04話.[流石に逃げるぞ]
「お邪魔します」
「うん、なにもないところだけどゆっくりしてね」
冷水を浴びたらスッキリした。
ついでに体も綺麗にできたからもう普段通りに戻れている。
「は? なんであなたも来てるの?」
「まあまあ、僕が誘って来てもらったんだよ」
「ふん」
妹さんの方は相変わらずだけど仕方がないというものだろう。
いきなり変なのが家にやって来たらそりゃ警戒はする。
自宅に男の人がやって来たら自意識過剰でもなんでもいいから繭子の家に逃げるし。
「はい、麦茶だけど」
「ありがとう」
よかった、いきなり部屋に……とかならなくて。
流石のあたしも冷静には対応できなくなるからナイス判断だ。
「で? ただの友達をなんで誘ったの?」
「
「異性を連れてきたことはないし」
「とにかくさ、清水さんに冷たくしないであげてくれないかな?」
「やだ、だってこの人、お兄ちゃんのこと怯えさせてそうだし」
最初は実際にそうだったから違うとは言えねえ……。
よく分かってるなこの子、これからもそうやってお兄ちゃんを守ってほしい。
「僕はそこまで弱くはないし、清水さんはそもそもそんなことはしないよ」
「なにさっ、この人の味方ばかりをしてっ」
「え、敵対もしていな――あ、行っちゃった」
お兄ちゃんが取られるみたいで寂しいんだろう。
あたしも兄貴が女の人といちゃいちゃしていたら寂し――くはないものの、そちらばかりに偏るようになってしまったら確かに引っかかるだろうから分からなくはない。
「ごめん……」
「いいわよ、いい妹さんじゃない」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
ふーむ、やはり一軒家はいいな。
リビングが広いし、ソファだって自由に配置することができる。
ここにあるソファは質がいいのか座っているだけで眠くなってくるぐらいだった。
「あ、眠たいの? もし寝るならブランケットを持ってくるけど」
「いや、人の家に来ておきながら寝るなんてできないわよ」
「無理をしなくていいよ、清水さんは働いてきた後なんだから」
いやいや、仮に寝ることになったとしたら寝顔を見られるわけだから嫌だ。
それは恥ずかしい、繭子の家とかだったら一切気にせずに爆睡するけども。
「はい、お風呂後だから冷やさない方がいいからさ」
「ありがと……」
「寝たかったら言って、客間に布団を敷くから」
別に寝にここに来ているわけではない。
……これじゃあまるで話したくないから寝させたいみたいではないか、と。
「迷惑なら帰るけど?」
「違うよ、無理はしてほしくないだけ」
「……その割には寝させようとするじゃない」
おいおいおい、面倒くさい絡み方をするなよ……。
ついつい求めてしまって駄目になる。
だけど……どうせ一緒にいられるのならゆっくり話をしたいわけだし……。
「眠くないなら普通にお喋りがしたいかな、こんな機会何度もあると思えないから」
「なんでよ?」
「だって、清水さんが毎回付き合ってくれるわけではないだろうからね」
「誘ってくれれば付き合うけどっ?」
「そうなの? それはありがたいな」
当たり前でしょうが、目の前で興味があるとまで言ったんだから。
もしかしたら芝崎にとっては嫌なことで必死に忘れようとした結果なのかもしれない。
……そうだったら嫌だな、嫌われるのだけは避けたい。
「向井君にもうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないかな」
「は? なんで急に?」
「あそこまで拒絶されたら清水さんも嫌でしょ?」
仮にそうでも話題転換が急すぎる。
まあいいや、今日はこれでもう帰ることにしよう。
どうやら一緒にいたくはないみたいだからね。
「それじゃ」
自分が面倒くさいだけなのだとしてもこうしたくなるのも仕方がない話だ。
友達ですらないうえに興味がない相手に露骨に態度に出してなにが駄目だというのか。
別に芝崎があたしに対してそうしてきても問題はないと考えている。
人間関係なんてそんなものだろう、気に入らないなら来なければいいのだ。
「はぁ」
せっかく遊びに行けたのになんでこうなるのか。
幸い、今日はもう日曜日で明日は学校だからそう気にはならないけど。
「ただいま」
当然、兄は家にはいない。
