08話.[嫌ならやめるわ]
「嘘つき」
両親の帰りが遅いから~なんて事実はなかった。
リビングでゆっくりしていたらまず彼のお母さんが帰宅して盛り上がった。
話してみたら話しやすい人でついつい話し込んでしまった形になる。
お父さんも気さくでいい人だった、だから二十二時頃まで三人で盛り上がっていたんだけど。
「……嘘をついたのは悪かったけどさ、だからってずっとふたりと楽しまなくていいでしょ」
「それはあんたが部屋に引きこもってしまったからじゃない」
案内してもらわなければ客間を気軽に使うことすら叶わない。
誘っておきながら放置なんて一番してはならないことだ。
「布団とか敷いてよ、そろそろ眠たいから寝たい」
「分かったよ」
あたしはここに彼のご両親と話すために来たのかもしれなかった。
あと、やけにお母さんの方が盛り上がっていたけど、勘違いされているのだろうか?
「はい、敷けたよ」
「ありがと、それじゃあおやすみ」
「……僕もここで寝る」
「まあいつも兄貴と寝ているから気にならないし、あんたの家なんだから自由にすればいいわ」
ちなみに広美ちゃんだけは言われていた通り泊まりに出ていった。
もちろん出ていく前にたくさん文句を言われてしまったが、それすらも全部可愛かった。
だって文句を言い慣れていない感がすごいんだ、あれでは逆効果だろう。
「あんたはなにをやってたの?」
「きみらが盛り上がっている声を聞きながらずっとぶつぶつ不満を吐いてた」
「あんたが悪い、それならどうして部屋とかに連れて行かなかったのよ?」
「……一応綺麗にしているけど女の子に入ってもらうとなると緊張するから」
「はははっ、それでよく泊まってくれとか言えたわねっ」
泊まれと言われたなら部屋に入れるぐらいはなんてことはないだろうに。
芝崎圭という人間をあたしはまだまだちゃんと理解できていないようだ。
まあいい、そんなのこれからゆっくり理解を深めていけばいい。
興味をなくして圭が離れてしまうことになったとしても大人しくそれを受け入れる。
離れたがっているのなら仕方がない、そこで慌てて止めたところで逆効果になるだけだ。
「ちょっと、なんか近くない?」
「……寝ているところに平気で近づいてきた茜がそれを言うの?」
「あ、分かったわ、つまりご両親に妬いてしまったってことなのね。それなら仕方がないわね、手でも繋いでおいてあげようかしら」
憎らしいのは自分の手よりよっぽど女の子らしいということだった。
そう、圭といるのは基本的には嬉しいけどむかつくことも多く出てくるのだ。
「寝ましょ、明日も学校だから」
「て、手を繋ぎながら?」
「嫌ならやめるわ、誘っておいてそういうつもりが微塵もないのもどうかと思うけど」
その気がないなら泊めさせることはしない方がいい。
家に招くことは友達として普通かもしれないが、これはちょっと踏み込んでいるから。
真っ暗な部屋の中、なんとも言えない空気が漂っていた。
ひとつ言えるのは悪くはないということ。
「……あんたが来てくれないから寂しかったわ、本当に嫌われてしまったかと思った」
「そんなわけないよ」
「あんたって思わせぶりなことは言うくせにその先は……どうでもいいの?」
余計なことを言わない、なんてできなかった。
もどかしいんだ、相手には極端でいてもらいたい。
簡単な話で、興味がないなら離れてくれればいいのだ。
それだというのにいまは一緒にいてくれているからどうしても期待してしまうわけで。
「いやあのさ、僕がそんなにがっついたら茜は嫌でしょ?」
「は? なんでよ、あたしはあんたに興味があるのよ? あんたから仲良くしたいって気持ちが伝わってきたら嬉しいに決まっているじゃない」
「実はさ、過去に彼女がいたんだ」
そりゃいるでしょうねという感じ。
あたしだって一応告白をされていたわけだから違和感はない。
「結構相手を束縛しちゃってね、あっという間に振られて駄目になったんだけど」
「あんたもそうなの? 繭子も束縛しちゃうって言っていたわ」
「好きになった相手にはずっと近くにいてほしいんだよ、違う異性と話してほしくないかな」
「そりゃ好きになった相手が違う異性と仲良さそうに話していたら嫌でしょ」
「だけどそれを何度も注意しちゃってさ、それで失敗してからは出さないようにしようって考えてあの喋り方をしていたんだけど……」
大袈裟に言ってしまえばそれをあたしが壊したと。
「だから茜こそ無理なら離れた方がいい」
「ちなみに束縛ってそれだけ?」
「あとは放課後とかも一緒に過ごすとかかな」
「それなら普通のカップルって感じじゃない?」
「向こうがそう思ってくれてなかったら一方通行で駄目なんだよ」
テスト週間はともかくとして、それ以外は毎日一緒にいたぐらいだ。
いまさらそれぐらいで嫌になるか? という感じ。
それにどうしても無理なら最悪離れることもできるんだから悪く考える必要もない。
「あたしも面倒くさいからお互い様よ、変える気はないわ」
「茜……」
「あたしはあんたがいいの」
