第6話 祭りの前に1

まだ残暑引きずる9月下旬。ミレニアム音楽同好会の面々は定期練習のため部室であるスタジオに集まっていた。一通り持ち曲を演奏し終え皆が椅子に座って休み始めたところで俺は大仰に咳払いをして話し始める。


「今日はみんなに発表があります。11月の学祭でのキャンパスアリーナの使用許可、先ほど正式に申請が通り無事使用できることになりました」


「え、それってつまり?」


「学祭でライブができるってこと。それも屋外の一番目立つキャンパスアリーナという最高の立地でな」


「おおっ!」

一同の歓声が上がる


「そこで一つ問題がある。我々がキャンパスアリーナを使用できる持ち時間は設営込みで45分。設営に15分かかるとして実際に演奏できる時間は30分とみていい。うちらの持ち曲は4曲で、さっきの通し練習、時間を計ったら約22分。学祭までにあと1曲は持ちネタを増やさなければならない」

今度は一同天井を仰ぎ各々思案に老けいる。


「ん~、無理に曲を増やす必要なくね?短期間で無理くり仕上げて完成度の低い演奏するくらいならmcで適当に時間伸ばすのも有りかなって」

トビアスが先陣を切って意見する。


「う~ん、テオはどう思う?」

俺はこういう時あまり意見を言わないテオに客観的な立場からの意見を期待して振ってみる。


「僕はもう1曲持ちネタを増やすのもありかなと思う。だたし学祭までの残り一ヶ月ちょいでちゃんと仕上げられる程度の難易度の曲、っていう条件付きで」

この意見にイーサンも乗ってきた。

「僕もテオの意見に賛成かな。やっぱり5曲くらいはやってもいいかなって思う」


「ミーアはどう?」


「私はみんながよければもう一曲やりたいかな」

ミーアはトビアスに気を遣うように声のトーンを少し抑える。


「皆がよければ俺も反対する気はないよ。確かに4曲しかやらないんじゃちょっと物足りない感じはするしね」

トビアスのコンセンサスも得た。


「それじゃもう1曲追加する方向で。それでなんだけど追加する曲のコンペをやりたいなと思ってて」


「コンペ?」


「そう。メンバーそれぞれが作った曲をみんなで集まって聞き比べしてどの曲をやるかその場で決める。いつも曲を持ってくるのって俺かトビアスじゃん。だから今回はテオとイーサンにも参加してほしいんだけど」


「えー、僕も参加するの。曲なんて簡単なデモくらいしか作ったことないけど」

イーサンが不安気な面持ちで訴える。


「簡単なデモでいいんだよ。それぞれの個性がわかる曲だったらなんでもいい。そうやってバンドメンバーそれぞれの個性が光る楽曲があったほうがバンドっぽい感じがするじゃん。テオも参加できそう?」


「うーん、実はちょこちょこ曲は作っていたんだけどまだ完成した曲がなくて。でもせっかくだから頑張ってちゃんと完成したのを持ってくるよ」


「よっし、じゃあコンペは1週間後。再びこの部室に集合で」


こうして我が同好会としては初の楽曲のコンペがはじまったのであった。


うちの大学は都内にあるが構内をぐるっと木々が取り囲み季節の移ろいを目と耳でしっかり感じ取れる。注意深く耳を澄ますと、先週まではまだ勢いのあった蝉の鳴き声が少しづつ秋の虫の鳴き声に変わっていくのがわかる。

コンペまであと2日。俺は季節の走る構内の並木道を考え事をしながら歩いていた。テオとイーサンを半ば無理矢理コンペに参加させてしまったけどこれで本当に良かったのだろうかと。

音楽との付き合い方は人それぞれだ。純粋に演奏を楽しみたい人もいればDJのように既存の楽曲をミックスして繋げたりサンプリングしたりして楽しむ人もいる。自分のオリジナル楽曲を作ることだけが音楽ではない。それなのに俺はまた自分の価値基準を人に押し付けて困らせていないだろうか。

考えながら歩いていたらつい癖で部室のある旧校舎の方に来ていた。せっかくだから誰かいるかもしれないと思い俺は部室に行ってみることにした。

古びた校舎に入り歩いていると弱りかけた蝉の鳴き声に交じって微かにギターの音と誰かの歌声が聞こえた気がした。校舎の奥に進むにつれてそれは確信に変り、俺は音の鳴る方へ行こうと部室と反対の北側の階段に向かった。

