第7話 飯テロ出来る異世界チート主人公が憎い

「まるでもの○けの森ね……」


 見上げればその先端は霞の奥に消える巨木の隙間を進んでいく。

 足元は大きな根が波打つように隆起して、まるで跳び箱の列を縦断しているような起伏の激しさだ。

 しかも中央に向かって緩やかに登り坂。

 案の定、ムタくんとジュリアさんはバッテバテだ。

 元の体の私でもこの道とも言えない道は厳しいだろうに、二人にはなおさらだろう。

 ジュリアさんは貞○みたいに這ってるし、ムタくんなんかゾンビだ。

 牛歩どころじゃない進捗具合。

 こんな道を最も不得手としているだろう寺田さんは、意外にも問題無く歩いている。

 そして最後尾でムタくんを小突く。


「お前ら、もう帰れ。」

「す、すみません!…が、頑張ります…!」

「あ、歩けますから…!」


 だからやめてあげて!

 勇者帰したらダメでしょ!

 まあ、でも二人共これじゃ進まないし、仕方ない。


「ムタくん、ジュリアさん、失礼するね。」


 そう言って私は右手にムタくんを、左手にジュリアさんを抱える。


「………!!」

「きっキララ様…?!」

「川の音がするから、そこまで急ごうと思うの。この方が早いから、ごめんね。」

「い、いえ!!ありがとうございます…!」 

「ふ、不甲斐なくて、申し訳ありません…!」


 子供とはいえ二人共中高生くらいか。

 そんな年で抱っこなんかされたら恥ずかしいだろうな。

 二人共顔を真っ赤にしているし。

 ごめんね、でも、君ら遅いんだもん。

 それにこの体、寺田さんを抱えて飲まず食わずで歩けたんだよね。

 背中に荷物、子供二人持ち上げても全然疲れもしないんだよ。

 ほんと、どうなってんだろう寺田さん。



「ここで休みましょうか。」


 テントが張れそうな川辺を見つけたから休憩する事にした。

 私と寺田さんは平気でも、二人は食事も睡眠も必要だしね。

 

「あ、あの、ありがとうございます!私が支度しますので、キララ様はお休み下さい!」

「あ、いーよ、平気平気。テント張るのは力仕事だし私がやるよ。ところで、ここはどの辺りかな?」

「あ、はい!えーと…」


 ジュリアさんは地図を取り出して位置確認する。

 ムタくんは、というと。

 なんと、抱っこして歩いているうちに寝た。

 今も地べたに寝転がって寝息を立てている。

 これには寺田さんも呆れを通り越して若干怒っている。


「こいつは置いて先に行こう。」

「そういう事言わないの!子供だし、体も弱いんだから、寝かせてあげようよ。寺田さん、乾いた枝集めてくれる?」


 寺田さんは渋々芝刈りへ。

 私はテントを張ってかまどを作る。

 火をおこすんだけど、火熾しってめちゃくちゃ難しい。

 地球でもマッチが出来るまでは火は消さないようにしてたけど、確かにこんな事毎回やってられんわ。

 やっと火がついて、川の水を飲用に煮沸する。

 水は革袋に入れてきたのがあるんだけどもう飲めない。

 井戸水って傷むのが早いのね。

 ムタくんも起きてきた所でご飯にする。

 異世界物だとさ、こういう時乾パンとか干し肉じゃない?

 干し芋。

 芋ですよ、芋しか無いの。

 異世界物って雰囲気は中世でも食事って現代を再現出来るパターン多いのは、やはり日本人は唯一食にキレる習性由縁の空想だからか。

 キャンプ飯とかさあ、普段の私より良いモノ食べてる飯テロ多いじゃん。

 しかし私は芋オンリー。

 魔獣とか狩るのもあるけどさ、この森は生き物はいそうだけど狩りとか無理だし。

 解体とか絶対無理。

 都合良く、「あ、これは○○だ!」とかそんな事も無い。

 見渡す限りで知ってる食品はもちろん無いし、その辺の茸とか草とか知識も無いから怖くて食べれない。

 何故ここにアシ○パさんがいないのか。

 温いお湯を飲みながら固い芋を齧る。

 侘しいとしか言えない。

 寺田さんも心なしか虚無な顔してる。

 さっきから芋も一口も食べないし。

 比べてムタくんとジュリアさんは元気一杯芋食ってるよ。

 楽しそうですね、キャンプ気分ですか?