いなくても変わらないけど床に寝転んだ。
他人の家にいるときよりも当然、気が楽で気持ちが良かった。
先程も言ったように数時間突っ立っていたからというのもある。
「繭子ー」
「どしたのー?」
「さっき芝崎の家に行った」
「嘘っ、それでどうだったのっ?」
「あたしのせいで最悪な終わりだった」
繭子は笑ってくれた、いまはそれぐらいの方がありがたい。
ただ「茜らしいねっ」と言われてしまったのはなんだかなあという感じ。
「私はさっきまで向井君といたんだ」
「そうなの?」
「うん、遊ぼーって私から誘ったの、そうしたら受け入れてくれたからさ」
そうか、向井と繭子には悪いけどそのまま仲良くなってくれるのが一番だ。
まあそんな余計なことは言わなかったけど、とにかく楽しそうな繭子の話を長時間聞き続けたのだった。
「よう」
「おはよう」
向井ねえ、見た目だけは普通にいいんだけどと偉そうに内で呟く。
「昨日は臼井と過ごしたんだ、聞いたか?」
「うん。楽しかったの?」
「ああ、普通に楽しかったぞ」
繭子がどういうつもりで向井といるのかは分からない。
けど、興味を抱いている的な言動はしていたからそこまで違和感もなかった。
「清水はさ、臼井と仲いいんだろ?」
「そうね」
「色々なことを知っていそうだよな」
「うーん、そこまでではないわよ、結構隠す子でもあるから」
大事なことなんて後から思い出したように言う子だから。
だからもしあの子と仲良くしたいなら細かいことは気にしないようにするのが一番だ。
いちいち引っかかってしまうということなら近づくことすらやめた方がいい。
あと、複数の異性と関わる子だからそこで不安にならないような人間なら、かな。
「清水は芝崎のどこに興味を抱いているんだ?」
「どこって、可愛いところ?」
「女子からしたら小さくて弱々そうな人間が可愛く見えるのか」
実際は芝崎本人が言っていたように弱いなんてことはないと思う。
ただまあ、ここで否定しても仕方がないから可愛いとだけ再度言っておいた。
そのタイミングで繭子と芝崎のふたりが登校してきたために自然と会話が終わる。
よしよし、仮にあたしが芝崎に嫌われることになったとしても向井がこちらに来ないのであれば構わないからどんどんと仲良くしてほしかった。
「もしもし?」
「あ゛ー……茜か?」
「うわ、その声どうしたの?」
三時間目が終わった後の休み時間に急に電話がかかってきた。
そして出てみれば限りなく低い声だったというわけ。
「……なんか体調が悪くて実はさっき帰ってきてさ」
「分かった、放課後になったらすぐに帰るから寝てて」
「おう……悪いな」
ジェルシートとかは家にあるからうどんでも買って帰ろう。
未だに疑われているみたいだからさっと作って驚かせたい。
あとはやっぱり住ませてもらっている以上はなにかをしたいのだ。
「清水さん」
「芝崎か、どうしたの?」
昨日みたいになりませんように。
また優しくしてあげて的なことを言われたら流石に逃げるぞ。
「いや、なんか慌てているみたいだったから」
「なんか兄貴が熱を出しちゃったみたいでね、今日は早く帰るって連絡をしたのよ」
「あ、そうなんだ、うーん、そうなるともどかしいね」
「ま、帰ってやってあげられることなんて実際はほとんどないから普通に待つだけよ」
特になんてことはないまま終えることができた。
ふたりで教室に戻って、入ったらすぐに別れたけど。
あー、だけど確かに聞いてしまうと、知ってしまうと不安になるな。
なんか高校生になってからはこうしてそわそわとしてばかりだ。
幸い、特に長く感じることもなく放課後を迎えることができたけど。
「僕も行っていいかな?」
「え?」
「今日はお買い物をして帰ろうと思ったんだ、迷惑じゃなければ一緒に行かせてほしい」
「別にいいけど、こっちはうどんを買いに行くわけだしね」
スーパーへ向かって歩きつつなんか違うんだよなあと。
誘うのはあたしでいい、芝崎がメインになってしまうと全く変わってきてしまう。
あと、なんか積極的な彼は違和感しかないから普通に存在していてほしかった。
「じゃ、あたしは本当にこれだけだから」
「やっぱり僕も行っていい? お兄さんにはお世話になったから」
「あ……うん、来たいなら来れば?」
兄は無理をしていそうだから常識人である彼が来てくれるとありがたい……か?