前にもこんなことあったよな。そうか、あの時、シオンさんに出会ったのもこんな感じだったっけ。

ギターの音が近くなる。ところどころミストーンが目立つ粗い演奏。歌声はどこか聞き覚えのある声だが自信なさげに歌っているので聞き取り辛い。演奏の邪魔をしたくなかったので忍び足で進んだ先で、俺はまた目を見張るような光景に出くわす。

薄暗い階段の踊り場、明かり窓から漏れる淡い光を背にして古びたアコースティックギターで弾き語りをしていたのはミーアだった。

少しアップテンポの爽やかな曲。ステップを踏むように突き進むアルペジオに囁くようなヴォーカル、そこにくたびれた夏の雑音が合わさって廊下に溶けていく。ああ、なんて美しいんだろう。


「あれっ、カナタじゃん」


「よう」


「居るんなら声かけてよー。下手くそな演奏全部聞かれちゃったよ」


「いや、悪くなかった。ていうかすげえ良かった。今の曲、ミーアのオリジナル?」


「うううん、ブルータスって人の曲。2010年代の曲かな」


「お前にしては珍しいな。そんな古い年代まで遡って深掘りするなんて」


「実はおじいちゃんがこの曲よく弾いていたんだよね。このギターもおじいちゃんの形見のギターなんだ」

どこかで見た覚えがあるなと思っていたが、そうかこのギター


「あの屋上の写真のギターか」


「よく覚えてたね!そう、あの写真に写ってたギターなんだよ」

5月にミーアと初めて会った時に見せてもらった写真。古びたマンションの屋上に空席の椅子。椅子の上には花束が手向けられその脚元にはギターが横たわっている。俺は写真から抜け出してきたギターを前にして軽いデジャヴのような感覚を覚える。


「ていうかいつの間にそんなにギター弾けるようになったんだ」

ニシシと笑いながらギターのボディーに顎をのせるミーア。


「実は密かにトビアスに教えてもらってたんだよね」

トビアスとミーアが二人っきりでか。何か気にくわないが直接的な言及はやめよう。


「お前ら二人ってそんなに仲が良かったんだ」


「え、仲がいいっていうか、高校の先輩だし、ま今は同期だけど」

とその時、階段の上の方から人が降りてきた。よく見たらトビアスだった。


「トビアスだ。いつから居たの?」


「割と序盤から」


「やだぁ、居たんなら早く声かけてよー」

ミーアははにかみながら膝裏を叩く。


「お前ら二人が話し込んでいたから出づらかったんだよ。これから部室行くけど二人は行かないの?」


「行く行く。3人で一緒に行こ」


ギターをケースにしまいミーアが立ち上がる。トビアスとミーアが談笑しながら歩く半歩後ろを俺は無言でついて行った。

部室に着くとミーアは背負っていたギターを降ろして”飲み物を買ってくる”と言って小走りで出て行った。俺とトビアスは休憩ブースのテーブルを挟んだ2つのソファーの対面に座ってくつろぐ。少しの沈黙の間を挟んで俺から話かける。


「コンペの曲どう?なんか作ってる?」


「うーん、ぼちぼち。簡単な曲ってことだからあんまり深く考えずに作っているけど、実はそういう曲作るの苦手なんだよ」


「そうだよなぁ。お前の曲って変拍子とかでやたら複雑な曲多いもんな」


「は?お前の曲こそ上物重ね過ぎで音域が渋滞起こしているんだよ」


「そりゃ昔の曲だろ。今はバンドで演奏することを考えて極力無駄な上物は削っているし」

こいつとサシで話しているといつもこんな感じだ。俺は気を取り直して話の向きを変える。


「いや、テオとイーサンにもコンペの曲作ってきてって半ば強要しちゃったけど実際どうなのかなって。俺は自分の曲をバンドで再現できることに無上の喜びを感じるタイプの人間だけど皆がそうとは限らないし」


「なんだ、今更そんなこと言ってるのか。お前の自分本意な性格なんてみんなとっくに分かってるし、分かった上で付き合ってやってるんだ。イーサンもテオも子供じゃないし本当に嫌なら断るだろ」

