06話.[行ってきなさい]
「茜なんて嫌いだっ」
ゆっくり本を読んでいたらいきなり言われて顔を見ることしかできなかった。
「え、なんで急に?」
「最近は全部家事をしてしまうだろっ」
「え、それのなにが悪いの? 兄貴のためにしているのよ?」
「違うだろっ、茜はあくまで妹らしくいればいいんだよっ」
世の中の妹=大抵のことは自分でするというイメージがあるから困惑しかない。
それに妹らしく甘えていると思う、そうでなければここにはいない。
「あとな、たまにはお兄ちゃんの相手もしてくれよ」
「いつも話しているわよね? 昨日なんて日付が変わるぐらいまで話していたじゃない」
カーテン越しだったのについ盛り上がってしまった。
兄妹で仲良くできているのはいいことだとしか言いようがない。
「それじゃ足りないだろっ、たまには出かけようぜっ」
「いいわよ? どこに行きたいの?」
「え、あー、カラオケ、とか?」
「それじゃあ行きましょうか、後からだとゆっくり歌えないし」
幸い、特に混んでいるということもなくすんなりと受付を済ませられた。
ドリンクバーを頼んでいるから一度個室に入ってからすぐに出てきた。
お金を払っているんだから飲まなきゃ損だ、結構ケチくさいのが自分だった。
「あ、茜、先に歌ってくれっ」
「うん」
兄が相手なら恥ずかしくなることもなく歌うことができる。
採点などをしているわけではないから最後まで気持ち良く歌うことができた。
残念だった点は誘ってきておきながら兄がほとんど歌わなかったこと。
あと、あたししかいないのになんかそわそわとしていた点だ。
「なによ、せっかく来たのに」
「い、いいだろ、歌えたんだから」
「そもそもなんでそわそわしてんの?」
「なんかシスコンみたいで恥ずかしいな……と」
「なにそれ馬鹿みたい」
悪く言う人間なんて無視をしておけばいいのだ。
家族と仲良くしてなにが悪いと言うのか、自分ができないからって僻むのはやめてほしい。
「ご飯食べて帰ろ」
「そ、そうだな」
はぁ、少し気持ちが悪くなるのを覚悟して妹ムーブというやつをしてみようか。
「お兄ちゃん早く行こ」
「お、おにっ」
「ほら早くっ」
……ああ、自分が気持ちが悪くて仕方がない。
まあいい、繭子や芝崎に見られなければいくらやろうが問題はない。
このことで後に兄から揶揄されることになっても構わなかった。
「「「「あ……」」」」
し、芝崎じゃなかったからセーフっ――じゃないっ。
「む、向井、これは違うのよ?」
もちろん、慌てて違うということを言おうとした。
このまま流されてしまっても複雑としか言えないから。
「別にいいだろ、妹ならお兄ちゃんって呼ぶだろ」
「繭子、これは違うのよ?」
「茜みたいな子がお兄ちゃんって呼んでいるとツンデレのデレているときみたい」
望んでおきながらあれだが、このふたりは当たり前のようにふたりきりでいる。
GWも一緒に過ごしたみたいだし、もう付き合ってもいいんじゃないだろうか?
でも、本当に珍しいことだ、あの繭子が特定の異性とだけ一緒にいるなんてね。
「ふぅ、どこに行こうとしていたの?」
「飲食店かな、もういい時間だから」
「そうなのね、あたし達もいまから行こうとしていたところなのよ」
美味しくて安価ならどこでもいい。
ただ、兄のことを考えると高くてもたくさん食べられるようなところがよかった。
今日は完全完璧妹モードでいるつもりだからなにもかもを兄優先にするつもりでいる。
「それなら四人で行こう!」
「いいの? デートだったんじゃないの?」
「大丈夫っ、これからもっと一緒にいる時間を増やすつもりだしね!」
そうか、テスト勉強なんかも一緒にやれば時間を増やせるか。
分からないところを教え合えれば支え合うこともできるわけだし。
「あ、お兄ちゃんは気まずくない?」
「それはやめろ。あと、別に気まずくはないぞ、寧ろ妹の友達を知ることができて嬉しいぞ」
「そっか、それなら行こ」
親友を取られたみたいで複雑なところがあったのだ。
当然、飲食店内では繭子の横に座らせてもらう。
この方が揃っていて気持ちがいい、空気が読めていないのだとしても許してほしかった。
「茜ー」
「なによ」
接触をしてくるところは繭子らしいけども。
最近はこういうこともなくなっていたからなんだか懐かしく感じる。
「だってこうして一緒にいられることも減っちゃったから」
「それはあんたのせいだけどね、向井とばかりいるのが悪いのよ」
「でも、茜も芝崎君とばかりいるよね? 喜ばせる天才だとか言っちゃって」
なんでそれがばれているんだ!?
