第8話 遺跡の奥へ

 パーティのリーダーである男は、ロロミカ・ボウネンと名乗った。

 会話や仕草で拾った彼への印象は、細かいには拘らずグイグイ前進する、ゴリ押しタイプだ。冒険者同士、パーティを組んでいるうちに自然の成り行きでリーダー格になったと思われるが、本当に頼れるかどうかは、いざという事態に直面しなければわからないものだ。表面上は豪放でも、内面は臆病な人間はこの世にごまんといる。

 他の三人も順繰りに名乗った。弓を持っているのがシーマ、槍使いはリント、重たそうな斧を背負っているのがドネンガだ。

 イリアの印象では、互いに信頼している仲間というより、利益という一点で繋がっている集団と称した方がしっくりくる四人だった。しかし、パーティというものは概ねそんなものだろうと、冷めた目で割り切った。現に、自分もこの人たちに仲間意識など求めていない。


「で? どこに行くんだ?」

「ついてくりゃわかる。心配しなくても後悔はさせねえよ」


 ラグナの問いに対して、ロロミカの口調は一貫して上からだ。

 パーティが訪れたのは、ヴァトの近くに広がる森だった。落葉樹が少ない森で、秋が深まった今日でも深々とした緑で一行を迎えた。先頭はシーマ、殿はドネンガだ。

 姿を見せない鳥や獣の鳴き声が不気味にこだまし、日光は枝葉に遮られて僅かに差し込むだけだ。ひんやりと冷えた空気は身を引き締まらせ、一行の口数を少なくさせた。


「巣はわかっているのか?」


 ラグナが質問すると、ロロミカはどんどん奥に進みながら答えた。


「ああ。この先に漁られ尽くして誰も寄りつかなくなった遺跡がある。夜な夜な這い出ては畑を荒らしたり、家畜を襲うそうだ」

「何匹くらいでしょうか?」


 これはイリアだ。声からかなり緊張しているのがわかる。顔にも生気がなく、明らかに無理をしている。デーモン討伐など数えるほどしかしていない、あるいはこれが初めてという可能性もある。こんな少女が危険な仕事に身を投じることに、ラグナはいろいろと憶測した。


「そこらへんははっきりしてないが、被害の規模から判断して、十匹から二十匹といったところだろうな」

「二十匹……」

「心配すんな。俺たちに掛かれば軽いもんだ。それに、やつらは夜行性だからな。あっという間に片がつくかもしれん。イリアは防御を固めるのと、万が一ケガ人が出た場合に回復させてくれりゃいい」

「は、はい……」

「ところでラグナ……」


 ロロミカが、無遠慮な視線をラグナに向ける。


「ん?」

「おまえさんの武器は、やっぱり背中の剣か?」

「いや、こいつは歩くのにバランスを取るために背負ってるだけだ」

「ああ?」


 ロロミカには、ラグナがジョークを言ったのだとわからなかったようだ。


「いや、なんでもない。気にしないでくれ。得物は……特に決めてない。身の周りにある物を利用してやり過ごしている」


 門衛には背中の剣を得物と言ったが、ロロミカにはそう説明し、視線をぐるりと一周させた。


「なんだそりゃ? そんなんで戦えるのかよ?」


 ドネンガが茶化して割り込んできた。


「まあ、矢面に立つってわけにはいかないけどね。補佐程度ならできる」

「なんだよ。あんまり使えそうにねえな」


 誘っておいて勝手な……。

 イリアは自分のことではないのに気分を害した。どうも、この人たちは言動が荒削りだ。一山当てようと目論む冒険者はデーモン討伐に明け暮れ、ろくに教養を培っていない者も多いと聞く。それでも、最低限の礼儀は身に付けるべきだ。そうでなければ、周囲の人たちに不快感をまき散らす無頼漢となんら変わらなくなってしまう。

