葬儀屋と猫
「お前は、優しすぎていかん」
太陽が海の向こうへ落ちていく。染まる色の名を表す言葉を、白猫は口に出そうとして、野暮だと思い直してやめた。その色は酷く朧ながら妖艶で、光が届く全てを圧倒的な支配力で呑み込んでいく。朝に弱いというのもあるが、彼は一日の終わりになるとよく饒舌になる。一体何を考えているのだろう。
「また、都合のいい事を考えておるな」
彼女は笑う事にした。そんな事ないですよと、言おうとしてやめた。水掛け論になる事は目に見えている。このまま放置したら、棺に引き籠られるし、適度にテコ入れしなければならない。あと少しで、絶海の孤島は闇に包まれる。淡い紺から濃紺へ、美しく染まっていく。それらに、この夕陽のような苛烈な色は無い。ただどこか寂しくて、静かな佇まいは、独りで過ごすには辛い色だ。喋る相手がいるのだから、素直に言ったらいい。寂しい、悲しい、だから一緒に居て欲しい。
「私のような世間の脱落者にまで情けをかけるなど、酔狂もいいところよ」
その声音には、呆れも感嘆も疑念も何も含まれていないようだった。普段では考えられない程よく回っている彼の、ピアスが施された舌は動き続ける。太陽はもうすぐ姿を消す。そしてまた真っ白な顔を出して新しい一日を持ってくるのだ。
「【どうして】なんて……例え理由をお話しても、信じて頂けないでしょう」
「時と場合によるぞ」
「ダウト」
きっぱりと白猫はそう言って堂々巡りになりそうな会話を断ち切る。面白くも無いのにその顔にいつもの微笑を乗せて、今日の夕飯の話を始めた。ざわり、ざわり。吊るされたモノが撤去された木がいつもより軽やかに揺れている気がする。言葉を上手く紡げない不器用な二人のための静かな沈黙。もう少し、あと少し。本日の太陽の寿命はあと――。
復讐劇に強制参加となったが想像してたのと違う(8/15更新) 狂言巡 @k-meguri
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