02話.[ここにいたんだ]

「じゃ、芝崎は授業が終わったら消す方をしてくれる?」

「は、はい」


 必要な物を教室まで持っていきつつしまったと思った。

 そう、あたし達は係が同じだから話さないということは不可能。

 だからあくまで必要なことだからと話しかけているのに、これすらも駄目な方へ傾けているんじゃないかという気持ちになってはらはらしているというのが現状だ。

 終わった、とりあえず今日のところはあたしの仕事はない。

 教卓に置いたらそれ以上話しかけることはせずに席へと移動。

 ……まあ、芝崎の席は後ろだからあれなんだけど。


「茜ー!」

「あ、危なっ!? な、なによ……」

「いや、芝崎君と仲良くしているのかなって」


 見ての通り全く仲良くできていないわよ。

 もうそれを望めば望むほど仲が悪くなると思う。

 いまでさえクラスメイトという繋がりがあるからなんとかなっているだけ、あんなことが繰り返されれば避けられる生活が始まってしまう。


「芝崎君っ」

「な、……んですか?」

「私とお喋りしましょ」


 なんか見ていられないからなにもせずに教室を出てきた。


「はぁ」


 まあちゃんと加減というものを分かっている人間だから大丈夫だろう。

 寧ろ繭子と仲良くなってくれればそれで自然と話せるようになるかもしれない。

 そうなったら敬語だってやめてくれるだろうし、まだ話し始めたばかりだというのに色々なことで引っかからなくて済むようになるというわけだ。


「し、清水さんっ」

「わっ、って、繭子やめなさい」

「はーい、それじゃあ後はよろしくねー」


 これすらも悪い方に働きそう……。

 だってあたしと関わるということは繭子とも関わることになるから。

 それにあの子は同性より異性といる子だ、対象として選ばれたら当然落ち着けはしない。


「ごめん」

「い、いえ」

「土日のこともだよ、別にストーカーをしているとかじゃないから」


 行った先にたまたま芝崎もいたというだけで。

 というか、そもそもどうしてあたしはこんなに芝崎に拘っているのか。

 それこそ男子なんてたくさんいるのになにをやっているんだろうなあ。


「まあなるべく迷惑をかけないよう過ごすからさ、嫌うのとかはやめてね」


 それがなければ仲良くできなくたってまあそういうものだからと割り切ることができる。

 本当に困った場合なんかにはあたしよりいい人が助けてくれることだろう。

 だからこれでいいのだ、クラスメイトという関係だけでいい。

 そう片付けようとしても少しだけショックだった。

 別にこっちが悪口を言ったりしたわけでもないのに避けられたりしてさ。

 どちらかと言えば異性は特になにもなくても来てくれるぐらいだったから余計に。


「あ、ここにいたんだ」

「繭子」


 教室でご飯を食べた後に出てきていた。

 特に理由はないようである、教室にいると笑われている気分になるから駄目だったのだ。


「どうしたの? なんか悲しそうな顔をしているけど」

「うん、別になにかをしたわけでもないのに避けられるのはね」

「芝崎君か、うーん、だけどあれは茜が原因というわけじゃないでしょ」


 仮にそうでもあたしも同じように思われているということだし。

 小中高と同じだったわけではないから仕方がないのかもしれないけどさ。


「なにかあったんじゃない? 女の子絡みでさ」

「そうかもね」


 振られたうえにそれが広められていたとか。

 女子限定だけじゃなくて悪口を言われたから他人自体が苦手だとか。

 芝崎圭という人間をあたしもよく知らないから強くは言えない。


「とりあえず変な風に絡むのはやめてあげて」

「うん、なんか罪悪感がすごいからやめるよ」

「あと、今日はご飯食べに行こ」

「いいよっ、じゃあスパゲティでいいかな?」

「繭子が行きたいところでいいよ、なんか家でじっとしていたくないんだ」


 連絡をしておけば兄に迷惑もかけない。

 兄の帰宅時間は大体十九時ぐらいだからゆっくりご飯を食べてもいいぐらいだ。

 放課後に出かけるのであれば遭遇する可能性なんて微塵も……ないはずだから大丈夫。