芝崎が言うようには思えないから録音されていたとか?
兄の方を見てみたら首を傾げられてしまったが。
「とりあえず頼もうっ」
「そうね」
芝崎とどうなろうと繭子と親友のままでいたかった。
恋愛相談とかしてくれないだろうか? そうすれば自然と一緒にいられるのに。
って、一度も付き合ったことがないあたしに相談されてもいい答えを出すことはできないか。
うーん、こういうところで引っかかることになるとは思わなかった。
「さて、勉強をしなくちゃね」
「そうね」
自信があるようないような、そんな中途半端な状態だから芝崎が一緒にやってくれて嬉しい。
集中できなかったことがたくさんあったから抜けているところが複数あるし。
「広美、部屋でやりなよ」
「は? なんで追い出そうとするの?」
「清水さんも気になるだろうからさ」
「なんで――」
「まあまあ、あたしは気にならないから一緒にやればいいじゃない」
寧ろあたしの方が追い出されかねないわけだ。
ふたりきりがいいだなんて乙女みたいなことは言わないから安心してほしい。
妹さん、広美ちゃんからは「そうだよねっ」と。
お兄ちゃんの方からは微妙な顔で見られてしまった。
「お兄ちゃん、ここが分からないんだけど」
「えーっと、ここをこうして」
「ん? これをこうしても駄目だけど?」
「ほら、ここが間違ってるよ」
「あ、まあ分かっていたけどね」
誰かが一緒にやってくれているというだけでやる気が出る。
ひとりで頑張っているとどうしてもやらされている感が半端ないからだ。
だからいつもよりも捗った、広美ちゃんが何度も彼に聞いていたけど気にならなかった。
「っと、そろそろ帰るわね」
「送るよ」
「いやいいわ、今日はありがとう」
珍しい、二時間も集中してできてしまった。
いつもなら三十分ぐらいやったところで集中力が途切れるところなのに。
まだ六時半ぐらいだから家事をすることもできる。
文句を言われようと住ませてもらっているのだからやらなければならないことだ。
「ただい――」
「おかえり!」
……これは兄ではない、兄の彼女さんだ。
どうして彼女さんだけでいるのか、今日は元々一緒に過ごすつもりだったのだろうか?
「久しぶりだね!」
「はあ、あの……兄は?」
「先に家に行っていてくれと言われたんだ!」
鍵は? 合鍵を持っているということなのだろうか?