スタジオに常備していた自分のギターをチューニングしながら上の空で答えるトビアス。


「そりゃそうだろうけど、って俺ってそんなに自分本意なの」


「当の本人は自覚なしか。お前は欲しいものが目の前にあると周りのことも気にせず取りに行くんだ。たとへ仲間を置き去りにしても」


ちょうど飲み物を買ってきたミーアが入ってきた。


「おー、なんか盛り上がっているね。なんの話?」

俺は哀願するような目でミーアに尋ねる。


「俺ってそんなに自分本意なの?」

急な質問に『はへっ?』とした表情を浮かべている。


「う~ん、カナタは自分本意っていうか自分の欲望に正直なやつだね」


「水原さん、ナイスフォロー」

イェーイと言って手を合わせるミーアとトビアス。俺って何なんだろう。流れるままに部室にきたら悩みが増えてしまった。


それから瞬く間に日にちが過ぎていきコンペ当日。メンバーが全員部室に集まっていた。


「今日は審査員としてシオンさんにも参加して頂きます。よろしくお願いします」


「こちらこそ。今日はみんなの作品を聞かせてもらえるの楽しみにしているわ」

丁寧にお辞儀をしてから椅子に座るシオンさん。


「それじゃあ早速やっていきたいと思うんだけどトップバッターいきたい人いる?」

俺はメンバー全員を見回すがみんな様子を伺っていて誰も反応しない。そこでシオンさんが口を出す。

「言い出しっぺは羽山くんなんでしょう?なら羽山くん最初にやったらどう?」


「そうだよカナタの最初にやろうよ」

イーサンが後押しする。


「オッケー。じゃあ最初は俺の曲流すね」

リストバンドの端末を操作して曲を再生する。およそ2分半のシンプルな曲。公聴を終えて最初に口を開いたのはトビアスだった。


「メインテーマは格好いいね。羽山節といえばそうなんだけど。ただメインテーマ繰り返し過ぎかな。シンプルさに拘った結果なんだろうけど少しくどい気もする」


シオンさんも顎に手をやりながら付け加える。

「リズムにもう少し変化があったほうが面白いかも。メインテーマはキャッチーでいいと思うわ」


「ありがとうございます。細かい講評は後にして一通りみんなの聞いちゃいますか。次、トビアスのでいい?」


「オッケー。じゃあ流すね」

そうしてトビアスの曲を聞き終えた後、テンポよくイーサンとテオの曲まで一気に聞き終えた。

皆うんうん唸っていてお互いの出方を見合っている様子。トビアスは考えをまとめているのだろうか、いつものポーカーフェイスで心を読み取れない。

イーサンとテオは自分の作品がどのように評価されるのか気になってそわそわしている。ミーアは腕を組んで考えているポーズを取っているが多分何も考えちゃいない。やはりここは俺がホスト役として皆の考えを導くべきだろう。


率直にいえば一番ピンときたのはトビアスの曲だ。あいつはなんだかんだセンスが良いし今回持ってきた曲もシンプルで簡単そうな曲だがそれを安直には感じさせないアレンジの妙が光っている。

イーサンの曲はドラマーが作った感じがよく出ているギターリフとロックドラムがストイックに繰り返されるストレートな曲。ただ既にうちらが持ち曲としてやっている4曲とは少し趣を外している。

一番評価が難しいのはテオの曲か。構成も展開もよくできてはいるがどこかありきたりな、食傷気味のあるコード進行とメロディーで心の琴線に触れるものがないんだよな。しかし今日はテオとイーサンに無理を言って参加してもらった手前、二人のうちどちらかの曲を推すのがバンドマスターとしてのバランス感覚の見せ所。

イーサンの曲はバンドの雰囲気から少しかけ離れているから今回は諦めてもらって、やはりここはテオの曲を評価して学祭でやる曲の候補に持って行くのが俺の使命とみた。

「俺的には~」と切り出そうとした矢先、トビアスの方が一瞬早く口を開いた。


「イーサンの曲のギターリフは結構好きだな。ボーカルのメロディーラインはもう少し改善の余地があるけど。テオの曲は可もなく不可もなくって感じでパンチがない。なんかこうAIが作った曲っぽいんだよね。展開に違和感がなさすぎてBGMとしてなら正解なんだけどバンドの曲って考えるとちょっと毒っ気が足らない」