 あとは帰りに甘い食べ物でも買って食べれば最高だろう。

 とりあえずそうと決まれば目の前の授業に集中するだけだ。

 ……なんて、ずっと後ろに座っている芝崎はどんな気持ちでいるんだろうってことが気になって全く集中できなかったけども。


「行こ」

「うん」


 それでも放課後になってしまえばこっちのものだ。

 出ていく直前に芝崎の方を見てみたけどまだ帰る気はないようだった。


「もう、どれだけ芝崎君のことが気になっているのさ」

「え、だって気にならない?」

「気にならないよー、もっと格好いい子が好きだし」


 別にそういう話をしているわけではないのに。

 まあいいか、とにかくいまはすっきりさせることが重要だ。

 細かいことを気にしている場合じゃない。


「私はこれかな」

「じゃああたしも繭子と同じ――」

「のんのん、どうせなら違う味を頼んでちょっとずつ分けっこしよ」

「そうね、それでいいわ」


 気分転換に付き合ってくれている繭子みたいな存在は貴重だ。

 関係を長続きさせるためにも要求はある程度呑んでおいた方がいい。

 ――じゃなくて、別に拘りもないからそれでよかったのだった。




「あー……」


 あれからというものなにも捗らない。

 合間にやったことと言えばバイトに行ったことだけ。

 学校でなにか行事があっても全く楽しめなかった。

 しかも、


「あーあ、あんなに遠くに行っちゃったね」


 そう、席替えのせいで芝崎と離れることになってしまったのだ。

 あれからは会話することも微塵もなく、あと心なしか芝崎が堂々といられているように見えてきてしまうと。

 それはつまり、あたしと離れたことでうざ絡みされなくて済むから解放されてラッキー的な?

 ……そんなことはできるだけ考えたくないけど悲しいのは確かだった。


「まあ、男の子は他にいっぱいいるから」

「そうね」


 別に異性として気になっているから話したいわけじゃない。

 こう言ったところで届かないから訂正こそしないものの、なんだかなあという感じ。

 まあ避けられているわけではないからその点だけは救いと言えるけど。


「清水」

「え? あ、あたしか」

「おう、ちょっといいか?」


 だ、誰だ、同じクラスの生徒か? と困惑。

 繭子が盛り上がっているところを見るに結構いい男、なのかな?


「あ、繭子に興味があんの? それなら話しかければいいと思うけど」

「お前に興味がある」

「あたしに? なんで?」


 下手なことしかできないなんの魅力もない人間だ。

 余計なことで時間を使っている場合じゃない。

 偏らせることなく対応するというのは多分できないから。


「この前の男は彼氏か?」

「この前……あ、もしかして兄貴のこと?」

「なるほどな、兄貴だったのか」


 分かった、多分目が悪いんだ。

 そうでもなければ興味を抱いたりなんかはしない。

 こういうことは昔からあったからそこまでおかしい話というわけではないけども。


「連絡先を交換しようぜ」

「え、いやいらないでしょ」

「なんでだよ?」


 なんでだよってこっちに仲良くする気がないからだ。

 適当に合わせて、勝手に告白されたうえに振ったら逆ギレ、なんてことになってほしくはないからしっかりと断っておくことに決めた。


「どこに興味を持ってくれたのかは分からないけど、時間の無駄だからやめた方がいいわ」

「なんでだよ、連絡先を交換するぐらいいいだろうが」

「は、離しなさいよ」


 はぁ、面倒くさい。

 こうなったら言ってしまえばいいか。


「清水さ――」

「あたしは芝崎にしか興味ないの、だからどこかに行ってくれる?」


 ん? なんか芝崎の声が聞こえた気がしたけど、うん、まあこれが全てだ。

 掴むのをやめてくれたから教室へ――はできなかった。


「あ、あんたなんでいんのよ」

「あ……か、係の仕事が……」

「そ、そういえばそうだったわね、行くわよっ」


 無理のない理由で離脱できるのはいいことだ。

 ただ、この空気はどうしたらいいんだろうか?

