第3話 神秘の障壁
斯くしてメンバーは集まった。
ギター&ボーカルの俺を筆頭にベースにテオ、ドラムスにイーサン、そしてリードギターのトビアス。ライブ中の照明の演出やVJをミーアが担当することになった。俺たちは毎週金曜の午後、全員の取得している講義が終わる15時に研究棟の秘密のスタジオに集まり練習をするようになった。
「Cパートのブレイクが終わった後のフレーズみんな遅れがちだね。特にテオは小節ど頭をもっとタイトにした方がいい。常に頭の中で次の展開を先行して捉えるとリズムもしっかりしてくるよ」
「オッケーやってみるよ」
トビアスはメンバーの中で一人だけちゃんとしたバンド経験があるので積極的に他のメンバーにアドバイスをしてくる。最初こそ鼻についたが言っている事は的確で理にかなっているので今ではメンバー全員彼のアドバイスを素直に受け入れている。もちろんこの俺も。
ただし俺とトビアスの間には根本的な意見の相違がある。ライブのパフォーマンスについてだ。トビアスのギターは正確で音楽的には問題ないのだが、ギター演奏に集中しすぎるせいで動きが全くなくずっと突っ立ったままなのである。そんなトビアスに俺はいつも突っかかる。
「演奏に集中するのはいいがもっとエモーショナルに体全体を使って音楽を表現していこうぜ。俺たちのやっている音楽はロックなんだ。ていうかクラシックだってもっと動きがある」
「それをいうなら羽山は動きすぎてミストーンが多いぞ。ボーカルも感情が昂ぶりすぎててピッチが上ずっているところが多い。ライブ中の動きの事をいう前にもっと基礎的な音楽力をつけたほうがいい」
「ちょっとしたピッチのズレなんてミキサー側とアンプにリアルタイムで走らせてあるピッチ補正ソフトでどうにでもなるだろ。それよりもブレイクのところのキメの動きをみんなで合わせる練習をもっとしようぜ」
と、このように毎回練習方針は平行線のまま交わらないのである。まあ最近では俺があまりにしつこくライブ中の動きに言及するのでトビアスの方も折れたか少し体を左右に振るようにはなったが。
そんな俺たちを見て笑っているのがミーア。
「二人とも全然話が噛み合わないよね?。トビアスは演奏の話しているのにカナタは暴れかたがどうとか言ってて。イーサンもテオも間を取り持たないからずっと平行線でうける」
「おい、ミーア、笑っている場合じゃないぞ。ライブ中にどう動くかはロックバンドにとっては非常に重要な問題なんだ。それとさっきのブレイクのところ、映像演出が少し出遅れていたぞ。俺は見ているぞ、そういうところ。VJもライブバンドにとっては重要な表現の一部なんだ。手を抜くなよ」
「へいへい、肝に銘じます」
「ふふっ、何その言い回し。ミーアはたまに面白い表現使うよね」
テオがややうけした顔でミーアに突っ込む。
「私、小さい頃はおじいちゃん子だったからおじいちゃんの口癖がそのまま出ちゃうんだよね。この間も同じ学科の子達と話してて『よしんば』って出ちゃってみんなに突っ込まれた」
そこから皆の集中力が切れて談笑モードになったので俺は飲み物を買うために一人スタジオを抜け出し自販機のあるスタジオと反対側の方へ向かった。
少し歩くと階上の方から微かな音がするのがわかる。多分楽器の音、何かの曲を弾いている。以前にもこの音が鳴っていて気になったけどその時は無視してスタジオに向かった。だけど今日は曲の輪郭がはっきりと分かり、この曲をもっと間近で聴いてみたいと思い音のする方へ行ってみた。廊下の突き当たり、2階へと上がる階段の辺りへ。音が近づいてくる。ギターの音色?それにしてはやや柔らかすぎる音の輪郭。
不意に演奏が止まった。
話し声が聞こえる。女二人。楽器を弾いていた人の友達が来たのか?