トビアスの野郎、人の気も知らないで言いたいことだけ吐き捨てやがって。これじゃ俺が塾考の末たどり着いた最適解にたどり着けない。軌道修正せねば。

「俺はテオの曲いいと思うよ」


「え、どの辺が?」

すかさずトビアスが詰めてきた。


「いや、そこはかとなく漂う優しい感じとかテオの人柄がよく出ているというか」


「それ褒めてなくね」


「あのなぁ、人がせっかく気を遣って言葉を選んでいるのになぁ」


「『気を遣って』とか本人の前で言うか、普通」


「お前が煽ってくるからつい釣られちゃっただけだろ。お前こそもうちょっと言葉選べよ」


「ちょっと二人ともいい加減になさい」

シオンさんが呆れた様子で仲裁に入ってきた。仁王立ちで俺とトビアスの間に立って場を仕切る。


「しばらくの間二人は発言禁止ね」

そう言い放つと考えをまとめるためか少し室内を歩き回りながら話し始める。


「私の意見を率直に言わせてもらうわね。。羽山くんもトビアス氏の曲もとても面白い楽想ね。少し荒削りなところもあるけれどバンドでアレンジを詰めればもっと良くなると思うわ。ただし今までとタイプの違う曲をやってバンドとしての音楽性の広さを示したいのならイーサンの曲を推すわ。リズムセクションがしっかり作り込まれているから歌のメロディーや上物のアレンジを変えるだけでこういう曲は化けると思うの。テオくんの曲はさっきトビアス氏も指摘していた通り少し毒気が足らない印象はあるわね。でも勘違いしないでね。違和感を感じさせない自然な流れの曲を書くことってそんなに簡単なことじゃない。それはあなたに与えられた素晴らしい才能よ。その上で規定のルールを外れることをを恐れず自分の感性を信じて色々と実験してみるのもいいかもしれないわ。音楽を『作る』という発想から『発見する』という考えにシフトするとより人を惹きつける面白いものができるんじゃないかしら」


「なるほど、『作る』から『発見する』へかぁ。ありがとうシオンさん。なんか掴めそうな気がしてきた」

辛辣な批評も出て少し落ち込んでいるようにも見えたテオだったがシオンさんのアドバイスを受けて何か吹っ切れたように応える。


「偉そうなこと言ってごめんなさいね。でもテオくんの安定した和声感は立派な個性だと思うから自分の持ち味は殺さずにバランスをとってアドバイスを受け入れて欲しいわ。全て鵜呑みにするのではなくね」


シオンさんの推薦を受けたイーサンは少し渋い顔で逡巡していたが意を決した様子で話だす。


「シオンさんに推薦してもらえたのは嬉しいんだけどやっぱり僕の持ってきた曲このバンドの雰囲気に合っていない気がするんだよなぁ。自分で持ってきておいてあれなんだけど」


「そうかなぁ。私はこういう男臭い曲があってもいいと思うけど」

椅子の上で胡座をかいたミーアが反応する。


「え、僕の曲男臭い、加齢臭?」


「男臭いかは置いておいて確かにイーサンの曲は今ある4曲の中に混ぜると取ってつけた感があるよね。やるんならシオンさんも言ったようにアレンジを練り直したほうが良いと思うんだけど」


テオの提言に一同押し黙る。皆薄々感づいているのだ。あと1ヶ月ちょっとでもう一曲アレンジから練り直す時間はないのではと。既存の曲の練習もあるしそもそも本業である学業を疎かにはできない。その時トビアスがおもむろに手を挙げた。


「あの、ちょっといい、みんなに聞いてもらいたい音源があるんだけど」


「どうぞ」と手をさしやってシオンさんが促す。

端末を操作して曲を流す。聞こえてきたのはミーアの弾き語りだった。


「え?これって私の?いつ録ってたの?やだ、恥ずいじゃん」

顔を紅潮させて床に視線を泳がすミーア。


「ごめんね勝手に録っちゃって。練習しているのが聞こえてきたから思わず録りっぱなしにしちゃった。最後に通しで弾いていた曲が良かったからみんなにも聞いてもらおうかと思って」


最初に食いついたのはイーサンだった。

「いい曲だね。歌声も素朴な感じで曲調にあっている。これミーアのオリジナル?」


「うううん、ブルータスって人のカバー。2010年代の曲」


「2010年代かぁ。結構古いところから発掘してきたねぇ。これ、ドラム入れてもカッコいいんじゃない。トビアス、ちょっとループ再生してくれない」

そう言ってドラムセットに座ると再生されたミーアの弾き語りに合わせてドラムを叩きだす。もともとギターが奏でる明確なビートがあった曲にドラムが入ることにより、さらに楽曲にメリハリがつき聞きやすくなった。跳ねるようなビートが耳に心地よい。