仕方がない、こうなったら実家に帰ろうと思う。
兄だって彼女さんとふたりきりでいたいだろうから絶対にその方がいい。
「それじゃあごゆっくり」
「えっ、茜ちゃんどこかに行っちゃうのっ?」
「はい、実家の方で寝ようかと、兄とふたりきりがいいですよね?」
「余計なことは考えなくていいよっ、変なことをするわけじゃないしっ」
「キスとかしたいんじゃないんですか?」
彼女さんは少し違う方を見つつ「少ししたいけど」と呟くようにして答えた。
ですよねと納得して出ていこうとしたら腕を掴まれて出ていくこと叶わず。
「あの、いちゃいちゃしているとこを見るのは精神的に辛いので勘弁してください」
「しないよっ、そもそもお泊りしたりしないしっ」
「それじゃあなおさらいいじゃないですか、これまでひとりでいたわけなんですしね」
調理器具だって勝手に使ってご飯を作っているんだからここにいる必要がもっとなくなった。
「ただいま!」
「あ、拓ちゃんだっ」
盛り上がっている内に家から脱出。
勘弁してほしい、そこまで空気が読めない人間なんかじゃないしね。
「ただいまー」
ああ、あそこもいいけど実家はやはり落ち着くなあ。
うるさいからスマホの電源を完全に落として両親と楽しくやることだけに集中した。
……そうしたらまた盛り上がりすぎてしまって軽い寝不足状態で行くことになったが。
「ふぁぁ……」
「眠そうだね」
「か、勝手に見ないでよ……」
どうしてこうもタイミングが悪いのか。
もう悪いところを目当てに来てくれているようにしか思えなくなる。
「ごめん、あと、おはよう」
「おはよ」
もういいからSHR開始時間まで寝てしまおう。
課題とかはしっかりやってきているから慌てる必要もない。
今日もテスト勉強をしっかりやらなければならないから寝ておくことは大切だ。
……気づいたら休み時間全部寝ることに費やしていたものの、集中できるからいいと片付けて勉強開始。
今日は芝崎の家ではなく教室に残ってやっていくことになった。
何故か頑なに許してくれなかったから仕方がない。
「清水さんは分からないところとかある?」
「それが意外とないのよね」
「そうなんだ、普段から真面目にやっているからこそなんだろうね」
あまり真面目にやっていなくて申し訳ない。
ただまあ、授業中に騒いだりしているわけではないから許してほしい。
あと、集中力がない原因は大抵は彼だ、そのことを自覚してほしかった。
「あんたが一緒にやってくれて助かっているわ、いつもより深く集中できるのよ」
「それは僕も同じだよ、清水さんが真面目にやっているのを見ると僕もやらなきゃなって気持ちになるから」
「ふふ、じゃあいい関係じゃない」
「そうだね」
これも否定はしないと。
なるべく一緒にいてくれようとしているみたいだし、一方通行ではないのかもしれない。
もしこのまま仲良くなれたらその先を望んだりするのだろうか?
……受け入れてくれたら芝崎が彼氏――そうなったらいいかもしれない。
「圭って呼んでいい?」
「いいよ」
「ありがと」
仲良くなるためには余計なことを言わないのが一番。
でも、これだけはどうしてもしたくてついつい口にしてしまっていたのだった。
同じことを繰り返しているだけであっという間に時間が経過していく。
この前五月になったばかりなのにもう十一日となっていた。
「今日は茜と一緒にやる」
「じゃあ俺は芝崎とやるかな」
「いいですよ」
今日は金曜日で来週の月曜日からテストが始まる。
バイトは普通に入ることにしていたのだが、テストだということを話したら勝手に土日は働かないことにされてしまっていた。
まあ仕方がない、そういうところでしっかりできないのであればバイトなんてやっている場合ではないからね。
とにかく、お喋りに発展しないようにとそれぞれ違う場所でやることになった。
あたし達はあたしの家で、あのふたりは教室に残ってやることに。
「ごめんね、芝崎君から遠ざけるようなことをしちゃって」
「別にいいわよ、やりましょ」
「うん」
相手が繭子でも同じぐらい集中できる。
寧ろ変な風に意識していない分、ごちゃごちゃ考えなくて済むわけで。
「私、仁君のこと好きかも」
「いいことじゃない」
これを話したかったというのもあったのかもしれない。
そういう話をあたしにしてくれるというのは信用してくれているということだから嬉しい。
「……振られないかな? 茜に興味があるからとか言われないかな?」
「でも、一緒にいてくれているわよね?」
「うん、だから一緒にいる度に……好きになっちゃうんだ」
さり気ない気遣いができると言っていたからそういう点もいいのだろう。
親友として言えることは自信を持つしかない、ということだけ。
不安がっていたら相手にもそれが伝わって変な風になってしまうから。
と、恋愛経験がない女に言われて繭子は複雑にならないだろうか?
