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Nora
01話.[思っていないし]
入学してから二週間が経過した。
身体測定で身長を測ったら一センチ伸びていて嬉しかった。
でも、嬉しかったことはそれぐらいなだけだ。
「あ、あの……」
「ん? なに?」
「プリント……してください」
一番重要なところが聞こえなかった。
それでも言いたいことは分かったから出すのを忘れていたプリントを渡す。
「ありがと、あんたのおかげで助かったよ」
「……かったです」
うーん、この感じだと今後苦労しそうだなという感じ。
「
「うん、あ、先に行ってて」
「なんで?」
なんでと聞かれて後ろを見たらもう奴はいなかった。
なんだ、あっという間に消えてしまうもんだな、というのが正直な感想。
分かった、誰かといるのが苦手な奴なんだ、そうに違いない。
「ねえ、芝崎知らない?」
「え? しばさき……って誰?」
「あたしの後ろの席の芝崎
「ああ! あのいつもひとりでいる可哀相な子か!」
あいつ、そんな風に思われていて可哀相だな。
ひとりでいることなんてそう問題もない。
いま若い人間にとって大切なのはスマホだ、友達はあくまでそのおまけで。
それにそんなこと言ったら彼女は友達を馬鹿にしているのと同じことだ。
あたしだってほとんどひとりだぞ、そこをきちんと分かっておいてほしい。
「あ、また茜の悪い癖が出てきているね」
「悪い癖?」
「ああいう子を見たら放っておけないところだよ、それが完全に相手のためになるとは思えないけどね」
そんなことはない、あたしがなにかをしてやれるとは思っていないし。
ただ気になっただけだ、いつの間にかいなくなっていたからもうしょうがない。
「あ、いたよ芝崎君」
「そうね」
そりゃ同じクラスなのにいなかったらこっちが困る。
どこかで迷子になっているんじゃないかと、誰かに絡まれてどうしようもなくなっているんじゃないかと思ってしまうぐらいの弱さに見えるから。
「じゃ、授業が終わったら一緒にご飯を食べようね」
「うん」
これも出席番号順だからあたしは芝崎の隣になる。
座った瞬間に露骨に避けられて言いたいことは当然あったものの、もう授業が始まるから芝崎とはそういうものだと片付けておくことにした。
そこからは変わらない、あくまで普通に授業を受けただけだ。
「あ、はい、消しゴム」
どうやら言葉を発することすらできなくなったようだった。
そのかわりに何度も頭を下げてくれたけど、消しゴムを拾ったぐらいで下げすぎだろ……。
これではこちらが苛めているみたいに見えてしまうだろうが。
「芝崎ー、どうした?」
「……みませんっ」
「まあなにもないならいいんだけど」
やれやれ、見る度に駄目になる。
ただ、先程言われたようにそれが相手のためになるとは限らないと。
だからなにかを言われない限りは余計なことをするのはやめようと決めた。
「茜さーん、お昼ご飯食べましょー」
「うん」
さて、食べるところはどうしようか。
教室で食べるのが一番楽でいいのは分かっている。
でも、ゆっくり食べたいのなら移動するのがいいとも分かっているから真剣に悩んだ。
「あ、芝崎君がお弁当袋を持って行っちゃった」
「そりゃゆっくり食べたいからでしょ」
もし自分が完全にひとりだったら間違いなくそうしているからいちいち言わないであげてほしかった、大体教室以外で食べたからなんだと言うのかという話だろう。
「階段で食べよ、ここは賑やかだし」
「えぇ、教室でいいじゃんかー」
「それならひとりで食べてくる」
別に群れていないと死ぬような病気でもないのだから気にしなくていい。
それにご飯ぐらいは喋らずにゆっくり食べるべきだ。
誰かに作ってもらっているのならなおさらなこと。
「「あ」」
で、たまたまそこで芝崎と遭遇――なわけがない。
あたしが探したのだ、明らかに矛盾しているけどね。
「よっこいしょ――冷たっ、はぁ、あんたはズボンでいいわね」
こっちなんかスカートなうえに色々な縛りがあるからどうしようもない。
……って、なんだか壁に話しかけているような気持ちになってきた。
