07話.[いっているから]
テスト一日目。
なんというか微妙な感じだった。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。
解けたのをいいことに見直してからちらりと見える範囲で確認してみたが、みんなあくまで普通に実力をぶつけているようにしか見えなくて。
あたしだけが緊張していると考えたらそれはまたなんとも不公平な感じで。
でもまあ、そんなことはないだろうから気にせずに頬杖をついて終わるのを待っていた。
一日の教科数が少ないかわりに三日となっているが、いいのか悪いのかよく分からない。
「はい終わりー、後ろから集めてきてー」
半日で終わるとなるとご飯などもいちいち帰ってから作ることになるから大変だ。
勉強をすることよりもそういうことの方が気になっているかもしれなかった。
「うへぇ……」
「駄目だったの?」
終わったのに未だに帰ろうとしない繭子。
机に顎を乗っけて張り付いているから多分動かそうとしても無理だと思う。
「ううん、まだあと二日もあるんだと思ったら気分が沈んじゃって」
「まあしょうがないわよ、ご飯を作るから食べに来ない?」
「行くっ」
考えれば考えるほど悪い方に偏っていくから忘れてしまった方がいい。
今日はもう終わったんだ、それだけ考えておけばいいだろう。
「あむ、んー! オムライス美味しい!」
「どうしてもお昼はこういうのになりがちよね」
「楽で満足感も高いしね!」
そういえば当たり前のように芝崎、あ、圭のことを見ていなかったけどどうだったのか。
真面目にやっていたわけだから赤点ということはないだろうけど。
「あ、いま芝崎君のことを考えているよね」
「うん、話すの忘れてきちゃったから」
「私もそうだ、仁君と話すの忘れちゃった」
まあいまはまだゆっくりと、という気分にはなれないから終わるまで待った方がいいかも。
終わったら気になる異性と一緒に遊ぶなりすればいい。
ただ、あたしはバイトをまたし始めるからそこまで時間がないのは確かだけど。
「あぁ……そういえばそのことも引っかかっているんだよねぇ……」
「考えない、いまは休みなよ」
「そうする、茜ともゆっくり過ごしたいからね」
変わってしまうのは案外一瞬だ。
繭子が告白をするか臼井が告白をして繭子が受け入れることで変わってしまうと思う。
いまだって一緒にいられる時間はかなり減ってしまった。
その状態から関係性が変わってしまえばもう来てくれなくなるかもしれない。
また、あたしもあたしで圭を優先しているところがあるから棚に上げることはできないと。
だったらこうして一緒にいられる時間を大切にした方が絶対にいい。
「私、テストの結果が分かって問題がなかったら仁君に告白する」
「自分から?」
「うん、待っていてもなにも変わらないから」
多分、こちらは同じようにはできない。
その先を望むようになったとしても待ちの姿勢は変わらない、かもしれない。
最初みたいにできなくなっているからそういう気持ちが出てきたら余計に駄目になる。
だからいまはとにかくそういう気持ちに気づいてしまわないのが一番だ。
抱え続けるなんて苦しいことになることは避けたかった。
「もし振られたらご飯を食べに行くから付き合ってね」
「いい方に考えなさい、付き合えたらご飯に付き合ってあげるわ」
「だって……悪い方にしか想像できなくて」
彼女は決して惚れ症というわけではなかった。
そして基本的にこんな弱音を吐くようなことはしてこなかった。
つまりこれは、
「初めて本気で好きになれるような子と出会えたってことよね」
これしかない。
付き合っても大抵は相手が理由で長続きしなかった彼女がどうなるのか。
向井はちゃんと向き合ってくれるだろうか?
