第7話 クエスト

 ラグナがヴァトに到着したのは、ガロン夫妻と別れてから三日後だった。この界隈では一番の大都市で、周囲は強固な壁で囲まれている。三ヶ所ある出入り口には、朝と言わず夜と言わず門衛が配備されており、面倒な手続きがある分、安全性は確保されている。仕事、野心、人生。様々なものを求めて多くの人が出入りする街。ただ、それだけにトラブルという厄介な火種を落としていく者が多く存在するのも事実である。


「……その剣は?」


 門衛がラグナに鋭い視線を投げた。視線の先は、ラグナが背負っている剣だ。


「俺は流れ者でね。街から街へ流れてはいろんな仕事を引き受けて食い繋いでる。こいつも言わば商売道具の一つだ」

「改めさせてもらう。明らかに武器だからな」

「手荒く扱わないでくれよ。こんなんでも俺の得物だ」


 ラグナはホルダーから剣を外し、門衛に渡した。意外と重量があり、ズシリとした重さに門衛の表情が引き締まる。

 外見からして、けっしておざなりに扱っていないようだが、鞘には無数の傷がついており、激しい戦いを掻い潜ったであろうことが推測できた。

 剣で仕事……こいつ用心棒でも請け負ってんのか? そう思いながら、門衛は鞘から剣を抜こうとして動きを止めた。


「………………」


 腕に力を込めるが、剣はびくともしない。


「むんっ」


 一度力を抜いてから再び引き抜こうとし、腹から声が漏れ出た。しかし、結果は同じだった。剣は頑として鞘から出ようとはしない。


「なんだこれは? 鞘に接着されているんじゃないのか?」

「長いこと手入れしてないからなぁ」


 ラグナののんきな一言に、門衛は気が抜けた。これではまるで、鍵をなくした宝箱と一緒だ。中にどんなお宝が眠っていようと、開けられなければ意味がない。


「こんな役にも立たない剣を背負って、依頼を受けられるのか?」

「なにも剣を使うだけが仕事じゃない。小銭を稼ぐためなら、ゴミ拾いでもドブさらいでもなんでもやるさ」

「ふん……」

「おい、いつまで掛かってんだ」


 門衛が声の主に視線を投げると、不機嫌そうに口を曲げている商人が立っていた。自分の体よりも大きな荷物を背負っている。ラグナとのやり取りのせいで、門に列が生じ始めていた。待たされるのを喜ぶ者などいない。皆、一様に迷惑そうに門衛を睨んでいた。


「まあいいだろう。さっさと行け」


 門衛はラグナの入街を許可した。彼を人に害なす者ではないと判断したからだ。その判断の中には彼を見下す気持ちも含まれていたのだが、門衛は気づいていない。人を見下すという行為は、その相手に対して油断しているに他ならないことを。

 剣を返しながら、門衛は言った。


「あんた、いつまでも流れ者なんかしてないで、この街に落ち着いたらどうだ? ヴァトはいい街さ。流浪人を受け入れるだけの懐はあるぞ」

「ありがとう。でも、一応目的地はあるんだ」


 ラグナは、門衛の忠告を軽くいなして入街した。


「賑やかな街だな」


 ラグナは、思わず独りごちた。その言葉通り、街は活気に満ちていた。誰も彼もが忙しそうに駆け回り、空気は充分に張っていた。歩いているだけで、心が浮き立ってくる眺めだった。

 ラグナが最初に探したのはギルドだった。ギルドには職業別に色々あるが、ラグナの目的は、単発の仕事を依頼する、言わば雑務を紹介するギルドだった。多くの冒険者が出発の地点とし、そして帰ってくる場所だ。この街に住み着いて毎日のように通っている者もいれば、ラグナのように街から街へ渡り歩く者もいる。多種多様な人々が行き交うだけに、情報収集にはうってつけの場所とも言える。

 街人に所在地を訊きながら進むと、冒険者ギルドはすぐに見つかった。いくつものギルドが並ぶ通りの一角にあり、各々のギルドの前にたむろしている人たちの雰囲気がまるで違うのが面白い。

 よそ者は珍しくないはずなのに、ラグナが進むと絡みつく視線がいくつもあった。ラグナはそれらの視線を無視して、冒険者ギルドの扉を開いた。

 建物周辺から堅苦しかったが、室内の空気はさらにピリピリと肌を刺激した。雑用ともいえる仕事も紹介しているが、ここに集まるのは、ほとんどが危険を冒してでも金や名声を手に入れようと考える野心家だ。それだけに、お世辞にも柄がいいとは言えない者が多く、他人を出し抜こうとじっと機会を狙っている者もいる。全員が互いに対抗意識を燃やしており、その熱が空気を膨張させているのだ。

 ラグナは、まず掲示板をチェックした。仕事を得るためではない。求めている情報がないか確認するためだ。もし、この一帯にかつての仲間が潜んでいたなら、なにかしらの異変があるはずだ。強力な魔力で配下を増やしているなら、特定のデーモンが活発に動いているだろうし、そうはせずに自ら動いている場合でも、行方不明になった者や殺された者が急増している可能性が高い。