階段の踊り場で交わされる会話はよく響いてきて内容までしっかり聞き取れてしまう。立ち聞きする趣味はなかったが、なんとなく動けなくなり聞いてしまう。
「シオン、昨日の夜またあの店に行ったの?」
「そうよ。どこへ行こうと私の自由でしょ?一花も人の後をつけ回すような無粋な真似はやめなよ。遊んで欲しいならちゃんと言って」
「私は、シオンには正しく、美しくあって欲しいの。ああいうクラブとかでいい加減な男と関係を持ったりするのなんてシオンには似合わない」
「それはあなたの理想でしょう。自分自身の理想は自分を律するためにあるものよ。それを他人に押し付けるのは無責任だしナンセンス。それにクラブであった男と関係なんて持ってないわ。一花は何かにつけ偏見が多いのよ。男にしろナイトクラブにしろ。何事もちゃんと体験してから判断するべきよ」
「『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』。シオンは自分のことを愚者だとでもいうの?」
「ビスマルクの引用ね。でも正しくは『自分の手痛い失敗より他人の失敗に学ぶ方を好む』と言ったのよ。いずれにせよ時代の変化が加速し歴史から学ぶことが困難な時代だからこそ私は私自身の経験に重きを置いているのよ」
「分からないわ。それでシオンが危険な目に遭ったらどうするの。私は耐えられない。あなたのことを大事に思っている人間がいることも忘れないで」
言い捨てると一花という女学生は足早に階段を降り立ち去った。廊下をでたところで俺とすれ違い一瞬目が合ったが険しい顔のまま無言で抜き去っていった。艶のあるロングの黒髪に切れ長の目が印象的な人だ。
「ごめんなさい、変なところ聞かれちゃったわね。そこに誰かいるんでしょう?」
俺は観念したように少しづつ彼女の前に歩を進める。そこには階段の踊り場で椅子に座ってギターのようなものを抱えている女性の姿があった。肩まである綺麗なロングの銀髪に青い瞳、西洋絵画のように整った目鼻立ち、白いシャツに民族衣装のようなスカーフを巻いた出で立ち。独特なオーラを纏った今まで見たことのない美しい人。
「すみません、俺の方こそ立ち聞きするみたいなことになってしまって。それ、ギターですか?」
「ええ、これはクラシックギター。より正確には19世紀モデルのクラシックギター」
「さっき弾いていた曲もクラシック?」
「そう、クラシック。そうだ、よかったら少しお客さんになってくれない?ずっと一人で弾いていると腕が鈍るのよ」
「ぜひ聞かせてください」
俺は階段の中腹に彼女に対して半身を向けて座る。少しの指慣らしのフレーズの後一旦静けさを挟んで演奏が始まる。
時計仕掛けのような規則正しいフレーズ。間違いない、さっき遠くから聞こえてた曲だ。主旋律と伴奏の区別は曖昧でとろけるように走り去っていく。それらは圧倒的な構造の美しさの上に成り立っており、まるでシンプルで美しい数学の定理のよう。俺は聴きながらあまりの美しさに涙を流していた。時間にして2分弱。一瞬にして永遠のような時の流れ。演奏を終え最後の音が空間に溶けて無くなった後、彼女はギターを横たえていたケースの上に置き俺に感想を求めてきた。
「ご静聴ありがとう。どうだった、私の演奏?あら、あなた泣いているの?」
「すみません、とても綺麗な曲で涙腺が刺激されて。それに初めて聴く曲なのに昔から知っているような懐かしい感じがして。これはバロックですよね。もしかしてバッハ?」
「残念、バッハではないわ。バッハと同時代のフランスの作曲家、フランソワ・クープランの『神秘の障壁』という曲よ。私のお気に入りなの」
”神秘の障壁” バロック期とは思えないネーミングセンスにぞくりとする。
「クラシックは好きで色んな曲を知っている方だと思っていたけどこの曲は知らなかったな。やっぱりクラシックは奥が深い。あ、実は自分も音楽をやっていてピアノとギターを少し弾くんです」
その時、彼女の視線が正確に自分を真正面から捉えた。
