03話.[普通でいいのよ]
「し、清水さん」
あ、普通に来た。
まだ登校してきたばかりだというのに、友達のように当たり前のように。
その意外さを前にこちらがなにも言えなくなってしまう。
「あっ、ごめん……」
「な、なんでよ、あたしが頼んだことじゃない」
芝崎は不安そうな、だけど少し安心したような顔で「そ、そっか、おはよう」と。
硬直が解けたのでこちらは普通に挨拶を返しておく。
「落ち着きなさい、相手はあたしなんだから普通でいいのよ」
「……はい」
「あと敬語もやめて」
「うん、分かった」
敬語を使ってもらえるような立派な生き方はしていない。
それに他者からしたらあたしが怖い人間みたいに見えてしまうわけだし。
「芝崎、放課後はどこかに行かない?」
「予定は……ないけど」
「あ、無理なら無理でいいのよ? 時間があったらってだけだから」
「大丈夫だよ」
聞いておきながら行きたいところが思い浮かばなかったから芝崎に考えてもらうことにした、放課後まで時間があるんだし大丈夫だろうと信じて。
流石に長時間は無理だったらしくもう席に戻ってしまったけど朝から幸せだった。
「ふふふ、にやにやしていますなあ」
「おはよう」
「おはよ!」
繭子の相手をするなら多少の揶揄ぐらい流せないと駄目だ。
それにいまのあたしならこんな軽い攻撃は容易に流すことができる。
さて、芝崎はどこに行きたいんだろうか?
やばい、出かけられることになったらなったで落ち着かない。
だから何度も揶揄されてしまったけどそれすらもどうでもよかった。
「清水さん」
「うん」
なんかこっちが緊張してしまうから学校を離れてからにしてもらった。
繭子も特にしつこく絡んでくることもなく普通に挨拶だけをして解放してくれた。
「それでどこに行きたいの?」
「お買い物、かな」
「スーパー?」
「ちょっと欲しい物があって、いい……かな?」
「任せたんだから構わないわ、芝崎の行きたいところに行きなさい」
それで彼が向かった場所は雑貨屋だった。
どうやら妹さんのためになにかを買ってあげたいみたいだった。
なるほど、彼は兄という立場なんだということを知る。
「ちょっとお会計を済ませてくるね」
「うん」
なんだろう、芝崎と普通に話せているのが違和感しかない。
しかもあっさりと敬語をやめてくれたし、あの数日はなんだったんだろうか。
「清水」
「うげ、なんであんたがいんのよ」
「尾行してきたんだ」
ナチュラルにやべー奴だった。
数秒後に芝崎が戻ってきたから腕を無理やり優しく掴んで歩き出す。
「待てよ、別に邪魔したいというわけじゃないんだ」
「じゃあなによ」
「まあまあ、仲良くしようぜ? 芝崎もさ」
芝崎の腕を掴んでいるあたしの腕を掴んできている状態で言われてもねえという感じ。
「離しなさい」
「なら芝崎の腕からも離せよ、逃げる必要なんかないだろ」
「分かったから」
……これじゃあまたあの可能性が上がってしまう。
あたしと関わると面倒くさいことに巻き込まれるということが確かなものになってしまう。
「ここに来たのは芝崎の意思なのか?」
「……はい」
「そうか、なら次は清水の行きたいところに行こう」
「芝崎の行きたいところに行くという約束なの」
「はぁ、そう言うと思った」
はぁ、せっかく芝崎とふたりきりだったのにっ。
繭子なら途中で意図しない人間が参加してきても上手く対応できる気がする。
が、残念ながらその繭子はいないしどうしようもないと。
「清水さんさえよければ……」
「はぁ、分かったわよ、付き合うから自由に移動し始めなさい」
「いや、清水の行きたいところに行こうぜ?」
ないのは確かだけど強くないと言いたくなかった。
そうでなくてもイメージが最悪だからこれ以上悪化させたくないのだ。
まあこれ以上悪化しようがないと言えばそうなんだけど……。
「あ、芝崎の家に行きたいわ」
「えっ」
「無理なら無理でいいわ」
そう焦らなくても時間はある。