芝崎は慌てたように自作か他作のお弁当を食べ終え、すぐに戻っていってしまった。
「ちぇ」
別になにか意地悪をするわけじゃないんだからあんなに逃げなくてもいいよなあ。
けど、ここで追ったりなんかしたらそれこそそれに該当してしまうからお弁当を食べてからゆっくりして教室に戻った。
相変わらずなにもないときは席に張り付いている芝崎だ。
あたしもトイレ以外は怠くてそうしているから人のことは言えないけど。
「茜、覚悟っ」
「待ちなさい、なんであたしが叩かれなければならないのよ」
「普通親友を放っておいてひとりで食べますっ?」
「そう言うあんたはその親友を放って男友達とよくいるけど?」
「いやあ、あはは……」
昔から彼女は変わらない。
同性より異性といつも一緒にいる。
まあその中でもあたしを優先してくれるときがあるから少し満足度が高い。
「あ、芝崎君じゃーん!」
「やめてあげなさい」
「だってせっかく茜の後ろの席なんだしさ、どうせなら仲良くしてみようよ」
が、芝崎は突っ伏してしまいなにも言わず。
彼女、臼井
「いらっしゃいませー」
バイトを禁止にされているわけではないから週に二日だけ入っている。
お金的にはそれで十分だし、あたしもあたしで休日はゆっくり休みたいから仕方がない。
それにそれでいいと認めてくれているわけだしね。
ただまあ、なんとも言えない気持ちになるのは確かだった。
学校にいるときのあたしでもない、自宅にいるときのあたしでもない。
働いているときだけは変なあたしがそこに存在していた。
ふわふわしているというか、うん、どこか不安定なようで安定しているというか。
「清水さん、もう上がっていいよ」
「あ、はい」
今日も特に大変じゃないまま終わってしまった。
まだ初給料を貰ったというわけではないものの、これでお金を貰っていいのか? という気持ちになってくるのは何故だろうか?
自分の時間を使ってそうしているというのになんだかしゃっきりしない感じ。
「お先に失礼します」
アルバイト選択を失敗したわけではない。
それどころかいい場所を選べたと思うぐらいだ。
でも、なんだかなあ。
「「あ」」
そして、こういうのはままあるもので。
「おっす」
「……ん」
「どこに行こうとしてたの?」
「ほ、本屋に……」
「そっか、じゃあ気をつけて」
おお、ちゃんと聞こえて一安心。
話すことで少しずつ警戒をしてこなくなればいいなと思った。
とはいえ、調子に乗ると容易に逆戻りするだろうからと今日はこれぐらいにしておく。
「……あのっ!」
「ん? どうしたん?」
「あ、あそこで……いているんですか?」
「ん? あ、うん、週に二日だけだけどね」
あたしの察し力凄えと褒めてあげたい。
なんだろうなこの感じ、芝崎を見ているとなんか胸がほわほわとした感じになる。
バイトが終わる度にあんな気持ちになっているというのに、それがあっという間に吹き飛んでしまったことになる。
「芝崎、別に意地悪とかしないから普通に話してよ」
何度も深呼吸をしてからなにかを言おうとしてはあっちを見たりこっちを見たりの繰り返し。
駄目だ、芝崎を見ているとやばい。
別に好きだとかそういうのじゃないけど放っておけなくなる。
「ちょっとそこのお店に入ろうよ」
「え……」
「休憩したいだけ、本をすぐに買って読みたいと言うならそっちを優先してくれればいいし」
どうやら一緒に来てくれるみたいだったのでお店に入ることにした。
多少はお金も持っているから問題はない、奢りは……できないけど。
「どんな本を買おうとしてたの?」
聞いてから数秒が経過。
運ばれてきていた飲み物を飲んでからも数秒が経過。
が、なにかが聞こえてくることはなかった。
だから言いたくないならそれでいいけどと言って少し黙る。
や、これじゃなんか意地悪をしているみたいだ。
あれ? あたしは確かに芝崎が頷いてくれたのを見たはずなんだけどなと、内は少し混乱。
「……み、ミステリー小説です」
「お、おお、ようやく喋ってくれたか」
「本を読む……ことでしか……」
「分かった、教えてくれてありがと」
直さないと面倒くさいことになる。
でも、それを直せだなんて言うのは偉そうではないだろうか?