「あたしは元気で堂々としているあんたが好きよ」
「これ関連で元気で堂々は難しいね」
「そうね、いざ実際に相手が目の前にいるとね」
言葉が出なくなったり、黙られるとなにか悪いことを言ってしまったかなと不安になる。
恋というのはいいことばかりではないということを今件であたしは学んだ。
あ、いや、あたしのは恋……ではないものの、繭子を見ているだけでね。
「茜はどうなの?」
「……芝崎の彼女になれたら楽しそうかな~なんて考えることはあるわよ?」
「おお、ついに認めたんだっ?」
「いやでもこれは一方通行では意味のない話だから」
「そうだよね……」
盛り上がれば盛り上がるほど相手にそういうつもりがなかったときにダメージを受ける。
しかも相手に全く問題がないのだから大変な話だ、行き場のない感情をどう捨てればいいのかがきっと分からなくなるはずで。
だから伝えないのもそれもまた自分と相手のためになるのかもしれない。
一緒にいればいるほど苦しくなるのだとしても振られるよりはダメージも少ないから。
「あ、仁君からだ、ちょっと出てくるね」
「うん」
床に寝転んで天井をぼうっと見つめる。
家に入れてくれなくなった理由ってなんだろうか?
それまでは自分から誘ってくれるぐらいだったのに急に変わってしまった。
別にそこまでこだわりがあるわけではないからいいといえばいいんだけど……。
「やっぱりふたりでやろうって誘われちゃった」
「いいじゃない、行ってきなさい」
「うん、行ってくるっ」
嬉しそうな顔をしちゃって。
あたしは芝崎と向井が仲がいいのかは知らない。
誘うぐらいだから悪くはない……んだろうけど、なにかがあったのだろうか?
どうせやるなら気になっている異性とした方がいい、ということなのだろうか?
「はーい、あ」
「解散になったから来たんだ」
「そ、まあ上がりなさい」
この家に上げるのは初めてではないから気にならない。
しかもふたりでいることなんてたくさんあるから緊張もしない。
「はい」
「ありがとう」
結局お喋りばかりで全く集中できていなかったから続きをやっていく。
休むのはテストが終わってからゆっくりすればいいのだ。
「芝崎、ここ教えてくれない?」
「うん? ああ、ここは――」
なるほど、分かりやすいな。
分からないところは急に出てきたりするからいてくれると助かる。
「清水さん」
「なに、あんたも分からないところがあったの?」
「違うよ、どうしてまた名字呼びに戻っているの?」
あ、そういえば名前で呼ぶって話をしたんだった。
芝崎と呼び続けてきたからそれが癖になっていたらしい。
「無意識に呼んでいたわ」
「名前で呼んでよ」
「圭」
「うん、圭だよ」
……そうやって余計なことを言わなくていい。
こちらばかり恥ずかしいことをやらされて不公平だろう。
だから調子に乗って茜と呼べと言ってみたら「茜」とそのまま呼ばれてしまった。
さん付けとかするところじゃないのっ? と困惑したのは言うまでもなく。
「や、やるわよっ、せっかく集まったんだからっ」
「そうだね、集中しようか」
兄が帰ってくるまでの間、気まずくならないようにとにかく集中をした。
話しかけてくることはなかったため、乱されることなくより良い状態になれた。
「ただいま!」
「おかえり!」
兄が帰ってくれば自然と解散になる。
いちいちこちらが話しかけることもなく彼は帰る準備をし始めてくれた。
当然、なんかこのまま離れるのは嫌だったから付いていくことに。
「暗いから危ないよ」
「……テスト勉強だけをしてそのまま解散って寂しいじゃない」
「その割には全く来てくれないよね」
「あ、あんたが来なさいよっ、なんであたしばっかり……」
「違うよね? 茜から来てくれたことなんて最初ぐらいしかないよね?」
そうかあ? あ、言われてみればそうかもしれない。
気づけば待つだけになってしまっていたかも。
「と、というか自然と名前呼ぶなっ」
「許可してくれたよね?」
「……もういいっ、風邪を引いたりしないでよっ、それじゃ!」
……自分が気持ち悪くて仕方がなかった。
でも、悪いことばかりではないから少しいい気持ちで走って帰ったのだった。
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