05話.[ならないことだ]

 GWになった。

 そのため、バイトに行く日を増やしていた。

 もうすぐ給料日になるし、堂々と貰えるようにしたかったから。


「もう……」

「え? あ、なにか失敗していましたか?」

「いや、高校生になって初めてのGWなんだから友達とゆっくり過ごせばいいのに」

「迷惑なら減らしますけど」

「違う違うっ、もったいないなって思っているだけだよっ」


 そうは言われても気軽に遊びに誘えるような相手がいないから仕方がない。

 繭子はもう向井にしか意識を向けていないから誘っても来ないだろうし……。


「気になる男の子とかいないの?」

「います……けど」

「それならその子と過ごそうよ、焦らなくたってクビになったりしないんだから」

「GWに誘ったら……迷惑じゃないですか」

「だからそれがもったいない!」


 いや、いまそのことは重要ではない。

 GWなのにここまで人が来なくて大丈夫なのか、ということ。

 偉そうだから口にしたりはしないものの、元気なことが逆に引っかかるというか。

 この前みたいにため息をついたり不安を抱いていたりしてくれていた方が、うん、という感じだった。

 ちなみに店長さんは「あ、お客さんっ」とここから消えた。


「はぁ」


 本当なら芝崎を誘って過ごしたい。

 でも、親戚の家に行っているからそもそも不可能なのだ。

 兄の会社はGWだろうが関係なしに仕事があるところだから家にいても寂しいだけ。

 それならお金も稼げるここに来ていた方がマシというものだろう。

 お客さんがあまり来ないから最低限のことをしておけばあとはゆっくりできるわけだし。


「清水さんっ」

「ど、どうしたんですか?」

「若い男の子がひとりで来てくれたわっ」

「よ、よかったですね」


 相手が子どもだろうと大人だろうとどちらも大切なお客さんだ。

 だからテンションが上がってしまうのも無理はないことだと思う。

 お客さんがあまり来ないここにとってはかなりいいことだから。

 それから割とすぐに注文が入ったから作ることに集中をする。


「できました」

「ありがとう」


 正直に言ってありがとうなんて言わなくていい。

 学校じゃないんだ、働いているわけなんだからこうして当たり前なんだ。


「はぁ、幸せ」

「気に入ってもらえるといいですね」

「そうだねえ」


 前にも言ったように立地や雰囲気は悪くないんだから気に入ってもらえる要素はたくさんで。

 だけど入りづらさというのはそこそこあるからなあという感じ。

 面接のときに何度もここだよね? と不安になったぐらい。


「でも、気になるのは清水さんだよね」

「その相手はいまここにいないんです」

「そうなの? それは残念だね」


 連休の最終日にでも会えたらいいかな。

 もし実際にそうなったらもう真っ直ぐにぶつかるつもりでいる。

 例え向井の話を出してきたとしても貴重なチャンスを無駄にしたりはしない。

 実際は逆なんだ、あんな機会は芝崎が付き合ってくれないから訪れないというだけ。


「「ありがとうございましたー」」


 貴重なお客さんが帰って、それからそう経過しない内に終わりの時間がやってきた。


「今日もありがとうございました」

「お礼なんて言わなくていいから友達と過ごしなさいっ」

「明日も来ますけどね」

「駄目っ、禁止っ、友達と遊べたらまた来なさいっ」


 えぇ、普通は勉強をしなさいとかそういうことを言うんじゃないのか?