いいや、早く帰ると言ってあるんだからそれを守っていればいい。
「上がって」
「お邪魔します」
それでよく見てみたら何故か寝室で、ではなくここに転んでいたと。
「ちょっと大丈夫なのっ?」
「……おかえり、おお、芝崎君も来たのか」
「べ、ベッドに寝てください」
「水を飲むために動いたら……戻るのが面倒くさくなってな」
流石に芝崎でも巨体を持ちあげるのは不可能だったからこちらが支えて運んでおく。
無事になにもなく運ぼ終えたからそこからはしっかり手を洗ってから調理を始めた。
「手伝おうか?」
「大丈夫よ、それよりあんたこそ食材とかしまわなくてよかったの?」
「うん、そこまですぐに悪くなる物は買っていないから」
多分、彼が来てくれたことによって多少はよくなったのではないだろうか?
知り合いが心配して来てくれるってありがたいことだし。
「できた」
「お疲れ様」
起こすのは悪いけど食べてもらわないと治らないから仕方がない。
「兄貴」
「……おう、うどんか」
「うん、食べきれなかったら残してくれればいいから」
凝視されていたら食べにくいだろうからと戻ってきた。
「さてと、僕はそろそろ帰るよ」
「うん、ありがと」
「なにもできていないから、また明日ね」
「あたしも行くわ、まだ明るいし」
「あ、じゃあお願いしようかな」
普段元気な兄が調子悪そうにしているところを見ているとそわそわしてしまうから外に出た。
この前みたいなことがなければ彼と普通に仲良くしたかったからというのもある。
「向井君は臼井さんと一緒にいるようになったね」
「うん、多分繭子が興味を抱いたんだと思う」
それでもどうしてか自然とこういう話題になってしまうんだよなあと。
話したいことがないからなのか、そのことが気になるからなのかは分からないけど……。
「あのさ」
「ん?」
「……えっと、あのとき言ってくれたことって本当なの?」
「嘘はついてないわよ? あたしはあんたに興味があるし、仲良くできたらいいって思ってる。だから向井の話を出されたときはイラッとしたけどね、なんか避けられているみたいで」
「ち、違うんだよ、冷たくされて嫌な思いを味わったから他の人がなるべくそういう思いにならないようにって……」
過去になにかがあったとしてもそれは関係ない。
あたしはいまの彼だけを分かっていけばいいからだ。
もちろん、話してくれるということなら聞くつもりでいたけど。
「ありがとう」
「ど、どういたしまして」
そのことでお礼を言われても困る。
ここまででいいということだったから別れて帰ってきた。
兄のことが気になっていることを見破られてしまったから。
「……どこ行ってたんだよ」
「寝てなさいよ」
「美味かった、でも、家にいてくれよ……」
「もう出ていかないわよ」
こうして甘えてくれる兄というのは珍しいからちゃんと側にいよう。
別に兄が元気になれるのなら風邪を引いたって構わなかった。
結果を言えば風邪を引くようなことはなかった。
兄も完治して朝から騒がしいぐらいだった。
でも、元気な兄の方が好きだからそれでいい。
「清水、ちょっと付き合ってくれ」
「うん」
またちくりと刺されても嫌だからなるべく受け入れることにした。
思わせぶりなことをしていなければ問題もあるまい。
それに側にはもっと魅力的な繭子がいるんだからね。
「部屋の片付けがしたくてさ」
「待ちなさい、それでどうしてあたしを呼ぶのよ」
「いやあ、捨てるのはなんか引っかかってな、欲しい物があったら言ってくれ」
「それなら繭子も呼んでいい?」
「おう――って、最初からふたりに頼めばよかったな」