「コード進行シンプルだね。これなら僕でも即興で入れるかも」

今度はテオがベースを構え、アンプのツマミを調整し曲に合わせて弾き始める。ベースとドラム、音楽の屋台骨を支えるリズム隊が構築されたことによりグルーヴが生まれる。こうなってくると参加せずには居られないのが楽器奏者の性。俺はピアノを、トビアスはギターで参加してミーアの弾き語りをベースにしたセッションが始まった。再生された自分の練習音源に合わせて皆が演奏している姿を呆気にとられて見ているミーア。そこにシオンさんがやってきてマイクをセットし始める。



「せっかくだから水原さんもセッションに参加したらどう?私も生であなたの歌を聞いてみたいわ」


「うへぇ、参ったなぁ。シオンさんの前でギターを弾き語るなんて緊張するよ」

後頭部をポリポリ掻き照れ臭そうにしながらもアコースティックギターを構えて弾き始める。ミーアの歌が軌道に乗り出した頃合いを見計らって、シオンさんはループ再生されていた練習音源のボリュームをフェードアウトさせる。

その瞬間、ミーアの生歌のボリュームに合わせてメンバー各自自分の楽器の音量を調整する。出すぎず、埋れすぎず。

楽器隊の絶妙なバランスの上を、少し頼りなげな、それでいてどうにも惹きつけられるミーアの歌声が可憐なダンスを踊るように転がっていく。

俺は少し退いたところで客観的にバンドの音を聞いてみる。まだ演奏的に未熟なところはあるが、各パートがちゃんと全体の音のイメージを共有できている。主役である”歌”をリズム的、和声的にしっかり支えていて、それでいて各楽器の持ち味もちゃんと活きている。一緒にやり始めてから4ヶ月でよくここまでまとまったものだ。


セッションが終わると椅子に座って聞いていたシオンさんが拍手をしてくれた。

「素敵な演奏だったわ。学祭でやる曲、この曲にしたらどう?」


「自分もそう思っていて。皆はどうかな?」

トビアスがみんなを見回して賛否の意思を確認する。


「うん、いいと思う」


「賛成だね」


「異議なし」


皆一様に賛成の意を示す。しかし当のミーアだけは眉を八の字にして不安げに訴える。


「ふえぇっ、じゃあ私が学祭で、人前で歌うことになるのぉ?」


「まあそういうことになるな。けど一曲だけだしそんなに構えることないぞ」


ミーアの不安な様子を気にかけてトビアスもフォローに入る。

「もちろん無理強いはできないけどできれば水原さんヴォーカルで一曲やりたい。俺でサポートできることがあったら何でもするから考えてみてくれないかな」


メンバーの熱烈な推薦を受けて渋々首を縦に振る。

「わかった、やってみるよ」


”パンっ”と手を叩いてシオンさんが立ち上がる。


「それじゃ話が纏まったわね。今のセッション録音しておいたから共有フォルダに入れておくね。私はこの後予定があるからこれで失礼するわ」

帰り際にミーアの肩を叩いて一声かける。


「とっても素敵な歌声だったわよ。あまり気負わずにね。本番楽しみにしているわ」


こうして俺たちの祭りの前夜は静かに動き出した。


「という訳で今度の学祭で一曲歌うことになっちゃったんだよ。サキ、助けてー」

大講堂で並んで座っている尾形に抱きついて不安な胸の内をさらけ出すミーア。そんな彼女に対して尾形は、優しくもどこか突き放したような感じで背中を押す。


「素晴らしいことじゃない。女優業に次いで今度は歌でもあんたの才能が世に出るなんて。私は常々ミーアには表現者として並並ならぬ才があると思っていたのよ。自信を持って堂々とやりなさい」


「買い被り過ぎだよー。私のどこにそんな才能があるんだよ」


「思い出してみなよ。一年前、高校の映像研で映画を撮るってなった時も最初は『演技なんて無理無理』って頑なに断っていたけど、蓋を開けてみたらバッチリ主演女優を勤め上げて映画は最優秀文化賞を獲ったし」