「あなたもしかしてこの間のキャンパスアリーナで勝手にライブやって怒られていた人?」
俺は今更気恥ずかしさを感じて顔を紅潮させる。
「はい、あれ俺です。若気の至りってやつですよ」
「ふふっ。自分で言うんだ。でも私は好きよ。ああいう初期衝動みたいな音って」
褒められているんだか貶されているんだか。
「そりゃどうも」
「まさかこんな辺鄙なところで有名人に会えるとはね。私はシオン。デーニッツ・シオン。二期生。あなた名前は?」
「羽山彼方。一期生です」
「じゃあ私の方がお姉さんね。よかったら仲良くしましょう。同じ音楽を演奏するもの同士」
「もちろん喜んで。あの、自分いま音楽の同好会をやっていて、もし良ければシオンさんも一緒にやりませんか?ジャンルは、クラシックというよりはロックなんですけど」
やや間を置き視線を外すシオン。
「ロックは好きよ。最近のはあまり聴かないけど。でもごめんなさい。私集団行動にはあまり向いていないようなの。去年もそれで色々あったし。でも羽山くんとは仲良くしたいわ。それじゃダメかしら?」
「いや、僕は全然構いません。でも少し残念ですね。あんな素晴らしい演奏ができる人を同好会のメンバーに迎えられないのは。機会があれば何か一緒に共演しましょう」
「もちろん、こちらこそよろしくね」
それから俺たちはSNSのアカウントを交換し合い別れた。今度はいつ会えるかな。少し経って何の約束もせずに別れたことを少し後悔した。
だけど次の再会は思ったより早く訪れるのである。
梅雨も終わりが近い小雨の降る金曜日。いつもより早く講義が終わり、学内のカフェテリアでイーサンと合流し二人で秘密のスタジオに向かっていると、旧校舎からミーアが飛び出してきて慌てた様子でこちらに向かって来た。
「二人ともちょっとこっち来て!向こうで男二人に言い寄られてる女の子がいるから早く仲裁に入ってあげて!なんか男の人が大きな声で怒鳴ってて怖いんだよ」
「マジか、荒事は嫌なんだけどなぁ。場所はどこ?」
「一階の奥の階段のところなんだけど案内するからついて来て」
俺とイーサンはミーアの後について現場に向かう。旧校舎の一番北側にある階段の昇降口。20代と思しき男二人に詰め寄られる形で女の人が立っていた。綺麗な銀髪に青い瞳、間違いない、あれはシオンさんだ。全く動揺したそぶりも見せずむしろ男たちに対して憐れむような表情すら浮かべている。
俺の存在に一早く気付いたシオンさんがこっちを向いて微笑みかける。
「あら、羽山くん。あなたよく修羅場に現れるわね」
笑っている。それも強がりなどではなくごく自然にこの状況を楽しんでいるかのように。この人の精神構造は一体どうなっているんだろう。
「あの、状況はよく分からないんですが争いはやめましょう。落ち着いて話し合えば誰も傷つかずに済むし」
シオンさんの前に詰め寄っていた男が激昂して返す。
「部外者は黙っていてくれないか!俺はもう傷ついているし周りもみんな傷ついた。こいつにはその落とし前として皆の前で釈明と謝罪をする義務があるんだよ!」
シオンさんの鋭い眼光が目の前の男を射すくめる。
「自分の行動に覚悟と責任を負えない未成熟な男が被害者面して謝罪要求だなんて情けなくて涙が出るわ。私は私の行動に覚悟と責任を負っているけど、あなたに謝ることなど一つもないわ」
シオンさんの毅然とした態度に怯みつつも激昂した男は続けて反撃する。
「あんたのその人を食ったような言動と行動が今のこの状況を生んでいるんだよ。少しは分かれよ!」
激昂している男の連れが今にも掴みかかりそうな男の間に入って落ち着けと言ってなだめている。どうやらこの男は加勢というよりはお目付役、ストッパーとして同伴したのだろう。
「何を言っているの。この状況を能動的に作ったのはあなた自身よ。自分の自慰行為に他人を巻き込むのはやめなさい」
この一言でギリギリ止まっていた男の理性が外れ、静止する男を振り切りシオンさんの足元のケースの上にむき出しで置かれていたギターを蹴り飛ばした。ギターは壁にぶつかりチューニングの狂った不協和音を響かせ廊下に横たわる。
