掌編小説・『いい歯』

夢美瑠瑠

掌編小説・『いい歯』

(これは、去年の11月8日「いい歯の日」にアメブロに投稿したものです)



     掌編小説・『いい歯』



 帝国生命保険会社は、11月8日の「いい歯の日」に因んで、新しい保険プランとして、「いい歯保険」というのを発売し始めた。

 これは年齢とともに不可避的に弱体化していく、「健康な歯」を、維持するために、その高額になりかねない治療費を、あらかじめプールして、もしもの時には、保険金が下りて、例えばかなりイクスペンシヴなインプラント治療とか、そういう不測の事態に備えていく、そういう発想であった。

 歯の治療もどんどん進化していて、金さえ出せば、永久歯よりも、丈夫で白く輝いていて、一生使える、そういう歯も作成可能だった…


 最初はみな半信半疑だったが、この保険はヒット商品になった。

 誰でも歯の健康には不安を持っていて、治療が高額になることに、惧れを抱いている。不安を解消するこの保険は、患者にも歯科医にも、社会にとってもいい。皆がそう認識して、こぞって「いい歯保険」に加入したのだ。

 そうして「いい歯保険」の成功は、割と少ないお金を積み立てて、将来あるべき事態の出費に備える、そういう発想が、もっと色々なことに敷衍されてもいいのではないか…と、保険会社の発想が柔軟になる契機となった。


「新しい保険」を、考案して世に出していくという風潮がブームとなって、「新車購入保険」とか、「家電購入保険」、「家屋増築保険」、「整形美容保険」、「骨折保険」、「難病保険」、「認知症保険」、「豪雨保険」、「やけど保険」、「結婚保険」、「離婚保険」、「死別保険」、等々等、無数に生活の各部分で、将来の出費に備えて皆でお金をプールしていくというシステムが、どんどん細分化されて、生活もどんどん楽になっていった。

 あらゆることに、皆がお金を分け合っていけば、お金についての心配はほぼ無くなる。お金はむしろ夾雑物で、必要悪、そういうことに、だんだん皆が気付き始めた。

 やがて、究極の保険、「財産保険」が考案されて、他の保険は全てこれに習合された。世の中のお金は全てこの保険にプールされて、必要な時に必要なだけのお金が

自由に使えるようになった。

 私有財産とか、貧富の差というのが、全ての社会悪、戦争、差別、いじめ、国境、虐待、そういうものの根源であるのは自明の理であって、「お金」というアンシャンレジームが消えれば、社会悪もなくなる。社会自体が保険となる。

 そうすれば貨幣経済は脱構築されて、理想社会、あるべき本当の社会が訪れる…

 

そういうことに気づかせてくれたのが、「いい歯保険」という、小さなアイデアであった…


 それから、11月8日は、「地球人類の日」と、呼び習わせられることになったそうだ…



<終>


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