「いやっ、あれは高校生の内輪だけの賞でしょ。それに私が良かったんじゃなく周りのみんなが頑張ったからで特に演劇部の協力抜きには成し得なかったっしょ」


手の中でくるくる回していたペンをミーアの方に突き差し、端緒を掴んだとばかりに微笑む尾形。


「その時演技指導していた演劇部の部長が『水原はいいっ、水原はいいっ』ってずっと言ってたんだよ。とにかくあんたは人を惹きつける才能があるんだから自信持ちなさい」


机に突っ伏して泣き言を言うミーア。

「でも私は裏方希望なんだよー」


上の空で講義を受け流し尾形と別れて一人カフェテリアで時間を潰していると向こうから見知った顔が手を振ってやってきた。彼女と思しき女性を連れたテオだ。


「どーも。水原さん一人?」


「うん。火曜日のこの時間だけ空いちゃってるんだよね。そちらの方は?」


「そうだ、紹介してなかったね。その、今付き合っている彼女で二鳥さんです。こちらは軽音サークルで一緒の水原さん」

テオに紹介されてぎこちなく挨拶を交わすミーアと二鳥さん。


「水原さん、普段はVJしてくれてるんだけど今度の学祭で一曲歌うことになっているんだよ」


ハッとした表情を見せる二鳥さん。

「あ、この前聞かせてもらったボーカルの方ですか。すごい素敵な声でファンになりました。学祭楽しみにしています」


両手をがっしり握られて真っ直ぐな目で見つめられたじろぐ。

「ありがとう。なんか照れるなぁ」


”この後講義があるから”と言って手を振り振り別れる二鳥さんを見送ってミーアの対面に座るテオ。


「どう?練習進んでいる?」


「うーん、ぼちぼちかなぁ。つっかえないで通せたことまだ一度もないんだよ」


ミーアの不安を感じ取ったテオは微笑みかけながらフォローする。

「そっかぁ、でも大丈夫だよ。本番ではバンドも入るしちょっとくらい間違えたって誰も気付かない」


テオのフォローに口を尖らせて反論する。

「ベースはいいじゃん。後ろに引っ込んでいられるしあまり目立たない。私もそっちの方が良かった」

言い終えてすぐに口が滑った事を後悔する。せっかく気遣ってくれたテオに対して失礼だしベーシストを低く見ていると捉えられてもおかしくない発言をしてしまった。しかし当のテオは全く気に障らずという感じで微笑んでいたのでミーアは少し罪悪感を覚える。


「僕はね、最初水原さんの歌声を聞いた時にすごいいいなぁと思うのと同時にちょっと嫉妬したんだよね。ああ、これは水原さんにしか出せない音で唯一無二なんだって。それに比べたら僕のベースなんて凡庸だし代わりはいくらでもいるんだよなぁって」


「ええっ、そんなこと、」

フォローしようと思ったがうまい言葉が出てこない。


「クリエイター、表現者ってやっぱり個性が大事なんだなぁって。技術は後からいくらでも習得できるけど、個性って後天的に獲得するのが難しいと思うんだよね」

少し寂しげな表情で淡々と喋るテオの言葉に無言で耳を傾ける。


「本音言うと羽山くんやトビアスと並んで音楽やっていると胸が苦しいなって感じる時があって。あの二人って凄い才能あるでしょう。クリエイター向きっていうか。それに比べて自分って一体なんなんだろうって」


視線を下に外してミーアが呟くように応える。

「その気持ちちょっとわかるかも。あの二人ってやりたいことが明確で自分の気持ちに素直じゃん。同年代であれだけはっきり自分のやりたいことが分かっているのってちょっと嫉妬しちゃう。私なんて自分が何をやりたいのかすらまだ分かっていないのにだよ」


「意外。水原さんって他人に嫉妬とかしないのかと思ってた」


「私もテオがそんな風に感じていたなんて分からなかった。でも本心が聞けてちょっと嬉しい。ああ、みんな不安なんだなぁって」


夕暮れの近づくカフェテリアでそれぞれの思いを吐露する二人。穏やかな言葉の遣り取りが暗がりで淡い光を放つロウソクのようにやんわりと周囲を包んでいた。


「そういえば靴変えた?今日の服装とよくマッチしていて可愛いね」


「やっぱりテオってモテるでしょう?カナタなんて髪切っても服新調しても全然気付かないし」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る