 感覚を研ぎ澄まし、僅かな違和感も見逃すまいと掲示板を凝視したが、特に引っ掛かる点は見いだせなかった。落胆と安心が半々となり、少し複雑に思う。

 次にラグナは受付に向かった。


「こんちは」

「いらっしゃいませ。仕事をお探しですか?」


 初めての客に、受付嬢はさり気ない視線でラグナを観察する。筋骨隆々ではないが、引き締まった筋肉はいくつもの修羅場を掻い潜った証だ。不快感を与えないだけの品格も身に付けているから、きちんとした教養も備わっていると判断してよさそうだ。流しの冒険者のようだが、かつてはどこかの領主に仕えていた騎士崩れの可能性がある。なにがあったのか知る由もないが、順風満帆の人生とはいかなかったことは想像できる。

 人生の負け組ね。ちょっといい男だけど、お金を持ってないんじゃね……。

 受付嬢はあっさり判断し、ラグナへの興味をなくした。それでも、内心を見透かされないよう、目いっぱいの愛想笑いをラグナに向けた。数多の有象無象を相手にして身につけた、皮の厚い笑顔だ。


「それもあるんだが……ひとつ訊きたいんだ」

「なんでしょう?」

「最近、デーモン討伐の依頼が増えてないかな? しかも、特定のデーモンの」

「特定の……と申しますと?」

「それがわからないんだ」

「デーモン討伐なら定期的に入ってきますが、特定のデーモンの依頼が増えたということは……」

「行方不明になった者の捜索とかは?」

「そういった依頼もあるにはありますが、増えたというほどでは……」

「そうか……いや、今の話は忘れてくれ。それで、俺にできそうな仕事はあるかな?」

「申し訳ございません。デーモン討伐は、最低でもお二人様からのパーティを組んでない方には、ご紹介できない決まりになってまして……」

「いや、デーモン討伐じゃなくても……」

「なんだニイちゃん。仕事にあぶれちまったか」


 会話に割り込んできた声に振り向くと、体格のいい男が立っていた。身長はラグナより頭一つ分高く、装備からデーモン退治を生業にしている者だとわかった。安物で固めてるが、いずれも新品同様に綺麗だ。


「なんなら、俺たちのパーティに加わらないか? 掲示板にインプ討伐の依頼があったから、これから片づけに行くんだ」


 冒険者同士、立場は同等のはずだが、明らかに上から目線で言ってくる。人に命令するのに慣れている者独特の喋り方だ。


「……数週間前から、この街で活動しているパーティで、必ず一人か二人スカウトしていくんですよ」


 受付嬢がそっと耳打ちした。言外には嫌悪感を匂わせている。さりげなく視線を巡らせると、周囲からの注目を集めていた。その目に好意的なものは一つもない。


「いや……デーモン討伐に拘ってるわけじゃないんだ。遠慮しておくよ」

「なんだよ。その背中のもんは飾りか?」


 小馬鹿にした言い方に、仲間から笑いが漏れた。四人で組んでいる一行のようだが、いずれも我が道を歩んできた者の寄せ集めといった感じで、年齢とは裏腹に中身は子供のように自己中心的でわがままなのが丸わかりだ。

 こういう輩は、やんわりと流すのが一番いい。正面から相手したら意固地になるし、無視すれば調子に乗って絡んでくる。ラグナは経験からそれを知っていた。


「こいつには使いどころがあるんだ。またの機会に誘ってく……」


 ラグナは途中で言葉を切った。視界の端に一人の少女を捉えたからだ。透き通る金髪は日光を反射せし輝く錦糸。深い碧を湛えた瞳は、夜空と月光の黄金色が混ざり合うタンザナイトを彷彿とさせる。年齢は十六、七歳くらいか。

 他の連中とは明らかにニオイが違う。いかにも駆け出しといった感じでおどおどしているが、同時に触れれば切れそうな鋭さも内包している。


「……その娘もパーティの一員か?」

「は、はい。イリア・バルトナーといいます」

「この娘も、さっき勧誘した即席メンバーさ。俺たちの中にはマーギアーがいなくてな。今回だけ力を貸してもらおうってわけさ」

「あんた、魔法を使えるのか。得意な系統は?」

「主に回復と防御を習得しましたが、火の系統も少し……」


 魔法とは精霊と契約を果たし、使役することで奇跡を顕現する技術だ。それなりの実力を示さなければ、精霊から認められずに契約すら結べない。

 イリアと名乗った少女は遠慮がちに言ったが、たいていのマーギアーは一つの系統を習得するのがやっとだ。二つもの系統を使える、すなわち複数の精霊に認められるマーギアーは、そうそうお目にかかれない。おとなしそうな顔をしているが、マーギアーの素質は一級ということか。


「気が変わった。俺も加えてくれ」

「なんだ? マーギアーがいるとわかった途端に参加したくなったか?」

「ああ。思ったよりも楽な仕事になりそうなんでな」


 ラグナが言うと、男はにぃっと歯を見せた。


「そりゃそうだ。楽して金が稼げるなら、それに越したこたぁねえ」


 受付嬢がなにか言いたげだったが、ラグナは敢えて気づかないフリをして背を向けた。強い視線を背中に感じる。まるで、凝視すれば言葉と同様に伝わると信じているかのようだ。しかし、それも無視してカウンターから離れた。

 かくして、ラグナはインプ討伐に加わることになった。

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