「……私は少し束縛するところがあるからね、相手だけが悪いわけじゃないんだ」
「そうだったの?」
「うん、大抵はそれに耐えられなくてって感じかな」
ずっと一緒にいても分からないことなんてたくさんある。
寧ろ知らないことの方が多いぐらいだ。
ということは一緒に過ごした時間の多さ、というのはあまり意味はないのかも。
量より質なのだとすればいまからでもいい理解者になれる可能性があると。
「ほら、茜と出会った頃なんかもずっと一緒にいたでしょ?」
「ああ、どこに行くのにも付いてきていたのはそういうことだったのね」
「うん、離れてほしくないからいっぱい一緒に過ごして気に入ってもらおうとしたんだ」
彼女は「それでも嫌がらずに茜はいてくれたからよかった」と言ってくれた。
あたしとしても単純に誰かといられることが嬉しかったから拒む必要がなかったのだ。
彼女が側にいてくれるとこちらは暗い気持ちにならなくて済むからというのもあった。
いるだけでそういう効果があるのは素晴らしいと思う。
「私も普通に相手をしてくれる繭子が好きよ」
「ははは、ありがと」
手を伸ばしてきたから軽く握っておく。
いつか離れることになってしまっても忘れることは絶対にしない。
どんなに他に優先したいことができてもだ。
「よし、これぐらい普通に言えばいいんだよっ、恥ずかしいことじゃないんだから!」
「そうね」
「茜も告白しようっ」
「そ、それは無理よ」
なんでもできるわけではない。
ことこのことに関しては余計にその思いが強くなった。
二日目と三日目もそう変わらなかった。
変わったことと言えば圭と全く話せていないことか。
こちらが避けているわけじゃない、ただ圭が来てくれない。
これはあたしが行くのを待っている可能性がある――とは分かっていても行動できなかった。
今日が終わればとりあえずはゆっくりできるんだからと先延ばしにしている自分がいるのだ。
そんなことがあろうとも変わらずに時間は経過していく。
自分がやってきたことをただぶつけるだけではいいと分かっていてもなかなか緊張する。
たった一回のそれで試されるからだろうか?
座っている場所的に圭は人の向こうにいてその背を見ることすら叶わないものの、なんとなく見ていた。
正直に言おう、気になるものは気になるのだ。
どうして全く来てくれないのか。
「清水さん」
「あ、ごめん」
とにかくさっさと終わることを願うしかない。
そして願っていようがいまいが時間は前に進むということが分かった、当たり前だけど。
「やったーっ、終わりっ」
「お疲れ様」
「茜もねっ」
元気いっぱいの繭子を見ているとなんだか落ち着く。
ただ、向井と一緒にやって来た圭を見て落ち着けなくなった。
どうして気になる異性というだけでここまで変わってしまうのか。
「清水、顔色が悪いぞ」
「え? あ、そう?」
無意識で出してしまうものはどうしようもない。
隠そうとしても体は正直になるとは本当のことだ。
「おう、なんかいまにも倒れそうな感じだ」
「そういうのはないわよ」
「そうか、それならいいんだけどさ」
終わったんだからもうここに残っている必要はない。
四人で飲食店に行こうということになったから付いていくことにした。
早く帰ってもひとりで寂しいだけだし。
あれからすっかり誰かといることを求めるようになってしまっていて恥ずかしかった。
「茜」
「なんで話しかけてこなかったの?」
「話すと話すことばかりに夢中になってしまいそうだったからかな」
「じゃあ、嫌いとかそういうのではないのね?」
「当たり前だよ、もしそうならあのふたりがいるとしてもここには来てないよ」
それはまたなんとも徹底していることだ。
嫌われていなくてよかったとしか言いようがない。
「この後家に来ない?」
「いいの? なんか嫌な理由があったんじゃないの?」
「それは広美がいたからだよ、茜さえよければ来てほしい」
それならご飯を食べたら行かせてもらおう。
いまは四人で来ているんだからふたりだけで会話する必要はない。
空気ぐらいは読める、それにどうせ解散となったら向こうもふたりで行動するだろうし。
