かに普通の人は敵わないよね。

 最初はどうなるかと思ったけど、心強い味方が出来たな。


──────────

 真っ黒な森の中で、大きな何かが蠢いている。

 目を凝らして見れば、それは蜷局とぐろを巻いた大きな蛇だった。

 ギリギリと絞め上げる鈍い音がするが、次の瞬間、蛇は何かに引き千切られるように弾けて四散した。


「しつこいな。」


 蛇の躯を掻き分けて出てきたのは、重厚な全身鎧プレートアーマーを着た巨漢だ。

 その巨漢に向かって、紫の霧の中から何かが飛び掛かる…が、


「所詮は動物だからね、学習しないんだよ。」


 藪から飛び出した豹の爪が巨漢に届くより先に、革鎧の細身の男のボウナイフは豹の頭を切り落としていた。


「侮辱するな。獣といえど、使命を遂行しようという気概には敬意を払え。」


 巨漢は眉を顰めながらため息を吐く。

 革鎧の男は肩を上下して口を曲げた。


「はいはい、脳筋は無駄死にも美徳ですもんね。」

「全く、貴様は…」

「それより、司教も片付けたみたいだよ。」


 二人が向かった暗闇の先に、赤い袈裟が不気味に浮かび上がる。

 司教はその両手に数珠を巻いて、ブツブツと何かを唱えている。

 閉じていた目をゆっくり開くと、背後に近づいていた二人に声を掛けた。


「終わったか。」

「周辺は片付きました。ロブ班に欠員はありません。」

「リーコ班も同じく。やはり、獣はバカですね。祭壇まで道標のように罠が仕掛けてありますよ。我々だけで剣を取りに行ってきましょうか。」

「リーコ、あまり敵を侮るな。」

「ロブこそ、動物愛護したいならキャンプに帰れば?」


 二人が睨み合うと、司教が右手を上げた。

 すると二人は、さっと頭を下げて黙る。


「お前達も祈りを。」


 司教は再び祈りの言葉を口にする。

 二人が跪いて瞑目する。

 その後ろに、二人と同じ装備をした者達が一人、また一人と暗闇から現れて、同じように跪いていく。

 最後に司教が聖油を撒く。

 その滴がつうと流れたのは、巨大な蛇の腹だった。

 もぞりと、大きな頭を僅かに動かして、巨大な蛇は息も絶え絶えに口を開く。


「我が一族の怨みは、他の一族が晴らす…愚かな人間…汚れた盗人…必ず、死を……」


 蛇の目は光を失う。

 司教は顔を上げ、振り返る。


「行こう。異教の祭壇は近い。」


 男達は立ち上がり、司教の後に続いて歩き出す。

 おびただしい数の蛇と豹の亡骸の中を、音も無く不気味に進軍する。

 耳に赤い石のピアスが、僅かな光を反映して煌めく。

 その赤い光が霧の中で無数に明滅し、やがて辺りは光も音も、生の気配もない静寂な夜闇になった。

 

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