俺は瞬間的に飛び出して蹴った男の胸ぐらを掴み足をかけて転ばし馬乗りになって殴ろうとした。しかし振り上げた腕をイーサンにがっちりホールドされ俺は男から引き離される。イーサンは俺より一回り体が大きい。こいつに後ろからホールドされたら従うほかない。蹴り上げられたギターを抱き上げ侮蔑の表情で倒れている男を見下ろすシオンさん。
「物に当たるなんてつくづく稚拙な男ね。呆れ果てて感動すら覚えるわ。二度と私の前に現れないでちょうだい。ちなみに一連の行動は全て動画を撮らせてもらっているわ。データはすでに学内の守衛室に送ってある。文字通りあなたは私に近づけなくなる」
倒れていた男は連れの男に支えられ何やら呪詛のような言葉を呟きながら立ち去った。
「ギター大丈夫ですかね?」
ミーアが心配そうにギターを抱えるシオンさんに声を掛ける。
「ありがとう、心配してくれて。ペグの方が少しやられちゃったかな。古い楽器だから直せる人を探すのも大変なのよ」
こちらを振り返ったミーアが、今度は俺の行動を戒めにかかってきた。
「カナタはやり過ぎだよ。イーサンが止めていなかったらカナタの方が暴力沙汰で停学になっていたかもしれないんだよ」
「はい、すいません。だけどさ、楽器を蹴るとか一音楽家として絶対に許せないんだよね」
「だからと言って暴力を振るっていい理由にはならないいんだよ。わかった?」
「はい、すいません」
殊勝にも謝る他ない。ミーアに言われるまでもなく、自分の直情的な行動にじわじわ恥ずかしさがこみ上げてくる。みっともないところを同好会のメンバーに見られてしまった。
場の空気を和ませようとイーサンが皆に提案する。
「とりあえず同好会の部室に行きませんか?お茶も出ますし楽器に精通しているやつもいるからそのギターを直せる人も探せるかもしれない」
「今回ばかりはお言葉に甘えさせていただくわ。ありがとう」
少し口角を上げた品の良い微笑みを浮かべるシオンさん。薄暗い窓の外にはまだ雨がさめざめと降っていた。
経緯はこうだ。
一年前、一期生のシオンさんは友人の勧めで文芸部に入ることになる。元々自身でも詩作を嗜んでいたシオンさんは文芸部の中でも徐々にその才能を開花させ、周りの文芸部員からも一目置かれるようになる。頭角を現したシオンさんの発言力、影響力は次第に増してゆく。
そんな中、講評会でシオンさんは文芸部部長のミトマという男(さっきギターを蹴飛ばした男)の詩を高く評価する。これに勘違いをしたミトマはシオンさんに好意を抱くようになり彼女に接近する。ところが、ミトマにはホシナという同じ文芸部員のパートナーがいて、二人の仲は文芸部の中では公然の間柄だった。もちろんそのことも承知したシオンさんは接近してくるミトマとは一定の距離を保って接していた。そもそもシオンさんに言わせればこのミトマという男はタイプじゃないとのこと。
彼女がいるにも拘わらずシオンさんに一方的に好意を抱き付き纏い始めるミトマ。シオンさんは自分に好意がないことをわからせようと一度講評会でミトマの作品を酷評しようかと思ったそう。だが作品とそれを作った作者の人格は別物である、という信条がシオンさんにはあり、これまで通りシオンさんはミトマの作品を概ね高く評価していた。
それをよく思わないホシナの属する文芸部内のグループ女三人組に目をつけられたシオンさん。ある日の午後、その三人組に空き教室に呼び出されてミトマとの関係を問い質される。もちろんミトマとの間には何もないこと、講評会でのことも純粋に作品を批評しているのであって他意はないことを説明する。ところが彼女特有の言い回しのキツさや、日頃の彼女の態度をよく思っていなかった三人組との話し合いは泥仕合へと発展してゆき最終的に三人は彼女に文芸部を辞めるよう迫ってきた。ここで騒ぎを聞きつけたミトマが乱入して事態はさらに悪化する。シオンさんを蚊帳の外に追い出し三人組とミトマとの激しい口論が勃発。終いにミトマは三人組の見ている前でシオンさんに公開告白を敢行。シオンさんが文芸部を辞めるなら自分も辞めると言い出す。ちょうどその時、友人である三人組の動向が気になったホシナが入ってきてしまいミトマのシオンさんに対する公開告白を聞いてしまう。