「私はこれかな~」
「じゃあ俺はこれかな」
「僕は臼井さんと同じのを頼もうかな」
特にこだわりはなかったから美味しそうな物を注文しておいた。
盛り上がっているのを他所に少しだけしんみりとした気持ちになっていた。
もう給料日だからやっと兄にお礼ができる。
この前のお土産は凄く美味しかくて返したかったから圭にお礼もできるわけだ。
先程と違って落ち着けているのはいいことだけどそれとはちょっと違うかもしれない。
「茜? きたよ?」
「ありがと」
悟りを開きたいわけではないから落ち着きすぎていても問題だった。
人間らしく一喜一憂したい、つまらないところを圭に見せたくない。
「美味しいっ」
「そうね、テストが終わった後だから余計にそう感じるわ」
「ふむ、私は茜達と食べられるからだって思ってるよ?」
「ははは、無理して言わなくていいのよ」
お金が手に入ったら兄を焼肉屋さんにでも連れて行ってあげようと決めた。
それだけで多分ほとんど終わってしまうものの、たまにはそんなことがあってもいいだろう。
兄のことは好きだから喜んでくれたら嬉しいかなと。
「ごちそうさまでしたっ、よしっ、帰ろう!」
「まあ落ち着きなさい、解散をするにしてもお金を払わなければならないじゃない」
で、何故かあたしがまとめて払うことになったから払っておいた。
お金はみんなから受け取っているから特に不満もない。
「今日はみんなと行けてよかったよっ」
「そうだな」
「というわけでここで解散ですっ」
「「どういうわけだ……」」
当たり前のように向井の手を掴んで歩いていってしまった。
そんなにふたりきりになりたかったのなら誘わなければよかったのにとしか言えない。
「じゃあ行こうか」
「そうね」
つまり今日は広美ちゃんが家にまだいないから、ということか。
あたしは別に広美ちゃんの家でもあるんだから全く気にならなかった。
絶対にふたりきりがいいとは最初から思っていないからだ。
「終わってよかったね」
「そうね、なんだかんだで緊張することだから終わってくれて安心しているわ」
全部埋めることができたから最低でも七十点ぐらいは取れるはず。
そうしたら成績だってそう悪くなるわけじゃない、だからそこまで不安もなかった。
「茜」
「なに? もう着いたわよ?」
「それは僕の家なんだから分かるよ」
いや、話なら中ですればいい。
そのために来たんだからそう焦る必要もないだろう。
「中に入らないの?」
「今日、泊まってくれないかな」
「え、あんたの家に? そうしたらあんたの気にしている広美ちゃんが帰ってくるわよ?」
文句を言われることだって気にしていないからあたし的にはいい――どころか、家でふたりきりの時間が増えるのは不味いからいてくれないと困るというのが正直なところだった。
外で一緒にいるのとは違う、しかも夜遅くまで一緒にいることになるんだから差がある。
「今日は友達の家に泊まりに行くって言っていたんだ、それに両親も今日は忙しくて帰ってくる時間も遅いから遭遇して緊張する、なんてことにはならないから」
「あたしの家に来るんじゃ駄目なの? 兄貴も圭と会いたがっていたからさ」
「僕も会いたいけど……こっちの方が優先かな」
一旦帰って入浴も済ませてしまえば服を持っていったりする必要がなくなると。
「じゃ、いまからお風呂に入ってくるわ」
「あ、家まで行っていい?」
「別にいいけど麦茶ぐらいしか出せないわよ?」
「それでいいよ、ぎりぎりまで茜の家にいよう」
「兄貴の家、だけどね」
もっと言えばあそこを管理している人の家だ。
まあいまそのことは重要じゃない。
「茜、そういえばさっきどうして顔色が悪かったの? いまは普通に元気そうだけど」
「それはあんたのせいよ」
「えっ、なにかしちゃってたっ?」
「あんたを前にすると途端に落ち着かなくなるのよ、顔色が悪かったのはよく分からないけど」
当然、波があっていつでも落ち着かないわけではないことをいま知った。
当たり前のように受け入れていることといい、なんだかなあという感じだけど。