 ああ、あまり日数を増やされると負担ばかり増えていくからか。

 確かにいまのままだとお客さんが来ない内にたくさん出ておこうみたいな作戦にも見えないこともないだろうし……。


「芝崎? いま大丈夫?」

「うん、さっきまで広美がうるさかったけど疲れて寝ちゃったから」

「そっちはどうなの? なんかいい場所なの?」

「そうだね、そっちと比べると緑が多いから心地がいいかな」


 ということは田舎……なのかな。

 偏見があるのは確かだ、こんなことで争うのも馬鹿らしいから口にはするのはやめる。


「……早く帰ってきなさいよ」

「それが四日までいることになってさ」


 こうなってくると言っていいのかが分からなくなるから勘弁してほしい。

 仕方がないから繭子と遊んでちゃんと言われたことは守ったことにしてしまおうか。


「寂しいっ、あんたぐらいしかいないのに……」

「臼井さんは駄目なの?」

「あの子は向井に興味津々だから……」

「そっか、じゃあ僕だけ帰れるようにって相談してみるね」

「えっ、そんなのいいわよっ、GWなんだからゆっくり過ごしてきなさいっ、それじゃ!」


 言うんじゃなかった。

 最初から芝崎相手には失敗ばかりしている気がする。

 しかも今回のは偶然でもなんでもなく芝崎本人に言っているわけなんだから問題だろう。


「……恥ずかしい」


 こんなときはさっさと帰って寝てしまった方がいい。

 昼寝というのは凄く気持ちのいい行為だ、少しでもその時間を増やすためにも急がなければ。


「ただいま!」


 帰ってきてから思った、両親に会いに行けばよかったって。

 そうしていれば寂しくなんかならなくてよかったというのに。

 色々と考えが足りなくて情けなかった。




「茜さーん!」

「本当によかったの? 連休にあたしを優先して」

「あったりまえよっ、それとこれとは別だからねっ」


 門前払いをくらってしまったから繭子と一緒に映画を見に来ていた。

 特に知っているというわけではないものの、繭子が気に入っているのならと不安はなかった。

 基本的に彼女が気に入った物を信じておけば問題はないのだ。


「うぅ、いい話だった……」

「そうね」


 二時間近くあったのに長さは全く気にならなかった。

 作る人や演じている人がすごい、少しだけ泣きそうになったぐらいだし。


「へえ、芝崎君にそんなことを言ったんだ?」

「うん、だから次に会うときが恥ずかしいわ……」

「いいじゃんっ、芝崎君が相手だとマイナスに考えがちだった茜が変わっているということなんだよ? 私は嬉しいよ」


 いやそれはいまでも変わっていない。

 寧ろ芝崎だけに興味を抱いている分、より難しく考えてしまうぐらいだった。

 よく分からないのは芝崎がそれを拒絶しないこと。

 嫌ではないからなんだろうけど、あんな態度でいられたら人によっては勘違いしてしまうぞ。


「それにしても相談してみるってすごいね、案外、芝崎君も気に入ってくれているかもよ?」

「あ、あたしは別に普通に仲良くできればいいだけだから、そこは繭子とは違うのよ?」

「えぇ、付き合えるようにって行動したくならないの?」


 そんな非現実的なことを言われても困ってしまう。

 こちとら一度も付き合ったことがない人間なんだから。

 しかも仲がよかった異性なんてひとりもいなかったんだしね。


「……め、迷惑でしょ、芝崎は優しいから付き合ってくれているだけよ」

「そうかな? だって未だに私達には敬語だよ? 敬語じゃないのなんて茜相手にだけだよ?」

「妹さんには敬語じゃなかったわよ?」

「当たり前だよっ、仮に義理の妹でも時間が経過していたら敬語なんかじゃなくなるでしょっ」


 もういい、この話はこれで終わりにしよう。

 このまま続けても言い負かされるだけ、あとは流されてしまうだけだから。

 せっかく繭子と遊びに来られたんだ、楽しい話をすればいい。


「あんたこそどうなの? 向井と出かけたりしたんでしょ?」

「あ、聞いてよっ、向井君ってささり気ない気遣いができる子なんだよねっ、だからそういうところがいいなって一緒にいる度に思っちゃうんだ」

「いいじゃない」

「でもさ、本当は茜に興味があるわけでしょ? ちょっと複雑なところがあるんだよね」

「あたしははっきり言ったわ、で、それから向井はそういうことで近づいて来ることはなくなったから安心していいわよ」


 興味があるのは芝崎だからとはっきり言っておく。

