第5話 勇者といえば勇者の剣

「素敵ね〜!」

「逞しくて凛々しくて、豪然とした雰囲気をしてらっしゃるわ〜」

「旦那の100倍かっこいい」

「あと20年早く出会いたかったわ〜」

「あんたなんか若くてもキララ様には相手にされないわよ」

「ねぇ、ジュリア!あなたキララ様とお話したんでしょ?!どうだったの?!」

「えっと…キララ様は…とても強くて、力持ちで、寡黙な方なんだけどお優しくて…私が馬車に乗るときも、こうやって手を添えて「足元に気を付けて」と仰って下さって…」

「紳士な方なのね!」

「私の中のキララ様株が天井を知らないわ…」

「それで、馬車を引いている間も、大きな背中から時折、先生のお怪我を案じるお言葉を掛けていらっしゃって…私…私…!」

「きゃ〜〜〜!」


 村の集会所のような建物の窓にびっしりと、年齢層の幅広い女性達が張り付いて姦しく騒いでいる。

 そして反対の窓には年齢層の幅広い男性達もまた、窓に張り付いて何やらはしゃいでいる。


「すっげえかっこいい!!」

「国一番の剣士も斯くあらんという風貌だな。」

「あれは相当な手練に違いない。佇まいからして只者じゃない雰囲気だ。」

「馬車を引いて峠を越えるなんて、どんだけ怪力なんだよ!」

「ムタ、お前キララ様が戦うところ見てたんだろ?!どうだったんだ?!」

「もう、凄いなんてもんじゃ無かったよ!10人以上もいる山賊に、キララ様は全然臆する事も無く降り立ったんだ、しかも丸腰で!それをあっという間にやっつけちゃったんだ!」

「あの恐ろしくて厄介な山賊に丸腰で?!」

「信じられんな!」

「なんか、こう、歩いてるだけで、こうやって掴んで転がしてるだけに見えるんだよ!山賊が子供みたいに転がされてたんだ!」

「は〜〜〜!」


 是非お礼をさせて欲しいというハンセさんのご厚意で、私は今、寺田さんと集会所でご馳走になっている。

 村人達は私がチラリと視線を送れば「きゃー!」と黄色い声を上げ、腕を動かせば「おー!」と感嘆し、一挙一動にいちいち騒いでくれる。

 あたしゃ動物園のパンダかい。

 レスル村はアルベロベッロみたいなトンガリ屋根の可愛らしい集落で、住民も無邪気で純粋な性質をしているようだ。

 持て囃されて悪い気はしないが、顔面バッチリ見える距離で騒がれるのは恥ずかしいというか居心地が悪いというか。


「このようなものしかありませんが…」


 そう言って出された料理はニョッキみたいなものだ。

 この村の主食はどうやら芋らしい。

 そして寺田さんの前には解体された鹿。

 寺田さんは食い付くどころか距離をとって、表情の読めない顔面で微動だにしない。


「テラダ様、お口に合いませんか?」 


 村人も困り顔だ。


「寺田さん、魚か小鳥の方が良かったですか?」

「いや、お前ら俺を何だと思ってるの?同じもの食べるに決まってるだろ?」


 何だと思ってるのって、ワニだと思ってるよ。

 ワニって肉食じゃなかったっけ。

 穀類とか食べて大丈夫なのかな?

 私の心配を他所に寺田さんはニョッキを食うわ食うわ、断食がどうとか言っていた癖にそれもう何キロ目ですか?という食いっぷり。

 そして、まあ、食べ方の汚い事!

 仕方ないので私がサーバースプーンで口に放り込んでいく。


「キララ様も遠慮なくお召し上がり下さい。」

「ありがとうございます。ご厚意は有り難いのですが、私はもう結構です。ところで、頼み事というのは?」


 ハンセさんは隣りに座るおじさんにゆっくり頷いて見せた。

 おじさんも応えるように頷くと、固く閉ざしていた口をゆっくり開いた。


「……私はこの村の村長、そして、勇者の末裔であるロアの一族の族長をしておりますロメロと申します。」


 そう、実は何とも幸運な事に、ここは勇者の村だったのだ。

 さっさとお使いを済ませて帰りたかったから面倒な頼み事は断りたかったのだが、逆に引き受けて良かったみたい。

 いや、まあ、そういうイベントだったんでしょって言われたらそれまでなんだけどさ。


「そして、こちらはお二方に助けていただいた村の識者のハンセ、こちらは参事のフィンレー、これは公証人のカシ、これは医師のリブレ、これは配達人のラッセ、これは…」


 いや、多いわ!!