メッセージを送ってみたら丁度近くにいたらしいので来てもらうことに。
こそこそとふたりきりで行動しているとか思われたくないからこうするのが一番だ。
「来たよー」
「向井が物をくれるって」
「え、うーん、男の子の物で嬉しい物ってあるかな?」
「さあ? これから片付けるみたいだからいいのがあったら貰えばいいでしょ」
それに捨てるのがもったいないからと呼ばれたわけだから気にしなくていい。
ただ、繭子は手伝ってあげるみたいだったからあたしはそれを見ていることにした――わけだけど、こうなったらもうあたしがいる意味なんてないよなと考えて帰ることにした。
物を貰うのはできるだけ避けたかったのだ、捨てる物だとしても貰うことには変わらないし。
「悪いな」
「気にしなくていいわよ、繭子を帰りに送ってあげて」
「おう、それじゃあ気をつけろよ」
うーん、確かにそこまで避ける必要はない相手なのかもしれないけど……。
「帰ろ」
いまさら変える必要はない。
繭子が向井に興味を抱いて向井もそれに向き合っているわけなんだからいらないだろう。
「ただいま」
なんか汚れているような気がしたから調理の前に掃除をしてしまうことにする。
にしても、あの発言が嘘ではないことが再度分かった状態でもなにも言ってなかったわけだけど、それはつまり嫌……ということではないのだろうか?
あくまで妄想、というか想像だから分からないけど、少なくともこの前の家に行きたいと言ったときと違ってごめんとか言ってくることはなかった。
まあ仮にあそこで断られていても逆ギレすることなく終わらせたけどさ。
「うーん」
「ただいま!」
「えっ、あっ!」
なんだこいつという顔で見られてしまった。
……どうやらゆっくり考えすぎてしまったようだ。
つまり結局ご飯が作れてない、これじゃあ兄がしてくれる前提で動いているみたいだ。
「ごめん……」
「ん? ああ、いいんだよ、俺の役目だからなっ」
「なんで今日は朝からそんな元気なの?」
「そりゃ元気だからだっ、風邪じゃないってだけで幸せだからなっ」
そう、体調が悪いよりはよっぽどいいか。
体調が悪いというだけでただ動くだけでも怠くなるわけだし。
それに風邪を引いてもいいなんて考えた自分だけど、風邪を引いてしまったらそれこそ兄に頼ってばかりになってしまうから。
「あと、芝崎君と会ったぞ、今日は連れてこなかったけど」
「そうなのね、芝崎はよく外出しているわね」
「ただ……」
「な、なによ?」
「……知らない女の子と一緒にいたんだ! これじゃあ茜はどうするんだって話だよな!」
別にそんなのは自由だから気にしてはいない。
可愛い子とか美人な子と歩いていようがほーんで済ませられる。
付き合い始めたと言われてもおめでとうと真っ直ぐに言える自信があった。
だってあたしの中にあるのは恋愛感情ではないからだ。
近くにいないと不安になる、単純に可愛いから一緒にいたいのもある、なんだかんだで付き合ってくれそうだから妹さんとのきっかけがほしいのがあった。
「ご飯作り頼むね、あたしは先にお風呂に入ってくるから」
「あいよ、ゆっくりでいいからな」
明日からはちゃんとご飯を作ろう、舐められたままではいられない。
ここに住むことが決まってから実際に移動するまでの間、頑張って覚えたんだから。
調理以外の家事もできるようになっている。
兄にだけやってもらうような毎日はあたしのプライド的に受け入れられなかった。
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