第3話 イベント発生すると参加は強制

 妙に物分りのいい感じの寺田さんだったが、


「──つまり、今この世界ではライア教による原始信仰への迫害が起こっているようなんですよ。」

「うん、ライア教?」

「はい。そのせいでいわゆる星の免疫が機能してないようなんです。」

「ふうん?」


 あんまり分かって無かった。

 何であんなにやる気満々に引き受けたんだろう。

 ていうか、寺田さん、異世界モノを一切把握して無かった。

 異世界どころか定番ファンタジーも知らなかった。

 指輪の物語とか話してみたら凄く興味津々に聞いてくれて、「まるで直接見聞きしたように話すんだな。きらら殿は以前にもこのような場所に来ていたのか?」とまで言われた。

 いや、来たことあるわけねーじゃん。

 てか、きららやめい!

 それ以前に、絶妙に話が噛み合わない。

 徒歩は勘弁だよねー、と私がぼやけば、そうだな、歩行かちより馬の方がはるかに速いもの、と言う。

 馬、ですか。車や航空機でなく。

 今どの辺か全然わかんない!スマホ欲しい!と愚痴れば、スマホ?しかし、太陽の傾きでこちらの方向は合ってるぞ。とか言い出す。

 話し方は全然時代掛かってないが、言ってる内容は全て前時代的だ。

 寺田さんってもしかして、歴史オタク?

 タイムスリップ的な方が好みの方なのかもしれない。

 異世界に来ちゃったから張り切っちゃって武士的な何かになり切っているのかもしれない。

 だって敬称も「殿」なんだもの。

 

「お、そろそろ沼地を抜け出しそうだぞ。」


 抱っこされてる全長3メートル弱の寺田さんが嬉しそうに尾を振った。

 黒く変形した木々、有刺鉄線のような低木の茂み、鈍色に墨を流したような泥の隙間から、懐かしい緑色の森林が見えている。 

 魔王城を出て一週間。

 私達、なんと一週間も歩き続けてました。

 休憩どころか睡眠も飲食もせず、私は100キロはあろうかという寺田さんを抱っこしたまま歩いていた。

 休憩しようかという話はもちろん出たが、ティム・バートンの映画のような真っ黒で鬱蒼として泥濘んだ土地に腰を下ろすのは嫌だった。


「もう足元もベタベタなのに、こんな所で座れないよ!草も何か針みたいに尖ってるしさ!せめて乾いた地面まで行こうよ!」

 

 休憩は私により却下された。

 しかし歩けども乾いた地面も柔らかい草木も無かった。

 食事をしよう、せめて水分だけでも摂ろう、という話ももちろん出たが、池?と思しきヘドロ、川?と思しき重油のような濁流しか無く、果実や茸らしき物は見当たらない。

 生物の類は気配すら無い。

 魔獣的なものすら出てこない。

 魔王さんが言ってた、これが邪気の影響というものなのだろう。

 なるほど、確かにこれを放置したら星が腐っていって死の星になるに違いない。


「お腹空いたよ〜。流石に生き物狩って食べるとかは無理だけどさ〜、木の実くらいなら挑戦するよ〜?何か口に入れたいよ〜。」

「お前は軟弱だな。1日2日食べないくらいで不満を言うな。」

「寺田さんはお腹空かないの?ワニってそんなに燃費いいの?」

「俺は断食に慣れてるからな。お前は少しは忍耐を覚えろ。」

 

 この言い合いも一体何度目か。

 だって寺田さん歩いてないじゃん、お腹の減り方も違うでしょうよ。

 何だよ断食って。

 ヨガかよ、仙人かよ。

 変人のワニに理不尽に説教されながら、とにかく私は歩くしかなかった。




「ほんと信じられない…。7徹で飲まず食わずで生きてるとか…。寺田さんって何者なんですか?」


 魔王さんが肉体を強化したというが、それだけで可能な事なんだろうか。

 強化と燃費って同義なのかと混乱する。

 この体、ワニを担いでいるのにフットワークが軽い。

 疲労感や空腹感はあるが、私の体に比べて明らかに、根本的に何かが違うのを感じる。


「俺か?道場で師範をしている。もう隠居したけどな。」

「道場?剣道とか?」

「全部だな。」

「全部?」

 

 総合格闘技ってことかな?

 よくわからないけど、魔王さんが指名するくらいなんだからきっと有名な流派の創始者とか何かだろう。

 寺田なんて知らないけど。

 



「やったあ!お日様!そして緑!川!」


 寺田さんを下ろして草の上に倒れ込んだ。

 清々しい香りのする森で、木漏れ日がキラキラ反射する小川に全力で這っていく寺田さん。

 体表カラカラだったもんね、思う存分水浴びしてよ。

 

「はあー…やっと休憩出来るー…。お腹空いたね、寺田さん。川に魚とかいない?…てか、火とかどうやって熾せばいいんだろ…?」


 ご機嫌にバッシャバッシャしてる寺田さん、聞いてないな。

 サバイバルとかした事ないけど、ナイフとかロープとかマッチとか、要るんじゃないの?

 呼んどいて待遇悪いな魔王さん…。

 このまま私達が野垂れ死んだらどうする気なんだ…。

 私が絶望しているその時だった。


「────!!!」


「む?」

「え?今のは?」


 耳を劈く女性の悲鳴が。

 どうやら、鉄板イベントが発生したようだ!

 

 慌てて寺田さんを抱えて声のした方へ駆けていく。

 いやほんと、寺田さんの体どうなってるんだろう?

 7徹飲まず食わずで100キロ抱えて、物凄い速さで走れる。

 時速何キロ出てるんだ、コレ。

 森を抜けると街道があり、そこで馬車が複数の男達に襲われていた。

 怪我をしてるらしい御者らしき老人を庇うように剣を振っている中学生くらいの少年。

 そして、まさに男達に拉致されんと腕を引かれている妙齢の女性。

 茂みの陰で、目の前で展開している強盗現場に固まってしまう。


「て、寺田さん!きっと強盗ですよ!ど、どうしましょう?!」

「おお、讃岐を思い出すなぁ。よし、行こう。」

「は?!ま、待って?!行くって、私スウェットだし、ぶ、武器とかも無いし?!」

「野伏せり如きに武器なんか要らん。俺の体一つで十分だ。」

「いや、確かに寺田さんの体何かおかしいけど、強盗たくさんいるし!何か剣とか斧とか持ってるし!私戦えないし!」

「ゴチャゴチャ喧しい!心は違えど肉体と技は紛れもなく天真翁だぞ!尻に噛み付かれたくなかったらさっさと行け!」


 そう言って寺田さんが思い切り口を開けた。

 ボコボコした歯列を見て、ワニの噛む力は地球最強という文言が頭を過る。

 

 い、行くしか無い…!!!

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