 これは恥ずかしいことではないから堂々としていればいいのだ。

 しかも相手は繭子だ、あのふたりとは過ごしてきた時間が全く違うわけだから隠したところでどうせバレてしまうことだしね。

 それにこの子は言いふらしたりしない子だ、いざ実際に本格的に変わってきた場合に慌てなくて済むよういまから相談しておくのは絶対に正しい。


「あぁ、早く帰ってきてほしいわ……」

「毎日電話すればいいんだよ、声が聞けるだけでも全く違うよ?」

「声なんか聞いたら余計に会いたくなるわよ……」

「おーおー、乙女をやっていますなー」

「茶化さないで」


 よかった点は実家に行ってみたら両親が元気だったことだ。

 しかも優しく迎えてくれて、美味しいご飯も作ってくれて。

 そのお礼としてご飯を作ったら何故か両親が泣き始めてしまったけど……。

 どうあってもあたしが調理下手くそみたいな認識になっているのは問題だった――って、いいことなのか悪いことなのかよく分からなくなってしまった。


「ちなみに言っておくと、私達は連絡先の交換もできていないからね?」

「え? あんた知らないの?」

「うん、断られちゃったので」


 いやいやいやいや! 違うから、特別とかじゃないから!

 勘違いをするな、これは多分あたしのことを思って嘘を言ってくれているだけだ。


「よしっ、いまから電話をしようっ」

「え、話したいならかけるけど?」

「ちっがーう! 店長さんも芝崎君と過ごしてほしくて休ませたんだからさ!」


 そうは言われても本人がここにいるわけではないからね。

 にしても、どうしてここまで他人が盛り上がってしまうのか。

 興味があるのなら連れてくるよ、別にそれで仲良くされても気にはならない。


「はい、繋がっているから」

「違うって、でも、話させてもらうけど」


 違うとか言いながらも楽しそうに話をしていた。

 数分が経過した頃それをこちらに返してきて、しかもそのうえで帰ってしまった。

 別に会えるわけじゃないんだから余計なことはしなくていいと言いたくなる。


「ごめん、何度も電話をかけて」

「いいよ、ちょっと僕も気になることがあって」

「繭子のこと? 帰ってきたらゆっくり話せばいいじゃない」

「違う、お兄さん以外の人と過ごしたりしたの?」

「え、あたしのことっ? いや、バイトに入っていただけだけど」


 遊びに行くような相手がいないことは彼も分かっているはずなんだけど。

 って、これじゃあまるであたしのことを気にしているみたいじゃん……。


「よかった」

「な、なんで?」

「だって興味があるって言ってくれたのにいざ実際に離れたら違う子に~なんてことになったら嫌だから」


 はぁ、なにを不安になっているのか。

 彼とあたしは違うのだ、堂々といてくれればそれでいい。


「そんなことしないわよ、向井にはっきり言ったところを見ているじゃない」

「なんか不安になっちゃってさ。それに臼井さんから聞いたけど、これまで複数人の男の子から告白されていたんでしょ?」

「そうだけど全部断ったわ、仲良くなければ受け入れるなんて無理よ」


 それに誰かのために動いてお礼を言われたいという汚い気持ちがあったから恋どころではなかったのだ、というか……昔もいまもあたしはどうかしているな。


「あとごめん、やっぱり帰れなさそうなんだ」

「いいわよ」

「最終日に清水さんのお家に行くから」


 え、は? いま家に来るって言った?

 誘うなんてしていないのに彼自らそんなこと……。

 あ、あれかっ、あたしが寂しいとか言ったからかと、片付けておく。

 ……余計なことを言わなければよかったと後悔もした。


「え、あ、無理しなくていいのよ? 声だけでも聞ければあたしはそれで満足できるし……」

「無理はしてないよ、あ、広美が来たからこれで」


 切られた後も何故かまじまじとスマホを見つめてしまっていた。

 GWに賑わっているところにぼうっと突っ立ってスマホを見つめるあたしは異質だろう。


「……なによ」


 なんか一気に変わっちゃって。

 理解が追いつかなくなるからゆっくりにしてほしかった。




「こんにちは」

「うん」


 最終日、本当に芝崎がやって来た。

 とりあえず飲み物をコップに注いで渡したものの、いざ実際にこうなるとどうしていればいいのかが分からずに困惑する羽目になった。


「あ、これお土産、お兄さんと一緒に食べて」

「ありがと」


 普通出会って約一ヶ月ぐらいで買う?