「剣のある祭壇まではあとどれくらいかかりそう?」


 ジュリアさんは慌てて口の中身を飲み込んで地図を広げた。


「宿営地がここになるので…このまま川沿いに南下して…今日のペースで行けば明後日の昼には着けると思います。」


 最初から担げばもっと早く着くのか。


「ところで、その、ライア教?っていうのは、祭壇にいる可能性は無いの?」


 ジュリアさんとムタくんが神妙な顔つきを見合わせる。


「…恐らく、その可能性は、低い…と思います。」

「彼らの聖域の侵攻はこの百年で何度も失敗しているんです。ロアの剣は神獣に守られているので、まだ辿り着いていないと思います。」

「…でも、途中で遭遇する可能性はあるよね?」


 ジュリアさんが肩を抱いて頷く。

 二人共顔付きは怯えているようだ。


「ライア教は、勇者が魔王を倒さないといけない事を知らないの?どうして邪魔するの?」

「魔王と勇者の伝承は、今はもう勇者の一族にしか伝わっていないので…。」

「彼らの教義では、古い伝承は全て魔王を信仰している事になっているんです。」

「え、何それ。仇敵の関係なのにどんなロジックでそうなるのよ。」

「いつからか、そういう事になってしまいまして……」


 なってしまいまして、って。

 あー、でも、人より弱い勇者が魔王を倒すってのは、眉唾に思われても仕方ないのかなぁ。

 マッチポンプって解釈されてるのかもしれないね。


「ライア教徒こそ魔王崇拝して、勇者の邪魔してる可能性は無い?」

「それはあり得ません。唯一神ライアは古の勇者の一人だったのです。ライア教の抱える聖部隊は、魔王討伐の軍隊ですから。」

「魔王だけじゃなくて、勇者一族も迫害してるけどね……。」

「…ライア教に捕まるとどうなるの?」

「……私達の領地ではまだ何も…でも、噂では改宗すれば戻って来られると…」

「改宗しなかったら?」

「……………」

「……………」


 二人は苦い顔で俯いた。

 元の世界でも異教徒の弾圧や粛清というのはあった。

 時には同じ宗教内でも異端裁判や魔女狩りで、罪の無い多くの人が拷問や処刑された歴史がある。

 それが現在進行系で行われている世界。

 宗教の下でそんな事が出来る人間が、今、近くにいる。

 その事実に、背筋がゾッとした。


「……ところで、寺田さん、また全然話聞いてないみたいですけど」

「……お前は鈍いな。俺の体だというのに。」

「は?」


 唐突に、さっきの寒気が会った事も無い人間に対するものでは無いと気付いた。

 密林の中にある不穏な静けさ。

 火の明かりが霧に遮られた向こう側に、無数の視線がひしめいているのがわかる。


「え、あの、寺田さん……もしかして私達、囲まれてる?」

「キョロキョロするな。森に踏み入った時から見られていた。どんどん数は増えているぞ。」


 私はそっと、ムタくんが杖替わりにしていた木の棒を握った。

 木の棒。

 あ、これね、一応武器のつもり。

 いや、私だって剣とか盾とか欲しかったのよ?!

 村の人もスウェットだけの私に色々勧めてくれたし!

 なのに、寺田さんが要らないっていうからさあ!

 旅に重い物なんか持って行けるかってさあ!

 

「…?」

「キララ様?」


 ぽかんとしている二人に、私は指を立てて静かに、とジェスチャーする。

 心細い焚き火が照らすぼんやりとした明かりの奥は、不気味な黒い夜の森。

 紫の霧が漂う巨木の狭間、洞洞たる闇の奥から萎凋いちょうした老婆の声がした。


「─────ミツケタ。」

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