第4話 いざその時になると「名乗る程の者ではない」と言えない

 考える間もなく飛び出したのは丁度男達に囲まれたような位置だった。

 全員が一斉に私を見る。

 男達は物凄い目付きで剣やら斧やらを構える。


 やだ、私リンチにされて串刺しにされて惨殺死体にされる…!


 こんなさ、何の心得もない一般女性がさ、定番のシチュエーションとはいえ賊からキーマン助けるとかさ、出来るわけ無いじゃん!!

 武器も無いし!神様が何かチートスキルとか与えてくれたわけでも無いし!スウェットで素手のおっさんで中身私だぞ?!正気じゃないわ!!

 何も言えずに固まっていると、首領らしき髭モジャのおじさんが私に剣先を向けた。

 

「誰だお前?!」


 だ、誰だ、って?!

 えっと、初めまして?大西きら………

 誰が名乗るか、コンチクショウ!

 二度とうっかりするか!


 ───なんて、腹を立てた瞬間だった。

 初めて教壇に立った時より遥かに、それこそ命の掛かった場面なんだから私史上一番に緊張していたはずなのに、視界がどこまでもクリアに広がる感覚がした。

 囲んでいる男は6人ほど、その誰もが間違いなく私に斬り掛かって来ているのに、凶器は流れるようにかすめていき、当たらない。

 それどころか、体は思考しなくてもゆっくり歩くように進み、難なく斬撃を躱して男の正面に来てしまう。

 どうすればいいか考える前に、体が動く。

 いや、寺田さんの体が覚えているんだ!

 武器を持つ手を掴み、肩を掴み、落とす。

 右後方に剣を持つ手がある。

 そっちも掴んで引いて、叩く。

 私は時間が止まったように呆気にとられた。

 そして──


「ぎゃあああああ!」

「ぐああっっっ…!」


 伏した二人の男が悲鳴を上げた。

 え?!どういう事?!

 骨折?!脱臼?!してるの?!

 ちょっと押したりしただけなのに?!

 私は愕然とするしか無かった。

 周りの人全ても多分同じくらい驚いて、この場にいる全員がこの状況をよく理解出来ていなかった。

 

「な、何だこいつ?!」

「バカヤロウ!丸腰相手に何してんだ!さっさとぶっ殺せ!」


 首領の檄で少年に向かっていた男も女性を掴んでいた男も私に向き直る。

 全部で9人。

 9人全員が一斉に飛び掛かってくるが、体は最初から全員の全ての動作を知っているように躱して、掴んで、投げ倒していく。

 まるで作業のごとく、あるいは、よく出来た殺陣シーンだ。

 あっという間に死屍累々。

 

「……ううっ」

「く、くそっ腕がぁ…っ!」


 昏倒したり、身を縮めて呻いたり、這うように逃げ出そうとする男達の真ん中に立って、私はしばらく呆然としていた。


 何じゃこりゃ…何じゃこりゃ!!


 大して力を込めていない。

 激しく動いてもいない。

 この体は、どうすれば最も効率よく人体を破壊出来るのか全て知っていて、淡々と実行したんだ。

 呼吸も脈も乱れ無く、恐怖すらも無いような冷静な思考に、私はゾッとした。

 

 寺田さんって何者なの?!!




〜side少年


 やっぱりこの道は通るべきじゃ無かったんだ…!

 後悔してももう手遅れだった。

 領主がライア教に入信したせいで、町の中に教会が出来てしまった。

 そのせいで、僕達勇者の末裔の一族は町を大きく迂回して港に行かないといけない。

 山賊が出るって噂の峠道を。

 案の定だった。

 山賊の強襲に遭い、先生が斬りつけられた。

 必死に護身用の剣を振るが、僕一人でも敵わないような屈強な男が十人以上。

 

「くそ!くそ!お前らなんか…!」


 あいつら、ヘラヘラ笑ってやがる…!

 畜生、僕じゃどうする事も出来ないのか?!

 このままじゃ僕も先生も殺されて、姉ちゃんは廓に売られてしまう…!

 ご先祖様、勇者様、誰か…誰か…!