それから後のことは話すのも面倒だと言わんばかりのシオンさん。
ざっくりいうとシオンさんにもホシナにも振られるミトマ。当然事の経緯は全文芸部員の知るところとなり部長であるミトマの権威は失墜。居づらくなったシオンさんは文芸部を辞めホシナとそのグループだった三人も文芸部を辞めることとなる。
そこから先はシオンさん自身人伝に聞いた話だそうだが、二人に振られたショックでミトマは精神に失調をきたしスランプに陥り文芸部自体も一つのグループが抜けてパワーバランスが崩れて内部崩壊寸前。今年の新入生勧誘も失敗に終わり部の存続の危機に立たされているとかいないとか。とてもどうでもいいといった感じでおっしゃるシオンさん。
文芸部に未練などないからどうなろうが知ったことではないが、少し誤算だったのはミトマの粘着質の性格及び全ての責任をシオンさんにあると思い込む病的なまでのご都合主義の持ち主だったこと。結果的に実害が出るまで誰にも相談せず放置してしまったことだと自嘲気味に語り終えるシオンさん。
なるほどね。部室のソファーに座りコーヒーを飲みながら聞く話ではなかったな。部室には同好会のメンバー全員が揃っており皆シオンさんの話を親身になって聞いていた。
「ごめんなさいね。関係のないあなたたちを巻き込んで話まで聞いてもらって。おかげで少し気が晴れたわ。ありがとう」
全て話終え邪気が抜けたのか、とても清々しい笑顔で礼をいうシオンさん。
「話してくれてありがとうございます。私はやっぱりミトマさんに原因があると思う。シオンさんは被害者ですよ。文芸部のことは可哀想だけど」
皆がコメントに窮する中ミーアだけは思ったことをポンポン口に出してくれるからこっちも気が楽だ。我が同好会の切り込み隊長。
「経緯はどうあれ人が大事にしているものを蹴るのはダメだよ。その点だけを見てもミトマというやつに同情の余地はないね」
イーサンも概ねミーアに同調して腕組みしながら頷いている。
「俺は少しミトマさんの気持ちもわかる気がする。もちろん人の楽器蹴るのは論外だしシオンさんが悪い訳でもないんだけど、人を好きになるのって理屈で割り切れないというか、倫理を外れてしまうものなんじゃないかって」
「その理屈が許されると恋をしている人間には責任能力はなく、何をしても許されるということになるよ」
鮸膠も無くテオの意見を切り捨てるトビアス。
「いや、責任はあるし罰せられるべきだとは思うんだけど情状酌量の余地はあるかなと思っただけ」
皆ミトマの行為の是非を問う空気になっていたので俺は別の視点からこの一連の騒動を切り込んでみるべくシオンさんに尋ねる。
「シオンさん、こういう事って以前にもありました?なんというか、シオンさんを中心とした人間関係のトラブルのような事」
シオンさんの表情がやや曇る。答えにくい質問をしてしまったかな。それでも屹然として答えてくれる。
「高校時代にもまあそれなりに色々あったわね。男女間のトラブルもそうだけど、部活内での派閥争いに巻き込まれたり、男性教師との間に根も葉もない噂をたてられたこともあったわ。想像通りだったかしら?」
シオンさんの試すような切り返しに狼狽してしまいそうになるのをすんでで堪えて、俺は彼女の本質に迫ろうとする。
「最初にシオンさんに会った時うちの同好会に誘ったじゃないですか。でもその時シオンさんは『集団行動が苦手』と言って断った。それはシオンさん自身が集団、ひいては他者に与えてしまう影響をコントロールできず集団の中で関係を構築していくことを放棄してしまっていると思ったんです。今回の一件もあってシオンさんはますます集団の中に身を置くことを敬遠するんじゃないんですか」
「結構人の心に土足で踏み込んでくるのね。でもまあ、そうね。今はちょっとグループや団体に所属して楽しくやっていこうとは思ってないわね」