 逃げるためだったとはいえ、芝崎からすれば相当迷惑なことを口にしたわけだし。


「言っておくけど嘘とかじゃないから、迷惑ってことならもう言わないからさ」

「あ……」

「まあいいよ、というか、芝崎は終わったら黒板を消すことだけしてくれればいいから」


 ふたりで行動する意味なんかない……というわけではないけど。

 それで芝崎が文句を言われても嫌だから不効率でもふたりで動いた方がいいか。

 役目を終えて教室に戻った際、真剣に消えたくなった。

 なんでこうタイミングが悪いのか、ああやって不意に遭遇する可能性が高すぎる。

 そのくせ、普段は全く来てくれないからその差に引っかかるし。


「茜さんや、先程のあなたは随分と大胆でしたな」

「やめて」

「いやいや、はっきり言ったことでなにかが変わるかもしれないんですよ?」


 いい方に変わったりはしない。

 それどころか多分避けられて終わるだけだ。


「ほら、芝崎君がちらちら見て――はないけど、効果はあったって」

「いいから自分の席に戻りなさい」

「はーい」


 こういうのもなんらかの問題行為に該当するなら。

 もしそうなら既に終わったようなものだ、だから終わるだけという思考はおかしい。


「授業始めるぞー」


 死ぬつもりなんかないから授業に集中することにした。

 幸い芝崎が後ろからいなくなったことで問題もなかった。

 休み時間毎に教室から出て時間をつぶした。

 お昼休みもひとりでご飯を食べたし、放課後になってからもひとりで帰った。

 繭子が来てくれなければこんなもの、親友だろうといつだって一緒にいられるわけではない。


「よし、これぐらいの濃さでいいわよね」


 あたしと兄の好みが若干異なるから難しかったものの、なんとか夜ご飯作りを終える。

 そうしたら課題もない自分はゆっくりするだけでいい。

 最近はごちゃごちゃ考えなくて済むように寝ることにしていた。

 それが効果的で、兄が帰ってくるまでの間を気持ち良く過ごすことができていた。


「ただいま」


 食べ物を温めようと動いた際に違和感に気づいて足を止める。


「茜、芝崎君を連れてきたぞ」

「え」


 なんでそうなるのか。

 兄の後ろに隠れるようにしてそこに存在している芝崎はなんか普段より小さく見えた。




「ごめん」


 もちろんすぐに送り返すために外に出た。

 もう暗いけど流石にひとりで帰すわけにはいかなかった。


「あんたには迷惑をかけてばかりね」

「……そんなことはないですよ」

「いやいいから、あたし自身がそう思っているんだしね」


 繭子とのそれも、兄とのそれも全てこちらのせい。

 つまりあたしに話しかけられてからいいことがなにもないことを意味する。

 あ、もちろんあたしが関わっていないときにはいいこともあっただろうけどね。


「あの」

「ん?」

「……迷惑とか思ってないですから」

「本当っ? その割には……全く来てくれないけど」


 全く来てくれていない状態で言われてもいまいち信じられない。

 もしかしたらあたし自身が怖いのかもしれないし、無理やりそう言わせているんじゃないかとすら思えてくるぐらいだった。


「上手く話せないので……時間をかければかけるほど清水さんの時間を――」

「そんな変なこと考えないでいいから来なさいよっ」

「……い、いいんですか?」

「あんたがよければだけど」


 もしこのまま上手くいったら兄を褒めるしかない。

 元々責めるつもりはなかったものの、こういう流れになっていなかったらまた微妙な気持ちになりつつひとり家に向かって歩くことになっていたと思う。


「あ、臼井さん……のことなんですけど」

「うん、繭子がどうしたの?」

「最近は追ってこなくなりました」


 そ、そうか、それはよかったんじゃないだろうか?