 ロロミカの誘いを受けたのは、目的を果たすために一緒に行動してくれる仲間を集めるためだ。しかし、イリアは早くも後悔し始めていた。

 ちらりとラグナを窺ったが、彼は涼しい顔でドネンガの嫌味などどこ吹く風だ。

 ……この人は、他の四人と雰囲気が違う……。


「俺は料理が得意だぜ。野宿することになったら、美味い飯を作ってやる」

「ありがたい申し出だが、野宿にはならないな。そこまで手こずりはしないだろう」

「そりゃあ残念だ」

「おい、着いたぞ」


 シーマが足を止めて振り返った。イリアが背伸びして前方を見ると、蔦に絡まれ放題、ヒビが走り放題の朽ち果てた建造物が目に入った。

 入り口の両側に立っている石像も建物同様朽ちているが、鬼の形相は健在で来訪者を威嚇する役割は現在も果たしている。むしろ、歳月を経て刻まれた朽ち果て具合が、凄みを増している感じだ。

 イリアには、これ以上進むと不運が降りかかるぞと警告しているように見えた。


「……よし。行くぞ」


 ロロミカは自らを鼓舞するように宣言した。


 内部は薄暗く、空気は淀んで冷たかった。傷み具合は外壁ほどではなく、崩れてくる心配はなさそうだ。


「へえ……ちゃんと光を採り入れる構造になってるのか」


 リントが感心しながら壁を見渡した。まったくの暗闇の中と、わずかでも明るさのある場所を進むのとでは、雲泥の差がある。

 イリアが転ばぬように壁に手をついて進んでいると、手の甲をぬめりと冷たいものが通過した。


「きゃっ⁉」


 思わず短い悲鳴を上げ、手を引っ込めた。


「なんだっ?」


 ロロミカたちは咄嗟に臨戦態勢に入った。ラグナだけはのんきだ。


「慌てるな。イモリかなんかだろう」


 その一言に、ロロミカたちは太く息を吐いた。


「なんだ。驚かすな」


 ロロミカが不機嫌に言う。イリアの顔がかっと赤くなる。恥ずかしさで体温が上昇するのが自覚できた。


「俺たちがいるんだ。もっと気を緩めてもいい。ただ、インプの寝床が近づいてるから、音は立てるな」


 ラグナの言い方は、ロロミカと違って優しさがあった。恥ずかしさをごまかすことも含め、彼に問う。


「……けっこう広いですね。いきなり襲ってくるなんてことは……」


 訊きながら、イリアは杖を強く握りしめた。

 マーギアーは魔法を発動させる時、イメージをより明確に顕現できるように媒体を用いる。これでなくてはならないという対象物はないのだが、多くのマーギアーは、その対象に杖を選択する。伝説に登場する古のマーギアーが、杖を好んで使っていたと言い伝えられており、杖を介することがもっとも魔法を扱いやすいと刷り込まれているせいだ。師から受け継ぐ者もいれば、自分で新たに作る者もいる。いずれにせよ、マーギアーにとって、杖とは魔法顕現の媒体であると同時に誇りの結晶でもあり、殊更に大切にしている。


「大丈夫だ。インプは本来臆病な性格で、単独行動は取らない。この通路の奥が大広間になっているようだから、そこに固まっているはずだ」


 ラグナが答えると、ロロミカは少し意外そうに眉間にしわを寄せた。


「なんだよ……詳しいじゃねえか。デーモン退治の経験があるのか?」

「旅から旅だからな。嫌でもいろんな経験をするさ。おまえらも、余計なおしゃべりはしないで、そろそろ静かにした方がいいぞ」


 ラグナたちの前に、重たそうな扉が立ち塞がった。木製だが石材にも負けない頑強さがあることは、見ただけでわかる。無数の引っかき傷が縦横に走り、中には明らかに真新しいものもあった。

 ロロミカは二十匹くらいと言っていたが、イリアは夥しい数のインプの群れを想像して、ぶるっと震えた。


「……よし、開けるぞ。おまえら、準備はいいか?」


 さすがのロロミカも緊張を隠しきれない。声が強張っている。他の三人も同様だ。表情を引き締め、各々の武器を構えた。

 ロロミカがゆっくり扉を開くと、軋む音が建物内に響き、神経に針を指した。


「ひっ?」


 イリアの口から短い悲鳴が漏れる。

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