第8話 聖剣の守護者

 しわがれた声を合図に、周辺の木々が一斉にさざめく。

 そこら中でガサガサと枝を揺する音がして、木の葉や小さな枝が落ちてくる。

 ジュリアさんを私の背に付けるように立ち、ムタくんは護身用の剣を抜いて構える。


「───ドロボウ ニオイ スル。ニオウ ドロボウ ニオウ。」


 無数の猿叫が森中に反響する。

 え、猿?猿に囲まれてる?


「ドロボウ シヌ。」


 途端に、複数の猿が上から飛び掛かって来た。

 それを木の棒で打ち返すように殴る。

 流石は寺田さんの体、360度どこから飛んで来ようが、ちょっと引くくらいの大きい猿だろうが、正確に捉えて殴ってる。

 ってか、牙剥いて飛んでくる猿怖っっ!

 一体何匹いるのよ!

 寺田さん達はというと、ムタくんは頑張って剣を振ってるけど全然当たってないや。

 寺田さん、ワニとは思えない俊敏な動きでバシバシと尻尾振って猿を飛ばしてる。

 え、ワニってあんな動き出来るんですか?


「寺田さん、キリが無いよ!」

「待たずに向かえ!頭を叩いて来い!」

「え?!ムタくん達どーすんのよ!」

「放っとけ!俺達だけ狙ってる!」

「そーなの?!頭って、どいつよ?!」

「帥は高所にあって動かん!お前を追う者を見るのが頭だ!」

「どれよ!」


 どんだけ猿がいると思ってるの、そんな説明じゃよくわかんないよ!

 もうヤケクソで、とりあえず走ってみる。

 寺田さんの言う通り、猿達は私を追ってくる。

 飛び掛かってくる猿を避けながら走り回っていたら、だんだんわかってきた。

 猿の動きが組織的だ。

 視界を覆いに来る猿、背後に回る猿、高所から石を投げる猿、全部配置されているように一定の間隔を置いて連携してる。

 そして、その猿達がやけに密集した高い木。

 霧の中で無数の影が動いている中で、そいつだけは違う動きをしているのがわかった。

 あれが頭………だと思う!


「あんた!!」


 手前に都合良くあった巨岩を駆け上がって高く跳躍する。

 いや、高っっ!!

 下から突ければいいな〜くらいの跳躍のつもりだったよ?!

 枝の高さ超えたんですけど?!

 私何メートル飛んでんのよ?!

 眼下の枝に密集した猿達、その後ろに枝を移ろうとしている一際大きい猿がこちらを向いた。

 目がバッチリと合う。


「?!!!」


 逃げようとしていた大猿の足を打つと、猿は宙に放り投げられたように浮き上がった。

 その顔面めがけて、縦真一文字に木の棒を食らわせる。

 猿は真っ直ぐに巨岩の上に落ちていく。

 私も猿目掛けて落下しながら、木の棒を構えた。


「ま、待て!降参!!参った!!ってか、あんた人間じゃねぇな!!何者なんだ?!」


 顔面を両手で覆いながら、降伏の言葉をまくし立てる猿の頭の数センチ横。

 苔むした巨岩には、突き付けようとした木の棒が深々と刺さっていた。

 えっと、木の棒って、岩に刺さるんだっけ?!

 ってか、猿めちゃくちゃ流暢にしゃべるやん!!




〜side オラウ


 オラウの一族は長い時を、途方も無く長い間、ロアの勇者の剣を守っている。

 魔王の気配がするとロアの勇者が剣を取りに来るが、ロアの勇者は体が弱っちいから、ロアの勇者を剣のところまで運んでやるのもオラウ達の仕事だ。

 時には剣を持ってきてやったりする。

 それ以外の者が来たら全部やっつけてやる。

 海賊や泥棒や、どこかの軍が来た事もあるが、人間は大した事無い。

 どれだけ来たってオラウ達の敵じゃない。

 でも、最近しつこくやって来る奴らはちょっと厄介だ。

 普通の人間より動きが早くて力が強い。

 それでも、オラウ達の敵じゃないんだけど。

 

 そして、今回の奴ら。

 

 いつも島を荒らしにくる海賊達とは違う。

 泥棒とも、漂流してきた普通の人間とも違う。

 西の方で陣取ってるあのしつこい奴らとも、違う感じがする。

 体の大きい男。

 荷物をたくさん背負って、人間がよく持ち歩く鉄の剣や銃を持ってない、一見何の脅威にも見えない男。

 あいつは何か危ない。

 ただの荷物持ちの人夫かと思って近づくと、ピリっと空気が変わる。

 迂闊に目の前に出たら、真っ二つにされるんじゃないかと思わされる、変な空気になる。

 刃物どころか手ぶらなのに。

 そして、大男が連れている獣。

 東の方のリゲの一族に似ているが、リゲより小さい。

 でも、リゲよりずっと怖い獣だ。

 あいつは、オラウ達に気付いてる。

 大男と獣が連れているのは、あれは間違いなくロアの勇者だ。

 ロアは弱いから、大男と獣に捕まってしまったのかもしれない。

 助けてやらないと。

 仲間たちを呼んで夜を待つ。

 剣の密林は夜になると、霧のせいで真っ暗になる。

 人間は夜になると、この森で何も出来なくなる。

 目下の木の根だって見えてなくて、まともに歩けなくなる。

 視界を奪ってしまえば、ロアの勇者を連れ去るのは簡単だ。

 そう思っていたのに。


 何なんだ?!何なんだあいつは?!

 オラウ達が飛び掛かっていくのを、全部木の枝で叩き返している!

 ただの木の枝だろ?!

 何で体が大きく強いオラウの一族が、一撃で飛ばされてしまうんだ?!

 そして、俺は気付いた。

 あいつ、あそこからほとんど動いていない。

 あいつ、見えてるのか?!

 人間の目で、霧の中から飛んでくるオラウ達が見えるはず無いのに!

 リゲに似た獣も厄介だ。

 リゲはあんなに速く動けないぞ?!

 どうする?

 礫を投げても囮を使っても全部通用しない。

 陽動で群れに引きつけて、その間にロアの勇者を連れ去るか?

 と思っていたら、大男が走り出した。

 何で?!足元も見えないはずなのに!

 何を狙ってる?!

 その時、大男は信じられないくらい高く跳んだ。

 何だ、その高さ!

 人間には羽なんか無いのに!


「あんた!」


 大男がオラウを見ているのがわかった。

 気付かれたのか?!

 そこからは、まるで時が古い油になってゆっくりと流れるようだった。

 逃げようとするオラウより早く、大男は木の枝を振って構えた。

 その尖端は、まるで炎を灯すように赤く弧を刻む。

 左頬に激しい衝撃があって、オラウは岩の上に落ちた。

 い、痛い!!

 何だコレ?!

 オラウの顔を叩いたのか?!


 見上げるオラウの目に、赤い軌道と黄色い眼光が迫った。

 それは今まで見たどの人間より、獣より、きっと魔王より恐ろしい何か。


「ま、待て!降参!!参った!!ってか、あんた人間じゃねぇな!!何者なんだ?!」

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