 まあ彼のことだから他の子にも買っているんだろうけど……。


「あ、そういえばこの前、兄貴が女の子と歩いていたって言っていたけど」

「それは広美だね、なんでも付き合わされるから」

「そうなのね、仲がいいのね」

「両親の帰宅時間が遅いからね、僕に甘えるしかできないんだよ」


 あたしも兄に甘えてここに住ませてもらっているから気持ちは分かる。

 妹としてはやはり兄や姉とは仲良くしたいものだ。


「いまさらだけど今日来て大丈夫だった?」

「いまさらね、別に大丈夫よ」

「それならよかった」


 そこから少しの間、沈黙に包まれた。

 さて、どうしてくれようか。

 聞きたいこととかもなにもないぞ……。


「前に来たときも思ったけど綺麗だね」

「ふぅ、そうね、ほぼ兄貴がしてくれているわ」

「お兄さんは家事全般をできるんだよね? 素晴らしいね」

「そうね、兄貴がいてくれてよかったと思っているわ」


 ただまあ、上手くできないふたりで協力しつつ、というのも面白かったと思う。

 そうだったらそうでかなり大変そうなものになりそうだからいまの感じでいいけど。

 それでも頼ってばかりにならないのがあたしの目標だ。

 ご飯を作るぐらいならあたしでもできる。


「もう五月だね、敬語を使っていた頃がもう懐かしく感じるよ」

「そうね」

「あとは初めてのテストか、清水さんは不安とかない?」

「そうね」


 いま必要なのは余計なことは言わずに喋ってもらうことだ。

 だからこれはそっけない対応をしたいとかそういうことではない。


「もう、もしかして迷惑だった?」

「違うわよ、あんたを前にすると言葉が出てこないの」


 多分、上手く喋ろうとするから駄目になるんだと思う。

 最初の頃のような自然な感じはもう出せなくなってしまっていた。

 どうしてかは分かっている、それはあまりにも彼が自然すぎるからだ。


「あんたってさ、誰に対してでもそういう態度なの?」

「そういう態度って?」

「なんかぐいぐいといく……みたいな感じよ」


 どうかみんなに対してそうであってほしい。

 そうすれば勘違いしなくて済むから、芝崎圭という人間のイメージを更新できるから。


「なんにも分からない人にこんな態度で接することなんてできないよ、嫌なことがあったからって清水さんには言ったよね?」

「うん……」

「清水さんが向き合ってくれているから信じて行動することができるんだ」


 向き合ってくれていると言ってくれているけど、あたしは自分の気持ちを優先して行動してしまっているだけだ、こんなことを言ってもらえるような資格はない。

 ただ、そうとは思っていてもこういうことを言ってもらえて喜んでしまっている自分がいる。


「あ、ああもうっ、あんたってなんでそうなのっ?」

「あれ、なにか悪いことを言っちゃったかな?」

「……違うわよ、あたしを喜ばせる天才よ」

「ははは、怒らせる天才じゃなくてよかったよ」


 でもね、やっぱり違うんだよ。

 あくまであたしが優位でなければ調子が狂ってしまう。

 最初の彼はどこにいってしまったんだ、なんで急にこんなに変わっているんだ。

 芝崎圭という人間がそもそもこういう人間だったとしたら、それはもう恐ろしいことになる。

 恐らくあたしは普通ではいられなくなる、……それだけはあってはならないことだ。


「最初辺りのあんたでいなさいよ」

「そうしたら敬語になっちゃうけど」

「敬語をやめたぐらいのときのあんたでいなさいよ」

「僕はこうして普通に清水さんと話せて嬉しいけど」

「あ、あたしだってそうよ! でも、駄目なのよ……」


 彼は柔らかい表情を浮かべながら「どうして?」と聞いてきた。

 なんか見られていることがいまさら恥ずかしくなってなんでもないとしか言えなかった。

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