少し皮肉交じり、だけど悪意は感じない。だから俺は意を決してもう一歩踏み込んでみる。
「シオンさんには、本人が望むと望まぬに拘わらず他人を強く惹きつけるある種のカリスマ性があると思うんです。誰もシオンさんの存在を無視できない。人によってはシオンさんに自分の存在を認めてもらいたいと強く思う。その一方通行の承認欲求が集団の中で増幅し、時に暴走してミトマのような男を生んでしまったのが今回の件の本質だと思うんです」
「なるほど、鋭い考察ね」
「それでもシオンさんは集団や他者との関わりを断つべきではないと思うんです。シオンさんが周囲に与える影響力、ある種のカリスマ的な言動や行動、もっと言えば存在感そのものはあなたの本質に深く根付いているもので、その軛からは逃れられない。であるならば、自分の本質を深く理解して他者に与える影響力をうまくコントロールしながら集団の中で上手く立ち振る舞えるよう今のうちに練習していく方が将来のためだと思うんです。ていうか俺は、たとえお互いに傷つけあうことになったとしてもあなたと関係を構築していきたい。それもできるならここにいる音楽仲間、この同好会の中で。俺たちはまだ若いし失敗することもあるかもしれないけど、お互いを深く理解し合えばちょっとやそっとじゃ壊れない関係を作ることだってできると思うんです」
物知り顔で笑みを浮かべつつミーアが割って入ってくる。
「カナタは言い方が回りくどいんだよ~。そういう人と人の繋がりのことを絆っていうんだよ。知らないのぉ?」
「くさくなるからそういう言葉を使いたくなかったんだよ、気が利かないな、お前は」
「はあ!いい言葉じゃん。素直じゃないな、カナタは。もっとストレートに、直球で行こうぜ」
屈託のない笑みを浮かべ笑うミーアのおかげで張りつめていた場の空気が緩んでいくのがわかる。
「回りくどいカナタに代わって私が説明すると、シオンさんうちの同好会に入ってくれませんか~ってことです。そしてこの貴重な青春の同じ時間を共有して絆を深めかけがえのない友達になってください~ってことです」
シオンさんが笑った。初めて見る表情。
「ありがとう、そんな風に言ってくれて素直に嬉しいわ。でも他の3人はいいの?ここまでの経緯を聞いてそれでも私を受け入れてくれる?」
真っ先に応えるイーサン。
「もちろん歓迎するよ!人間関係のことはよくわからないけど、同じ音楽仲間として一緒に同好会を盛り上げていこう。よろしくね!」
テオもそれに続く。
「僕ももちろん歓迎します。音楽的には僕の方が未熟で色々と教えを乞うことがあると思うんでよろしくです」
少し間を置いてトビアスも応える。
「自分も別に問題ないかな。俺はまだ聞いてないけどクラシックギター弾けるんでしょ。今度自作のレコーディングで演奏をお願いするかも。カリスマだかなんだか分からないけど俺は別に君のことを特別視するつもりはないし」
俺は皆の言葉を継いでシオンさんに向きなおる。
「これが俺たちの総意です。シオンさん、もう一度お願いします。うちの同好会に入りませんか?メンバー5人しかいなけどみんな音楽、もっと広い意味での『表現』に真剣に取り組んでます。シオンさんにとっても何かしら良い刺激になると思いますし、どうですか?」
「羽山くん、そして皆んなもありがとう。私は自分の生き方を肯定してきたしこれからも特に変えることはないけど、ありのままの私を受け入れてくれるのは正直嬉しいわ。いや、私の生き方にもあなたたちは少なからず影響を与えてくれるのかもしれないわね。そういう意味でも、これからよろしくね」
「かんぱーい!」
俺は手に持っていたコーヒーで乾杯した。はしゃぐミーア。少し出遅れてイーサン、テオ。少し恥ずかしそうに手にしたグラスを軽く上にあげるトビアス。
素っ頓狂な声でミーアが聞いてくる。
「けどさ、うちらやってるのってロックバンドじゃん。シオンさんのパートってどうするの?」
「それは、、、これから考えるよ」
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