寄ってから帰って家事をしても兄の帰宅には間に合うのだから。
「ごめん……」
「謝らなくていいわ、それなら今日はこれで解散が一番ね」
なるべくこいつを芝崎に近づけたくないのもあった。
名字すら結局まだ知らないし、結構強引な人間だということは分かっているから。
「今日は一緒に行ってくれてありがとね」
「いや……それは僕の方だし」
「じゃ、また明日」
さてと、あとはこの面倒くさい人間の相手をするだけか。
「じゃあな」
「え?」
「解散なんだろ? それじゃあな」
「あ、うん、じゃあね」
いや、いやいやいや、このままあっさりと帰るわけがない。
尾行してきたような人間だ、このまま真っ直ぐ帰ったら駄目になる。
なので、学校近くの公園で時間をつぶすことにした。
今日も家事ができなくなって申し訳ないところだけど、家を知られたくないのだ。
「ただいま」
「おかえり、遅かったな」
「ごめん……家事を結局やらせちゃって」
「いいんだよ、俺はそもそも頼んでないだろ」
当たり前のように頼まれないのも気にはなってしまうものなのだ。
もう少しぐらいは妹の気持ちも考えてほしかった。
「清水、一緒に飯食おうぜ――って、そんな顔をするなよ」
繭子や芝崎を誘おうとする前に先手を取られてしまった。
もうなにもかもを吐き出して駄目になりそうなのでどちらかにはいてもらいたい。
「やっほー、私もいいかい?」
「おう、それは別に構わないぞ」
よし、なんとかより面倒くさいことになるのは避けられたようだ。
繭子のこういうところが好きだ、頼むまでもなく勝手に察知して来てくれるから。
芝崎はこいつに近づけたくないから誘わないようにしようとしたものの、友達なんだからと誘ってみることにした。
「僕もいいの?」
「うん、芝崎が嫌じゃないなら」
「じゃあ……」
よしよし、これで多少はイライラを隠すことができるはず。
そういう縛りがないとぶっ飛ばしそうだから助かったよ本当に。
「おお、芝崎君とも食べられるなんてレアだね」
「だ、駄目なら……やめますけど」
「駄目じゃないよっ、一緒に食べよう!」
あたしにだけではないだろうけど敬語じゃないのはなんか嬉しかった。
こうしてふたりには敬語で接しているところを見ると余計にそう思う。
「芝崎、もっと食べろよ」
「あ、あんまり食べられなくて……」
「それにしても少なすぎだ、これやるよ」
「……ありがとうございます」
ただなあ、なんか無理させているんじゃないかって気になってくるんだ。
この誘いすらも彼からすれば余計なことだったのかもしれない。
だっていつもどこかに消えていたわけだし、賑やかな空間が苦手だったり、誰かが近くにいると落ち着いて食べられないなどの理由があったかもしれないわけだし。
「茜? 全然食べてないけど大丈夫?」
「あ、大丈夫よ」
残すわけにもいかないからしっかり食べてしっかり解散になったのを見届けてから教室を出た、誘っておきながら自分だけ去るなんてできなかったからだ。
「どうしたの? 芝崎君が来てくれるようになったのに微妙な顔をしてるじゃん」
「うん、あたしが近づく度に無理をさせているんじゃないかって思って……」
「そうかな? 完全な芝崎君の気持ちなんて分からないけど、茜から話しかけられた際なんかには結構嬉しそうに見えるけどね」
それならいいんだけど……。
考えたところで分からないのに考え込んでしまうのが人間というかあたしの悪いところだと言える、しかもついつい悪い方に考えがちだし。
「それよりあの子なんだけどさ」
「あの子?」
「うん、一緒に食べた子だよ、向井
ここで気になるとか言ってくれたら楽だけどそう上手くはいかない。
自分中心で回っていないからこうなる、理想通りにはなってくれないのだ。
「あの子って格好いいよね、茜のことが気になっているんだよね?」
「でも、あたしは微塵も興味がないから」
「そっか、じゃあいいかな?」
いいかなとだけ言われてもこちらはなにも言えない。