 どおりで狭いわ、おじさん達そんなにいたらさ!

 配達人とかこの場に必要かな?

 村長だけじゃダメなのかな? 


「…それで、まず、一つお聞きしたいのですが………キララ様は、……勇者なのですか?」

「そう「違います。」」


 あっっっぶね!!

 このワニコノヤロー、イエスしか言わない寺田さんがまたやらかす所だった!


「寺田さん、よく理解しないうちから全肯定するのやめてって何度言えばわかるんですか?!」

「うん?まあ、同じようなもんだろ?」

「全っ然違います!私達は勇者を迎えに来たんであって、勇者ではないの!」


 私の言葉におじさん達がざわつきだす。


「おお…!では、この村に勇者が?!」

「一体誰なんだ?!」

「なるほど、それで神獣様が!」

「勇者の伝承の通りだな!」


 ああ、私語で中断される授業風景を思い出すほどの盛り上がり様。

 早く話を進めたかったので咳払いをしてみせると、おじさん達はさっと静まって私の方を見た。

 流石大人。


「私達は勇者を無事に魔王城までお連れする為にここまで来ました。情報によると、この村で最近大往生された方の未成年のお孫さんが勇者だそうです。」

「それはシン爺の事じゃないか?」

「最近亡くなって、14人孫がおるとなると、シン爺だな!」

「シン爺の孫に勇者が?!」

「未成年となると、あの二人か!」

「何という事だ!運命というやつだな!」


 また盛り上がってるなぁ。

 人数が多いとどうしてもね、みんな喋りだすとね。

 あ〜、進まない授業そのものね〜、懐かしい。


「それで、そのシンさんのお孫さんはどちらに?」

「キララ様、実はキララ様に救われたムタとジュリアが、シン爺の未成年の孫に当たります。」

「ムタとジュリアは勇者の使命を最も危惧していた二人なのです、やはり勇者の素質があったのですな!」

「キララ様達に出会ったのも思し召しだったとしか思えんな!」

「ムタとジュリア、どちらが勇者なのですかな?!」

「え?えっと、それはわかりかねます……未成年のお孫さん、としか聞いていないので……」


 魔王さん情報アバウトだからな。

 勇者の末裔の村だって、大体の方角で教えられたし。

 ここに来れたのがラッキーだったくらいだもの。


「そうですか……まあ、島に行けばわかるだろう。」

「そうだな。二人を島に連れて行っていただければ。」

「よし!早速島に向かう支度を…」

「あの〜、すみません、島…とは?島に行かないといけないんですか?」


 ワイワイしてたおじさん達が沈黙して一斉にこちらを向く。

 「え?知らないの?」みたいな顔してる。

 え、知らないけど?

 知ってないとダメ?ちょっと不安になるじゃんやめてよその真顔。


「あの……伝説の島を、ご存知無いのですか?」 

「……すみません、存じません……」

「……あ、いや、キララ様はロア族ではないのだし、知らなくて当然じゃろう。」

「それもそうか!勇者の伝承は各支族で異なるんだ、キララ様が存じないのも当たり前だな!」

「伝説の島というのは、ロアの勇者の剣のある島の事です。伝承によると、ロアの剣は人語を操る神獣が守護しており、魔王が出現するとロアの若者達は島へ行き、選ばれた者が剣を手に出来るという事です。」


 何それー、めっちゃ勇者っぽい!

 エ○スカリバーだ!

 まあそうだよね、魔王倒すんだものね、鉄の剣とかじゃなくて、やっぱそこは伝説の剣ですよね!


「なるほど、ハンセさん達は島に向かう所で山賊に襲われていたんですね。」

「その通りです。私は最初、人語を操る神獣のテラダ様を見て、てっきりキララ様が勇者かと思ったのですが…」

「どちらにしろ、キララ様達がいて下さればきっと無事にロアの剣を持って来れる!」

「そうだな、キララ様がいればライア教徒も返り討ちだ!」

「魔王が復活してから長い時が経つしな、善は急げだ!」


 おじさん達がまた盛り上がり出した中、一言も口を挟まない寺田さんはずっとご飯を食べている。

 

「………寺田さん、まだ食べるんですか?」

「うん、これ飽きたな。肉は?」


 遠慮を知れよ、ワニ!

 肉のお替り要求に私は肩身を狭くし、おじさん達は表情筋を引き攣らせ、寺田さんは無表情で食べ続けるという何とも言えない空気の中、私達は島への出発について打ち合わせを行った。


 寺田さんは食べた後寝てました。

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