普通に話してよとか言っている時点でやっぱり矛盾しているんだけど。
「し、清水さんは……どんな本が好きですか?」
「あたし? あたしは読みやすい本が好きかな」
やべえ、本なんて最後に読んだのはいつだよ。
まあ、読みやすい本を選んで読んでいたから嘘はついていない。
読書タイムとか設けられていたしなあ、文字を目で追わなくちゃいけないのは退屈だ。
「ごめん、最近は全く読んでないんだ」
「べ、別に謝らなくても……」
「もっと芝崎のことを教えてよ」
いまあたしの中にあるのは芝崎と仲良くしたいという気持ちだけ。
だってこんなの見たら放っておけないし、それに可愛い顔をしているしさ。
「ふぅ、掃除が好きです」
「あ、この前も真面目にやってたよね」
「決して任された、というわけでは……ありませんけど、そこに割り当てられたのなら真面目にやろうと……」
よしよしよし、まずはスムーズに会話ができるようにならないとね。
それで少しずつできてきているわけだから、うん、最高。
「清水さんは……喋り方を変えているんですか?」
「ん? ああ、違うよ、意識して変えているわけじゃないよ」
言われた内容によって自然に出るだけ。
だから出そうと思えばいまだって出せる、その必要はないから出さないけど。
「ありがと、芝崎と話せて良かったわ」
「あ、ありがとうございました」
長居してもあれだからとある程度のところで外に出た。
芝崎と別れた後も気分は良くなったままだった。
「妹よ」
「なに?」
昨日よりも多少忙しかったバイトから帰ってきて休んでいたら兄が話しかけてきた。
「買い物に行くから付き合ってくれ」
「えぇ――分かったわよ」
普段お弁当を作ってくれているのは兄だ、たまには手伝いぐらいしなければならない。
ただ、兄はひたすらに大きいから威圧感があるのだ。
だから視線を集めてただ隣にいるだけでも疲れるという繰り返しだった。
「高校はどうなんだ?」
「普通ね、繭子もいてくれるし問題ないわ」
「繭か」
兄は顎に手を当てつつ「あのすぐに調子に乗る癖さえなければな」と呟く。
基本的にいい子だからそう気にする必要はない。
……芝崎にどう接するのかが分からないからしっかり見ておかなければだけど。
「茜は男子と仲良くしないのか?」
「仲良くしたい子はいるわ」
「おお、珍しいな」
どう考えても仲良くできるようなイメージが湧かないけど。
昨日だって調子に乗って誘ってしまった。
ああやってぐいぐいこられるのは嫌だろう、あたしは冷静じゃなかったのだ。
明日になったら謝罪しようと決めているものの、それすらも逆効果になりかねない。
なので、話しかけてくるまでは話しかけるのはやめようと思っている。
「なにが買いたかったの?」
「冷凍食品だな、全部作るなんて不効率で金もかかるし」
「そうね、いつもお世話になっているわ」
「いいさ、家でひとりじゃないというだけで寂しくないからな」
あたしは特に理由もなくひとり暮らしをしていた兄の家に住み始めた。
結果的に言えばこれが正解で、バイト先も近いし学校も近いという好環境で。
兄としてはいいのかどうかは分からないけど、バイトをしているのは少しだけでも兄に渡すためでもあったのだ。
「初給料が出たらなにか食べさせてあげるわよ」
「気にしなくていい、それに茜は家事ができないだろ」
「で、できるわよ、それにお店に連れて行くつもりだったし……」
「自分のために使ってくれればいい」
あー嫌だ嫌だ、兄はどうしてこうなのか。
もっと求めてほしいものだね、家事だって最低限のことはできるのに。
「兄貴――ん? あれ?」
気づいたら巨人がいなくなっていた。
が、すぐに発見、ついでに芝崎も発見……。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