なにをしたいのか、それともなにもしたくないのか。
あたしが巻き込まれないで済むということなら自由にしてくれればいい。
「あ、芝崎君を連れてきておいたから」
「え? あんたは……」
「そんな顔をしないでよ、どちらかと言えばふたりきりでいたいでしょ?」
どちらかと言えばではなく絶対にその方がいい。
結局この前のも邪魔をされてしまったわけだし……。
「無理なんか……してないから」
「間を作られて言われると余計にそう思うのよ」
「誘ってくれて嬉しいよ、普通に話せる子がひとりだけでもいるのは気が楽だから」
敬語じゃないのもあたしがそう言ってしまったからだ。
自分の意思でやめてくれたわけではないのになにを考えていたのか。
色々と考えが足りないところがあって、恐らくこの先も何度も引っかかるようなことを起こしてしまうのだろうと考えると、とてつもなく微妙な気持ちになる。
「今度は清水さんの行きたいところに行こう」
「正直に言うと、誘っておきながら行きたいところがなかったから昨日はあれだったのよ」
「そうだったんだ?」
「うん、で、改めてあたしの行きたいところって言われても思いつかなくてね」
芝崎の家にだって別にそこまで行きたいわけじゃない。
賑やかなところは嫌いではないものの、進んで行きたいわけではない。
それに土日は時間がそう長くなくてもバイトがある。
つまり出かけるなら平日の学校が終わった後ということになるわけだけど、そうなったらそうなったで余裕がないから行ける場所も限られてくるからだ。
だから無理をして出かけるぐらいならこうして学校に留まるか外で集まって話すぐらいがいいと思う、これぐらいしか思いつかない残念な脳で申し訳ないけども。
「あたしはあんたと話せればそれでいいわ」
「でも、面白いこととか言えないけど……」
「いいのよ、なんか気になってしまうのよ」
漠然としたものが自分の中にある。
いまははっきりとしていないから一緒にいられるだけでいい。
もちろん、迷惑だということなら近づくことさえやめるつもりでいるから安心してほしい。
進んで迷惑をかけたいわけではないからね、最低限の常識はあたしにもあった。
「いらっしゃいませー」
すぐに五月になる。
五月になれば初給料でなにか兄に返すことができる。
毎日働いている兄に比べたらかなり少ないだろうけど、お小遣いではなく自分が動いたことによって得られたお金というのは多分嬉しいと思う。
繭子の誕生日も五月にあるから丁度いい、諭吉が一枚でもあれば事足りる。
「うーん、今日もお客さんはあんまり来ないねえ」
「場所はそんなに悪くないんですけどね」
「うっ、ということはサービスとか味とかで劣っているということかな?」
「あっ、すみません、余計なことを言ってしまって……」
「いやいやっ、清水さんが入ってくれる前からこんなのだったから、気にしないで」
口は災いの元とはよく言ったものだ。
難しい、兄や同級生及び学校の人間と会話するのとは違う。
「まああれだね、働き始めたばかりの清水さんがゆっくり慣れていけるのはいいことだね」
「ありがとうございます」
「いや助かるよ、土日に働いてくれる人って少ないから」
土日ぐらいにしか入れないからという理由で選んでいるだけだ。
それで助かると言ってもらえるのは普通に嬉しい。
明らかに拒絶オーラが出ていたりすると長続きさせるのにも苦労するわけだし。
「でも、土曜と日曜どっちも使っちゃっていいの? 高校生になったばかりなんだし友達と遊びたいとかそういう気持ちがあるんじゃ……」
「兄にお礼がしたいんです、そのためにも自分が頑張って得たお金が欲しかったんですよね。あ、もちろんこの先なにかがあればどちらかだけでもお休みを貰うかもしれませんが、それまでは基本的に働かせていただけると……」
「そっかっ、うん、言ってくれれば大丈夫だからっ」
にしても、やることをやってほぼ突っ立っているだけでお金を貰うのはいいのだろうか?