「来てくれなかったからかもしれないわね」
「説明してからにすればよかったね」
「矛盾しているけどそこまで子どもじゃないわ、来てくれなかったぐらいで拗ねたりしないし」
でももしそれが本当に自分だったのなら。
もしそうならなんでこのタイミングで気づくのかって文句を言いたくなる。
恋人でもない、言ってしまえばただクラスメイトが来てくれなかっただけでこれなんだから関係が前進したらどうなるのかが分からない。
「はい、麦茶」
「ありがとう」
学校の方はそうでも日常の方は繰り返しじゃない。
一日一日になにか珍しいことなどが発生する。
今日のこれなんて特にそうだ、もう圭だからといって驚きはしないけども。
「ごめん、来ておいてなんだけどちょっと眠いかな」
「寝れば? 布団ぐらいなら貸せるけど」
「茜はお風呂に入るんだよね? それなら少し寝させてもらおうかな」
ぎりぎりまでいるのなら後にしようと決めていたんだけど……。
布団を渡したらあっという間に転んで寝ようとしてしまったから仕方がなく変える。
「ふぅ」
これならすぐに帰らない方がよかった。
ある程度芝崎家で時間をつぶして、寝ている間に家に帰ってお風呂に入るようにすればよかったとしか言いようがない。
向こうに圭がいるからと緊張しているわけではないが、あっさりと寝てしまったところはどうしても気になる。
「まったく……」
可愛い寝顔だけどさあ……。
土日はバイトだからいまの内にこちらも休んでおくことにした。
ぴったりとまではいかなくても近づいて彼の横に寝転ぶ。
風邪を引いても馬鹿らしいから勝手に布団の中に入って反対側を向いて寝ることに。
「ん……えっ?」
「……声が大きいわよ」
「そうじゃなくてっ、なんで茜も……」
「眠たいからだけど? それしかないじゃない」
「そうじゃないよっ、こうして真横に転んだりするのは……よくないかと」
一応異性が住んでいる家ですぐに寝ようとした人に言われてもねという感じ。
あたしも彼も説得力がないのは確かだ、あと矛盾しているのも本当のことで。
「……あんたはあたしに泊まれと言ったのよ? こういうことがしたかったんじゃないの?」
「いや僕はゆっくり茜と過ごしたかったんだ、別に不健全なことがしたかったわけでは……」
「不健全なことって?」
「一緒に寝るのは……健全じゃないよね?」
カーテン越しにとはいえ兄と毎日一緒のところで寝ているあたしは不健全だということか。
「そもそも異性に泊まってくれと頼むのはどうなの?」
「……嫌なら別に断ってくれればいいけど」
「あんたはゆっくりと過ごそうと誘ってくれたみたいだけどさ、人によっては勘違いしてしまうと思うけどね」
外で一緒にいることはあっても家に招く、泊めさせるなんてことはなかなかない。
本当にやむを得ない状況だったり、その相手のことが好きだということなら分かるけども。
「な、何度も言うけど、嫌なら断ってくれればいいから」
「別に嫌じゃないわ」
「そっか、ならいいよね?」
「うん、別に駄目とは言っていないし」
そういうわけだからと本格的にお昼寝をすることにした。
残念ながら圭は寝ることを諦めたみたいだが、そんな細かいことはどうでもいい。
「茜はさ、そういうのに興味あるの?」
「……そりゃまあ一応これでも女ですし」
「つまり、僕とそうなりたいってことだよね?」
「興味があるって言ったじゃない、興味がないなら向井のときみたいに切り捨てているわ」
何度同じ質問をしてくれても構わない。
いまなら変わらない、あたしの意識は圭に全部いっているから。
「あんたこそ嫌なら拒んで去りなさい、あたしが暴走してしまう前にね」
「暴走って?」
「それはあれよ、いまみたいなことを簡単にするようになるかもしれないわ」
物理的接触だって増える、というか増やすと思う。
好きになったのならその人に触れたくなるだろうから。
嫌ならいまの内に去った方がいい、まだ完全に染まっているわけではないのだから。
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