第6話 ロア族の勇者は虚弱体質
霧に浮かぶ絶海の孤島。
中心部に巨木群が聳えるのがやっとわかるほど濃密な霧が立ち込めているその島は、昼間でも日差しが遮られ仄暗い。
暗い密林のそこかしこで、霧を彷徨い渡るように鳥獣の声がさざめいては消える。
その中を一人の男が疾走していた。
「…ハッ、ハッ、……っ、くそっ!…っ」
男が駆けた後には点々と血痕が道標を作る。
装備が破れ剥き出しになるシャツの背面は、血糊で真っ赤に染まり雫を落としていた。
もう長くはない傷を負って、それでも男は必死に駆ける。
「…っ…!!やった!!…森を抜ける!!」
森の先の微かな明かりを見た男の顔に喜色が浮かぶが、
「──────。」
「?!!!」
背後からの声に戦慄して立ち止まった。
絶望した男は振り向きもせず天を仰いだ。
「……ああ、神様…」
男の視界は永遠に暗転した。
──────────
「大丈夫?吐きそう?」
「だ、大丈夫です………うぇっっ」
小舟の縁で項垂れる二人を介抱しながら、私は深々と溜息を吐く。
港から人目を忍ぶように出発した時は私とムタくんで櫂を漕いでいたが、30分ほどでムタくんがバテた。
仕方なく私一人で漕いでいたが、そのうちムタくんもジュリアさんも船酔いした。
私が介抱する事にしたので、今は寺田さんに船を引っ張って泳いでもらっている。
こんなんでよく島に行こうとしたもんだ。
「寺田さん!方角合ってますか?!」
返事はない。
出発の時は水平線に島なんか見えなかったが、今は霧のせいでどこを進んでいるのかさえわからない。
頼みの綱の二人は口も利けないほどダウンしている。
勘弁してよ勇者…
始まりの村を出たばかりで死にかけてどうする…
まだスライムも倒してないのに…
「キララ!浅瀬に来たぞ!」
「きららやめて!ってか、呼び捨て?!」
目的の島かどうかは定かではないが、とにかく浜を見つけて上陸した。
視界は360度霧に覆われている。
正面はジャングルだ。
陸に上がると何とか持ち直したジュリアが地図を出して確認する。
「………そこの岩礁、恐らく、この辺りですね。ライア教徒のキャンプは…この辺り。ちょうど反対側です、流石テラダ様。」
恐らく得意気な顔の寺田さん。
あんた、ここまでの行動全部ただのラッキーだからね?
何でそんなに自信満々なんだろ。
寺田さんの背にはムタくんがまだ青白い顔でもたれている。
体が弱いにも程がないか、勇者。
「お前は何故付いてきたんだ?」
「申し訳ありません…!少し休めば大丈夫なので…!」
やめてあげなさい!その子仮にも勇者!
しかし、魔王さんから貧弱と聞いていたが、貧弱というか虚弱というか。
これで魔王倒せるの?
私は小舟から荷物を下ろす…が、けっこうな量だ。
食糧、テント、薬草類やら何やらがごっそりある。
虚弱体質の少年に、女子、ワニ、という面子を見渡して気づく。
え、これもしかして私が全部担ぐの?
そういえば積む時もほとんど私が運んだような?
くそっ、寺田さんにもいくつかくくりつけてやろう。
この世界、異世界のくせにめちゃくちゃ不便だった。
打ち合わせの時、マジックバッグとか次元収納的な魔法道具は無いのかと聞いたら、そんな物は無いと言われた。
持っていないのではなく、存在自体聞いたことが無いと。
じゃあ回復薬は、と聞いたら、薬草しか無かった。
いわゆる漢方だ。
ちなみに魔法も無かった。
はあ?ポーションで無双する話とかあるじゃん!
ポーションは異世界の常識じゃねーのかよ!
剣と魔法の世界だろ?!
魔法無かったらただの文明度低い中世じゃんか!
魔王が召喚とかしてたじゃん!失敗したけどさあ!
肉体強化とかさぁ、なんかそういうの出来てたじゃん!
あいつ秘匿してんの?!
……まあ、今更無いものを強請っても仕方ないのだが。
山のような荷物を見渡して、私はこの世界に来て何度目かという深い溜息を吐いた。
──────────
霧の漂う薄暗い浜辺にゲルのようなテントがいくつも並んでいる。
その中の一際大きいテントの中に、一人の男が駆け込んでいった。
「申し上げます。ウナス小隊に続き、ドゥオ小隊も全滅した模様です。」
テントの中にいた男達は落胆の顔色を見せる。
「…一個中隊で来たというのに…此度の遠征も失敗か…」
「物資も人員も圧倒的に足りないのだ。」
「しかし、辺境ではこの規模が限界では?」
甲冑の男達が談議する中、伝令の男が見つめる先。
中央に座っていた男は銀杯のワインをゆらゆらと揺らして黙している。
白髪交じりのオールバックに青白い面長の顔、黒々とした目は落ち窪んでいて、涙袋は隈のように薄茶色をしている。
真っ白なローブに赤い袈裟を着た姿は司教のようだが、風貌はまるで吸血鬼のような男は、ワインを飲み干すと杯を置く。
その音に、甲冑の男たちは黙って一斉に司教を見た。
「我々がこの地の浄化に赴くのは7度目になる。7度だ。今回また失敗するという事は、我々の神が異教に屈したという事だ。」
男達は一様に苦い顔をして俯いた。
「このまま帰還すれば、異教徒は勢いづくだろう。」
「それは…!」
「各地の同士は今も戦っています、我々だけ諦めるわけにはいきません。」
司教はその言葉に大仰に頷いてみせると、右手の銀杯を折った。
「まさしく。だからこそ、今回は私達が赴いたのだ。」
銀杯は司教の手の中でその形をグニャグニャと変えて収まっていく。
「辺境最強と言われるこのブロディ聖部隊が、異教の獣も武具も全て破壊して見せよう。」
男達から歓声が起こる。
ブロディ司教の手から、小さな銀の塊がゴトリと落ちた。
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