お店選びを成功した~なんて喜んでいたものの、これで引っかかるとは思わなかった。
「よし、今日もありがとう」
「ありがとうございました」
さてと、終わったのなら大人しく帰ろう。
変に寄り道をしたりすると芝崎と遭遇するかもしれないしね。
まあいまとなってはそれでも構わないけど、なんかバイト後に会いたくない。
「あ」
そして、会いたくないとか思っていると見つけてしまうという現実だった。
あと、異性と一緒にいる。
「あ、清水さんっ」
「き、奇遇ね」
まだ発見されていなかったんだから離れればよかったのになにをやっているのか。
別に異性といようがそんなのは自由だけど、下手くそだとしか言いようがない。
「あ、この子が僕の妹なんだ」
「そうなのね」
うーん、お兄ちゃんと一緒で大人しそうだ。
「ちょっと、誰なのこの女」
「同じクラスの女の子だよ、清水茜さん」
「ふーん、で、お兄ちゃんとどういう関係なの?」
うわーお、流石にこれには驚いた。
いやでもあれだ、芝崎の妹としてはこれぐらい強くいてくれた方がいい。
あと、お兄ちゃんのことを気に入ってそうだから仲良くなれればいいんだけど。
「友達だよ」
「ふーん」
幸いなのか悪いのか妹さんは先に歩いていってしまった。
「ごめん、いつもはあんな感じじゃないんだけどさ」
「いや、邪魔したのはあたしだし……」
「清水さんはバイトの帰りだよね? お疲れ様」
「ありがと」
え、待って、これ誰? 芝崎だよね? と困惑状態に。
あまりにも自然に会話できすぎていて違和感どころの話じゃない。
一応口にしてから額に触れさせてもらった結果、なにも問題はなかった。
「あんた芝崎よね?」
「うん、芝崎圭だよ」
「……いきなり変わったわねえ」
「んー、清水さんが優しくしてくれるからだよ、まだ分からない人には敬語のままだから」
優しくしてくれるねえ、寧ろ迷惑しかかけていないというのに。
なんでもかんでもいい方に捉えられると勘違いしてしまうからやめてほしい。
だからこの前のあれは助かった、無理だと断ってくれて本当に。
急に距離を詰めすぎることはあたしにもあるから誰かが止めてくれるのを待つしかない。
「あ、離れると面倒よね、それじゃあこれで」
お客さんがあんまり来なくてもずっと立ちっぱなしだから転んで休みたいのもあった。
あとは単純にいま言ったように、妹さんと合流した方がいいに決まっているからだ。
「いいよ、元々もう帰るって話をしていたところだから」
「え、だって一緒にいてどうするの?」
お金だって今日はあまり持っていないしお礼もできない。
それにやっぱりバイト後に会うのは恥ずかしいんだ、多少でも動いているからなのかな?
「この前は中途半端な感じで終わっちゃったから続き……ということでどうかな?」
「え、あれ、え? あ、もしかしてあたしは誘われてるの?」
「うん」
えぇ、マジか、こんなことがもう起きるとは思わなかった。
……せっかく誘ってくれているんだから断るのは申し訳ない。
休むのなんて後でゆっくりすればいいわけだしね。
「じゃ、またあんたの行きたいところに……」
「僕の家に来たかったんだよね? それなら僕の家でもいいかな?」
「え……うん、あんたがそうしたいなら」
やばい、一度お風呂に入ってきてからの方がいいだろうか?
汗をかいたというわけではないものの、もしかしたら臭うかもしれないし。
それに足だ、靴下の方が単純に臭うかもしれないっ。
「か、帰ってお風呂に入ってくるわ」
「それなら僕の家で――とは無理だよね、分かった、じゃあ待ってるね」
そうと決まれば早速行動だ。
何故か速く歩くどころか最早走っていた。
相当気分が上がっている、……ただ家に行けるというだけなのに。
流石に気に入りすぎてて気持ちが悪かった。
でも、それを表に出さなければ問題ないと片付けておいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます