第1話 斥候隊が見たもの
ザバジ・アゥサーが隊長を務める一行が、廃城の正門にたどり着いた。彼らは王室直属の近衛兵の斥候隊である。先日、ヴォルフ・ガング討伐に赴いた七聖剣の騎士からの連絡が途絶えた。そのことを重く考えた丞相が、廃城に派遣した者たちだった。
ただの朽ち果てた廃城であるはずなのに、ヴォルフ・ガングが居城にしていると聞くだけで、戦意が圧迫される。異様な迫力を感じるのは、ヴォルフ・ガングの強力な魔力によるものか、あるいは自分の弱気が心を蝕んでいるのか……。
どちらにせよ、このままじっと立ち尽くしているわけにはいかない。自分たちは誇り高い立場にあるし、それに伴った重い責任もある。
「……行くぞ」
ザバジの合図で、斥候隊は影のように敷地に忍び込んだ。
隠密を旨とする任務であるため、人数はザバジを含めてたったの三人だ。厳しい訓練を乗り越えた選りすぐりの精鋭とはいえ、デーモンの群れに見つかろうものなら、たちどころに餌食にされてしまうことは想像に難くない。それだけに、一行を襲う緊迫感は生半可なものではなかった。
ただでさえ不気味な雰囲気で濁っているのに、先程から鴉が狂ったように鳴き続けていいる。見上げると、数えきれないほどの鴉の群れが乱舞しながら空を掻き回している。
「……ちっ。嫌な鳴き方しやがる」
ザバジが吐き出すと、部下のネバラ・ソーツが控え目に言った。
「鴉ってのは会話ができるそうですから、なにか噂しあってるんじゃないですか」
「会話? 鳥が?」
「人間ほどではありませんが、微妙なニュアンスで意思疎通をしていると聞いたことがあります」
「それが本当なら、大事件が起きたんだな。そうでなきゃ、あんなに大騒ぎはしないだろうよ」
「……確かに」
軽口を叩きながらも、周囲への警戒に怠りはない。三人は、デーモンに出くわすことなく城内への侵入を果たした。
ネバラは息を吐き出し歯を見せた。
「日頃の行いがいいからですかね」
「気を抜くな。もし、七聖剣の騎士が倒されていたのなら、ヴォルフ・ガングはこの奥にいるはずだ。我々は現況がどうなっているのか、なんとしてでも報告する義務がある。戦おうなどとは考えるな。生きて帰ることを最優先に考えるんだ」
緊張を解きかけたネバラは、再び背筋を伸ばした。ヴォルフ・ガング。名前を聞いただけでも畏怖の爪が食い込む対象が、この奥にいる……。
「ザバジ隊長」
もう一人の部下、ミュゼ・オウブがザバジを呼んだ。女性ながらに、ザバジのよきサポーターとして活躍している。常に凛とした態度で男勝りなところがあるが、今の声は微かに不安を滲ませていた。
「なにか見つけたか? ミュゼ」
「これを……」
ミュゼが視線で示した先には、デーモンの死骸が横たわっていた。しかも、一匹や二匹ではない。途中で数えるのをやめるほどの死骸が転がっており、奥へ行くほどに増えていた。
ザバジの全身に、一気に鳥肌が立った。
「剣を抜いて一列になれ。先頭は俺、殿はネバラだ。行くぞ」
心臓の音が漏れそうなくらいの張り詰めた空気の中、三人は列をなして奥へ進んだ。恐ろしい形相のまま息絶えたデーモンたちが、濁った眼でザバジたちを睨む。ネバラは、呪いで人を殺すことは、本当にできるかもしれないと思った。
凄惨な現場に、ステンドグラスの美しい光が映える。アンバランスな光景は悪趣味でグロテスクな文様を回廊に描いている。曲がりくねって方向感覚が麻痺していく中、徐々に外光が削られていき、否が応でも不安を煽った。
「……これって、七聖剣の騎士がやったんですかね?」
緊張に耐えられなくなりネバラは疑問を口にしたが、すぐにザバジに咎められた。
「黙れ。近いぞ」
彼が言った通り、玉座の間は目前だった。デーモンの王たる者として君臨しているからには、ヴォルフ・ガングの居場所はそこ以外にはあり得なかった。
ザバジが目で合図を送り、二人は剣を構えた。攻撃のためではなく、飽くまで不意討ちに対する防御の構えだ。
「状況を把握したら、すぐに逃げるぞ。ここまでの道順は、しっかり覚えてるだろうな?」
二人が無言でうなずくと、ザバジは覚悟を決めた。
扉が開け放たれ、中からは重厚な瘴気が漂ってくる。しかし、人間だろうがデーモンだろうが、生きている者なら必ず発する生命の脈動は一切感じ取れなかった。
慎重すぎるほどの動きで、ザバジたちは玉座の間に入り込んだ。しかし、押し殺していた感情は、眼前に広がる光景を前にして驚愕に変わった。
一際大きなデーモンの死骸がうつ伏せになっている。なぜかミュゼの頭には、脚から力が抜けてそのまま倒れ込んだ場面の映像が浮かんだ。
死してなお、見る者を圧倒する存在感。威風堂々とした様子。身に纏っている衣装や装飾品の高貴さ。間違いなかった。これは……この遺体こそが、ヴォルフ・ガングだ。
「ザバジ隊長……」
ネバラは呆けたような声を出した。突然突き出された事実を受けきれずに、思わず漏れ出た声だ。
「……ああ。これはヴォルフ・ガングだ。七聖剣の騎士がやったんだ」
ザバジが認め、やっと念願が現実となった。ヴォルフ・ガングは討ち取られた。デーモンの軍勢による侵攻はなくなったのだ。
三人に悦喜が迸った。デーモンの死骸だらけの城内に、歓喜の咆哮がこだまする。
「すぐに帰還しよう。このことを国王に報告するんだ」
まるで自分が手柄を立てたように嬉しかった。妻や娘の顔が浮かび、目頭が熱くなる。毎日のように人々の不安の声を聞いていただけに、一刻も早く報告して喜びを分かち合いたかった。ネバラは子供のように騒ぎ、普段はクールなミュゼも、少女みたいにはしゃいでいる。
心が隅まで喜色に染まるが、わずかに浮かれきれない点が残った。それは湧き上がる一つの疑問に他ならなかった。
「七聖剣の騎士は、どこに行ったのだ?」
ザバジは誰に問うことなく漏らし、ヴォルフ・ガングの死骸を見下ろした。
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