 その時。

 その男はまるで流星のようにそこに降り立った。

 

 僕も先生も姉ちゃんも、山賊達でさえ、その異質な風貌の大男を目の当たりにして動けなくなった。

 見えない炎が迸っているような圧迫感。

 綿の服に丸腰で、ただじっとこちらを見て立っているだけだというのに、迂闊に近寄れば真っ二つにされそうな空気を纏っている。


「誰だお前?!」


 山賊の問いに答える素振りも見せない大男がふらりと歩き出した。

 本当に、ただ男達の間を通り過ぎているようにしか見えなかった。

 なのに、斬り掛かって行った男がコロリと転がされて絶叫する。

 予め決められていた動作みたいに、男達が次々と転がされていく。

 山賊は、決して弱くは無い。

 なのに、大男は遊戯のように男達を無力化して寝かし付けていくようだった。

 思わず見惚れてしまうような圧倒劇に、僕も先生も姉ちゃんも、逃げる事も忘れてただ大男を釘付けで見ていた。

 歯向かう山賊が一人もいなくなった時、そこに佇む威風堂堂たる大男に抱いたのは途方も無く大きな希望だった。

 

 ご先祖様が願いを聞き届けて、勇者を遣わして下さったのだと。


──────────


「うん、まあまあの立ち回りだが腰が引けてる。もっと踏み込む足に力を入れろ。」


 いつの間にか足元にいた寺田さんが尻尾でバシバシと私の足を叩く。


「ちょ…ちょっと、寺田さん?!これ、何ですか?!めちゃくちゃ強くないですか寺田さん?!怖いんですけど?!」


 寺田さんを拾い上げて問い詰めるが、寺田さんはどこ吹く風といった顔だ。

 いや、ワニの顔面っていまいち感情が読み取れないんだけどさ。


「あ、あの…」


 背後から助けた女性に声を掛けられた。

 振り返って見てみると、ヤバい、この人めっちゃ美人。

 栗色の長い髪を両サイドで三編みにして、いかにも清楚な、それでいて大きな目元が華やかな圧倒的美人。

 あ〜、この人ならどんなキラキラネームも屈服させる勝ち組人生歩んで行けるんだろうな〜、神様コンチクショウ。

 

「怪我人がいるだろう。早く手当をしてやれ。」


 寺田さんが言った。

 ……は?!ちょっと待って?!

 寺田さん人前で喋らないで?!

 だってワニが喋ったら驚かれて騒ぎになって研究室に連れ去られて解剖とかされちゃうかもしれないじゃない?!

 何とか誤魔化さなきゃ?!


「あ、はい!ありがとうございます!」


 美人さんは老人の元へ駆けていく。

 やだ、杞憂。

 何だよ、ワニが喋っても素通りですかよ、異世界め。

 

「先生、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃ、大したことはない。既にムタが止血してくれた。それより、」


 少年と美人に支えられて老人が私の前にやって来た。

 そして三人揃って深々とお辞儀をした。


「危ういところを助けて頂き、心から感謝申し上げます。私はレスル村で学者をしておりますハンセと申します。これは私の教え子のムタと、その姉のジュリアです。よろしければ、恩人のお名前をお教え願えますか?」

「あ、ご丁寧にどうも。私は「きらら殿だ。俺は寺田だ。ここはあまり治安が良くない。視界が悪く集団が潜める獣道も多い。早く引き返した方がいい。」


 おまっ、お前、このワニコノヤロー!被せて名乗りやがって!!

 大仏きららも終わってるけど、ゴリ男できららも背筋凍るほど終わってるだろーが!

 何してくれてんのよ!

 ……しかし、三人はキラキラした目で私を見ている。

 何なら美人さんは頬まで染めてる。

 ……あれ?キララおかしくないのかな、異世界。

 それにしても、寺田さんめっちゃ喋るけど、三人共全然驚かないなぁ。

 とか思ってると、三人は顔を見合わせた後勢い良く土下座した。


「助けて頂いて何のお返しも無く、手前勝手なお願いを申し出るのは無礼だと、重々承知しております!ですが!貴方様をさぞご高名な武芸の達人と見込んでお頼み申し上げます!どうか、我が一族にお力添え下さいませ!」

「どうか!」

「お願いします!」


 やだー、何コレ……何だか面倒事の予感。

 引くほど必死じゃないか……。

 しまった〜、「名乗る程でもない」とか言ってさっさと立ち去れば良かった。

 いつまでも土下座してる三人に、何て言って断ろうか悩んでいると、


「引き受けよう。」


 またしてもワニに先んじられた。


「ちょっと寺田さん?!またよく内容も理解しないうちからそうやって安請け合いして!」

「俺に任せろ。」

「任せろじゃないでしょ!あんた何もしないじゃない!ここまで歩いて来たのも私だし、さっき戦ったのも私でしょうが!」


 しかし、私の小声での文句を余所に、三人はバッと顔を上げて涙ながらに喜んでいる。


「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「これで私達も救われます!」

「先生、姉ちゃん、一度村の皆に知らせに行こうよ!」


 ピョンピョン跳ねて全身全霊で喜びを表現してらっしゃる。

 ここまで喜ばれるともう断れないじゃない…。

 

 こうして私達は三人に是非にと背を押され、彼らの村へ行く事になった。

  

 因みに、山賊の襲撃で馬車を引いていた馬が殺されてしまったので、寺田さんと三人を乗せた馬車を私が引いて村まで歩いて行きました。

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