彼の方を見てみたらなんか複雑そうな顔をしていたから両頬を手で掴んだ。
「それが嫌なら離れなさい」
言いたいことはそれだけだった。
なんか朝から不思議な気持ちだった。
圭の家から学校に通っているのが本当に。
朝からご両親と話せたのもあって懐かしさを感じたのもあった。
「おはよー」
「おはよ」
今日は繭子も早めの登校のようだった。
何故か別行動となっているからそれが正直に言ってありがたい。
……異性が隣にいたのに爆睡ってどういうことよ。
まあそれだけ真面目にテスト勉強を毎日やってきていたということなんだろうけどさあ。
「今日は珍しいじゃない」
こちらも早く来ているからあまり人のことは言えないが。
そのせいで教室にはあたしと繭子のふたりだけ、雨が降ってもおかしくはないレベル。
「うん、夜中まで仁君と話しちゃってさ、このままじゃ駄目だと思って早く登校してきたんだ」
「大丈夫よ」
「なんで?」
「だってあたしは圭の家に泊まったうえに圭の横で寝た――」
「なんでそんなことになったの!?」
なんでってそれは圭に誘われたからだ。
あたしの土壇場での勇気のなさは繭子も分かっているはずなんだから聞く意味もないだろう。
「おはようございます……」
「あ、芝崎君ちょっと来てっ」
「は、はい」
別行動をしていた理由は喧嘩をしたとかそういうことではなく起きてくれなかったから。
どれだけ揺さぶっても、耳元で好きだと呟いてみても起きてはくれなかった。
流石にあれには笑ってしまったぐらい、だからこそ冷静でいられているから感謝している。
「なるほど、芝崎君が茜を誘ったんだね」
「はい、最近は一緒にいられなくて寂しかったので」
「でも、一緒に寝るのはやりすぎじゃないっ?」
「……茜が相手をしてくれなくて寂しかったんです」
「うーん、泊まっておきながらご両親ばかりを優先されたら気になるか、芝崎君は無罪!」
「ありがとうございます」
部屋にこもってしまわなければあたしだって相手をした。
二階に上がるなんて気軽にはできなかったから無茶を言わないでほしい。
あと、想像以上に楽しい人達だったから仕方がない。
出ておきながらあれだが、両親みたいな感じで嬉しかったんだと考えている。
「よー」
「あ、仁君っ」
「待て待て待て、繭子は元気すぎだ」
「だって仁君と会えて嬉しいんだもんっ」
「昨日だってビデオ通話をしていただろ」
いちゃいちゃし始めたふたりは放って席へ。
「茜、起きれなくてごめん」
「別に怒ってはいないわよ?」
「あと、楽しかったってさ、また来てくれって」
「そう、またお話ししたいからありがたいわね」
怒ったから先に行ったと判断されていたのは複雑だった。
心配になるのと、昨日した会話が気になって落ち着かなかったというのが正しいことで。
「……離れないの?」
「離れないよ」
「じゃ、もっと一緒にいたいわ」
「うん、僕も同じ気持ちだよ」
特になにかがあったわけではなくても常日頃から一緒にいれば変わるのだと分かった。
いつの間にか可愛い存在ではなくなってしまっていたが、もうそれはどうでもいい。
あたしは圭といたい、これだけはもう変わらないことだ。
もちろんずっとこういう気持ちのままでいられるのかどうかは分からないものの、なるべくこの状態のままで彼と一緒にいたいと思う。
「泊まらなくていいから今度兄貴に会いに来て」
「分かった」
「あと、広美ちゃんとも仲良くしたいかな」
「うーん、それはできるかな? なんか敵視しているところがあるから……」
「それはあんたのことが大切だからよ、取られたくないのよ大好きなお兄ちゃんを」
あたしだって好きな兄が異性といちゃいちゃしていたら気にな――りはしないかもしれないものの、そこにはいたくなくなるからやっぱり気持ちは分かる。
「あ、あとさ」
「うん?」
「好き……とか言ってなかった?」
「言ったわよ? それでもあんたは起きなかったけどね」
試すために言っていたところもあるからちゃんとしたものは今度言うつもりでいる。
繭子がテストの結果次第で告白する的なことを言っていたことだし、あたしもそれに合わせて待つのではなく告白してしまおうかなと決めていた。
「あ、もしかしてあんた寝たふりをしていたの?」
「いや、それはしてないよ」
「そう、まああのときと同じで嘘は言わないわ」
こっちは寝られたような寝られていないようなという感じだったから寝ておくことにした。
しっかり寝ておかなければちゃんと相手をすることもできなくなる。
うーん、そう考えると昨日泊まることにしたのは間違いだったかもしれない。
少なくとも一日挟むとかそういうことが必要だった。
あと、結局圭本人とはほとんど一緒に過ごせなかったわけだし。
「圭っ」
「わっ、ど、どうしたの?」
「あ、まだ横にいたのね、あんたとゆっくり話したいから放課後は付き合いなさいよ」
明日はバイトがあってもお昼頃までぐらいだからその後でもいいんだけどね。
いますぐゆっくり一緒にいたかったからわがままを言わさせてもらったのだった。