 一応、言ったことが珍しく届いたということになる。

 単純に興味が他の子にいっているということもありそうだ。


「興味があるなら話しておくけど?」

「いえ、あっ、こんな言い方をしたら……失礼、ですよね」

「別に気にしなくていいわよ」


 あたしだってああやってはっきり言ったわけだし。

 興味が抱けない人間なんてたくさんいる、責められるようなことじゃない。

 仮にこれを繭子が聞いていても「えー、酷いよー」程度しか言われない。


「あ、ここなので」

「そう、それじゃ」

「あ……送りますよ」

「いいわよ、あんたと話せてよかったわ」


 やばい、相当これは嬉しい。

 ただ話せるようになっただけと言われればそれまでだけど、ただそれだけが望みだったから。

 なんか見ていると不安になるから近くにいたいんだ。


「ただいま」

「おかえり」


 ただ、このことでお礼を言うのがいまさらになって恥ずかしくなってきた。

 だってどれだけ芝崎といたかったんだよって突っ込まれてしまうぐらいのレベルだし。


「面白いな、最近は女子が送るのか」

「たまたまよ、お風呂に入ってくるわ」

「ご飯は?」

「後で食べるから置いておいて」


 なんか恥ずかしかったから結局言うのはやめた。

 そのかわりに繭子にこのことを伝えておく、いらないと思うけど。


「おめでと~」

「って、ただ話せるようになったってだけだけどね」


 って考えているけど……合っているよね?

 やば、なんか自分が盛り上がってしまっているだけなんじゃないかって気持ちになってきた。

 まだ来てくれるとも決まったわけではないのになにをはしゃいでいるのか。


「おや? いまはお風呂中ですかな?」

「うん」

「奇遇だね、私もこれから入ろうとしていたんだ」

「ふっ、じゃああんたと入っていると考えておくよ」

「うんっ、それでいいよっ」


 流石に食事中とまではいかなかったものの、楽しく話すことができた。


「ふぅ、美味いな」

「あれ、平日にお酒なんていいの?」

「俺は明日休みだからな」

「そっか」


 もし仲良くなることができたら休日に遊びに行ったりとかするのだろうか?

 仮にそういうことがあってもきっかけを作るのはこちらだろうな。

 芝崎が誘ってくれるわけがない、もし誘ってきたら土下座をして謝ってもいいぐらいだ。

 某漫画みたいに熱い鉄板の上で~なんてことはできないものの、しっかりと申し訳ないという気持ちを込めて謝ることぐらいはできる。


「それにしても、芝崎君はいい子だな」

「え? なんで?」

「さっきスーパーで会ったんだけど、荷物を持ってくれようとしたからな」


 兄はこちらの頭に手を起きつつ「こんな巨体の人間のだぞ?」と。


「はは、確かにどちらかと言えば兄貴が持ってあげる側よね」

「おう、だから芝崎君ごと持ってやった」

「えぇ」

「多分、喜んでいたと思うぞ、はっはっは」


 いや違う、下ろしてとも言えずにおろおろとしていただけだろう。

 繭子もそうだけどいきなり踏み込みすぎだ、それでは萎縮させてしまうばかり。

 理想はぎこちなくではあっても向こうから話しかけてくれること。

 願っているだけではどうにもならないから相手のために動くことだ。


「俺は気に入ったぞ」

「そう」

「だから何度も家に呼ぼう、そうすれば茜も喜ぶ」


 いやまあ理想はそうだけど無理でしょ。

 それに兄が何度もそうやって誘うとあたしが多分疑われる。

 兄を利用して仲良くしようとしているわけではないのだ、勘違いはしないでほしかった。


「ふぅ、そろそろ寝るかな」

「切り替えが早いわね」

「寝るぞ、茜も来い」


 まあ夜ふかししても仕方がないから寝るけど。

 土日はバイトがあるから平日に寝不足になっているわけにはいかないのだ。


「一応カーテンはあるけど……」

「出ていかないわよ? 別になにかが起こるわけじゃないし」

「そうだけど年頃の男女だぞ?」

「大体、兄貴には彼女がいるじゃない――あ、だから帰らせようとしているのね?」

「違う。まあいい、おやすみ」


 ここは楽だから出ていきたくなかった。

 流石に何度も言われればそう遠くないし実家には帰るけどさ。

 とにかく言われない限りは家事でもなんでもして居座ろうと決めたのだった。

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