「ん? 声が小さいな、そんなに威力が強かったか?」
威力……、なにをしたんだ兄は……。
ぶつかったのだとしたら本当に心配になる、体が弱そうだしなあ。
「あ、兄貴、そいつは基本的にそんな感じだから」
「なるほど、茜の知り合いだったのか」
やばい、これだとわざとしているみたいに捉えられてしまうかも。
土日にどっちも遭遇したりしていたらストーカーしているみたいじゃないか。
「よし、俺は選んでいるから友達と一緒に過ごせばいい」
「はっ? そんな気遣いいらないわよ」
「いいからいいから、はっはっは」
ああ、明らかに怯えちゃってるよこれ。
「ごめん」
「……い、いえ」
「ぶつかったの? 怪我はして――わっ、ど、どうしたの?」
どうしたの? じゃないっ、そりゃ触れたらはねのけられるって。
「これで失礼しますっ」と目の前から去られてしまい……。
「駄目だ……」
「お、おう、俺のサポートは駄目だったのか?」
「いや、悪いのは全部あたしよ」
とりあえず当初の目的である食材を複数選んで購入。
いつもしてもらっているからと袋を持とうとしたら拒絶されて凹む。
「持たせてくれてもよくない?」
「今日バイトだっただろ」
「そのバイトだった人間を誘ったのがあんたですが」
「細かいことは気にするな、それよりもだ」
兄は足を止めてこちらの方を見た。
なんだと身構えている内に頭を撫でられて困惑する。
「あの子が茜の気になっている子か」
「気になっているというか放っておけないのよ」
「そうだな、見ているこっちの方が心配になるぐらいの弱々しさだな」
そうだ、嫌なことに巻き込まれないようにちゃんと見ておきたい。
でも、いまの芝崎にとっては嫌なこと=あたしに絡まれることだからどうしようもない。
確かに相手のためを思って行動しているはずなのに相手にとってはいいどころか悪いという風になってしまうんだから怖い話だ。
……アルバイト以外で休日に遊びに行くのはやめようと決めた。
ストーカー認定されても嫌だし、このままだと話すことすら不可能になる。
「でも、実際は強かったりするんだよな」
「そうだといいんだけど……」
「大丈夫だ、なにか困っていそうなら助けてやればいい」
まあそうしようと決めているけど……。
……まだ四月だからそう焦らなくてもいいかと片付けておく。
焦ったところできっと悪いことにしかならない。
そういうものだ、焦っているときには小さなことすら見えなくなるから。
「それより茜は変わらないな」
また歩き始めた兄がそんなことを言ってきた。
「ああいう子を見ると放っておけないんだろう?」
「余計なお世話だと思うけどね」
「そんなことはない、とは言えないな。でも、助かっている子だってきっといるさ」
そう信じて変えずに動くしかない。
それができないのであればかき回すだけだから動かない方がいい。
自分がそれをいいことだと胸を張って言えないのであれば駄目だから。
「一緒に行ってくれてありがとな」
「別にこれぐらいで言わなくていいわよ」
結局のところ付いて行ってただ帰ってきただけなんだし。
「今日は焼きそばだ」
「うん」
嫌いな食べ物もほとんどないから食べられるだけでありがたいというもの。
なんか家事ができないみたいな認識をされているから手伝いをした。
狭いキッチンに無理やり巨大男と並んでいるから窮屈だったけどなんとかやり遂げる。
「まあまあね」
「そりゃ無難な感じに仕上がるだろ」
「今度から交代交代にするわよ」
「俺がやるからいい、茜は学校生活を楽しめ」
やれやれ……。
まあとりあえずはそうしておこうと決めたのだった。
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