「もう十八時半だね」
完全下校時間は十九時だからあまり余裕がない。
あと、雨が降ってきていたからやむのを待っていたのもあったのだが、残念ながらやんでくれるようなことはなく。
「茜は傘を持ってきてる?」
「持ってきてないわ、濡れて帰る必要がありそうね」
「それなら僕が急いで家まで取りに行くから待っててっ」
「え、ちょ――そんな無駄なことをしなくていいのに」
あ、だけど明日はバイトだから風邪を引くわけにもいかないか。
……それで圭が風邪を引くようなことになったら嫌なんだけど。
「ただいまっ」
「は、早いわね」
「もう閉められちゃうから帰ろうよ」
閉じ込められたくはないからそりゃ帰るけど。
それにしてもこの歳になって異性と相合い傘をするとは思わなかった。
なんだろうこの気恥ずかしさは、冷静にいられるよう頑張っているけど……。
「こっちに傾けたりしなくていいからね」
「いや、そこまで範囲がないからさ」
「いいから、圭に風邪を引かれたくないし……」
明日会えるというわけではなくても自分が原因でそうなったら嫌だから。
「っと、なんで足を止めるの?」
「茜も思わせぶりなこと……言うよね」
「あたしはあんたって決めているのよ? 思わせぶりじゃないわ」
フリーな方の手を勝手に握らせてもらう。
ここで拒んでこなかったらこのまま抱きしめさせてもらおうと決めていた。
「……どうしてそんなに真っ直ぐでいられるの?」
「うーん、最初からあんたが気になっていたからよ」
抱きしめても拒まれることはなかったが、これは正直困惑しているだけとも見えるか。
「束縛してみなさいよ」
「いいの?」
「そもそもあたしがあんたといたいんだけど? 今日放課後に付き合ってもらったのだってバイトの後だと明日とかになっちゃうからなんだしね」
離れてからにこりと笑ってみせた。
あんまり笑みを浮かべない人間だからレアなところを見せているわけだ。
「あんたが好きよ」
「……なんで茜が言っちゃうんだよ」
「待っていられなくなったのよ、振ってくれても構わないわ」
ここで面倒くさいところを見せる人間じゃない。
上手くはできないかもしれないが、少なくとも表に出して迷惑をかけたりはしない。
友達としてはいてくれるということなら上手く接していける自信がある。
「振るわけないでしょ」
「ありがと」
「今日はこのまま寄らせてもらうね、丁度お兄さんが帰ってくる頃だよね?」
「そうね、兄貴も喜んでくれると思うわ」
……なんか雨の中で告白をするって悪くないな。
できる限りこの関係を続けたいから再度したいとかそういうのはないけども。
「おおっ、芝崎君も来たのかっ」
「はい、それでひとつ言いたいことがありまして」
「ん? どうした、言ってみろっ」
彼は先程関係が変わったということを兄に言った。
兄は驚いた顔でこちらを見てきたが、やがてこちらの頭を撫でつつ笑ってくれた。
何故かそのまま寝室に引きこもってしまったものの、まあ平和的に終わってよかった。
「あ、いまさらだけど傘を持ってきてくれてありがと」
「どういたしまして、明日茜はバイトだって言っていたから濡れたら不味いと思って」
「濡れたんでしょ? ちゃんと拭いたの?」
「うん、僕がそれで風邪を引いてたら馬鹿らしいからね」
……なるほど、繭子が言っていたのはこういうことだったのかもしれない。
「茜、今度は僕からしてもいい?」
「うん、はい」
「じゃあ、失礼して……」
こうなってくると男らしいのかそうじゃないのか分からなくなってくる。
ただまあ、柔らかい表情とかは特に好きだけど。
「……これじゃあ抱きしめていると言うよりも抱きついているだけだよね」
「じゃああたしがこうすればいいでしょ」
「……茜は強いね、僕なんかドキドキして離れるタイミングを見失っているというのに」
「あたしだってそうよ、心臓の音が聞こえるでしょ?」
なんでも通常時のままでできるというわけではない。
今回のことで自分が強くないということをよく知れたし、意外と乙女的思考をするものだということも分かってしまったわけだし。
「い、いや、それを聞こうとしてしまったら不味いでしょ」
「あ、不健全ってやつ?」
「そ、そう」
とはいえ、ずっとこうしているわけにもいかないから離した。
「あんたが受け入れてくれてよかったわ」
「茜が好きだって言ってくれてよかったよ」
「ふふ、いい関係性ね」
とりあえず今日のところはこれで解散だ。
兄だって出てきづらいだろうからそうしてあげなければならない。
だけど離れたくないという気持ちもあって、ついつい外まで付いていってしまった。
「明日、バイトが終わったら行くわ」
「うん、待ってる」
これぐらいはいいだろう。
だってあたしは圭の彼女なんだから。
すぐに終わってしまっても嫌だから絶対にこの関係を維持できるようにしたかったのだった。
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