七聖剣の英雄

雪方麻耶

プロローグ

 静かだった……。

 あれほど喧しかった魔物デーモンのヒステリックな咆哮も、魔法による破壊音も今は止んでいる。荒れ狂った空気は鳴りを潜め、この世から音という音がなくなってしまったのかと錯覚する。

 七人が七人とも疲労困憊だった。体力も気力も、そして魔力も底まで使い果たし、突然訪れた静寂に身を委ねていた。

 遥か古に捨てられた廃城に築かれた魔王ヴォルフ・ガングの活動拠点。敵の進行を阻むための工夫だったのか、迷路のように複雑に入り組んだ通路。光さえも拒む最奥部で、たった今、七人の旅は終わりを告げた。


「……やった」


 静寂を破ったのは、ラグナ・フェアラットの声だった。

 勝利宣言にしてはあまりにも遠慮がちな一声だったが、それ以外の言葉が浮かばなかった。しかし、一度口にすると、曖昧な状態は確固たる事実となった。それまでは一滴しか垂らさずじわじわと紙に浸透するインク程度だったが、その上からさらに大量のインクをぶちまけたように、勝利の確信が一気に押し寄せた。


「やった! 俺たちはやったんだ! ヴォルフ・ガングを倒したっ! 世界は救われたんだっ!」


 ラグナの雄叫びに刺激され、残りの六人も歓声を上げた。激しい戦闘を経て、全員が満身創痍だったが、誰一人として痛みや疲れを漏らす者はいない。勝利の踊躍に酔いしれ、高ぶった気持ちが肉体に力を注いでいるのだ。多くのデーモンの骸が転がっている玉座の間に、冒険者たちの勝ち鬨がこだました。

 狂喜乱舞の中、真っ先に落ち着きを取り戻したのは、パーティのリーダー格、ティーガ・エスディだった。


「いつまでも、こうしちゃいられんぞ。早く戻って、王に報告しないとな」

「ああ。そうだな。ヴォルフ・ガングの首を持ちかえれば、国民も安心してくれる」

「そうすりゃ、俺たち英雄だぜ」

「七聖剣の騎士から七聖剣の英雄に昇格ってわけね。悪くないわ」


 極度の緊張から解き放たれたせいで、誰もが饒舌になっている。奇跡的な勝利を噛み締めている。


「ラグナ。おまえの剣が一番損傷が少ない。おまえがやれ」

「ああ」


 ラグナは、この廃城に乗り込んでから一度も鞘に収めていない剣を掲げた。魔王討伐のために国王より賜った一振りで、魔力を吸収する魔剣『リィヒト・ハルフィング』だ。

 パーティを構成する七人全員が、ヴォルフ・ガング討伐のために国王より魔力の宿った武具を賜っている。そのことから、彼らは『七聖剣の騎士』と呼ばれていた。


「気をつけて。伝説では、ヴォルフ・ガングを討ち取った者には呪いがかかると言われているわ……そのせいで帰れた者は一人もいないと。それに、ヴォルフ・ガングは何度でも甦って、何百年も人間を滅ぼそうと画策しているって……」


 パーティの仲間、ヴィーディ・ルチアが注意を促した。ラグナは剣を振りかざしたまま、ヴィーディに目をやる。

 その話は、パーティの全員が知っていた。いつから伝えられているかすら定かではない、ヴォルフ・ガングにまつわる伝説。これまで数多の冒険者がヴォルフ・ガングを討ち取ろうと旅立ち、そしてそのまま消えていった。その度に、人々の間にヴォルフ・ガングの脅威が深まるのだが、一つ奇妙なことがあった。数ある冒険譚の中には、討伐に成功したというものもあるのだ。しかし、ヴォルフ・ガングを倒して帰還した者は、ただの一人もいない。そんな矛盾する言い伝えから、魔王を討ち取った者には呪いがかかり、ヴォルフ・ガングは何度でも甦るという噂が広まり、童話にまでなっている。


「そんなのは、ただの言い伝えだって。今まで挑んだやつらは、単に失敗したってだけの話だ。俺たちは違う」


 同じく仲間の一人、アリオス・メアリが嘯いて、倒れているヴォルフ・ガングの頭に蹴りを入れた。当然、ヴォルフ・ガングはなんの反応も示さない。


「間違いなく、こうして仕留めたんだ。魔王だろうが魔獣だろうが、死んじまったもんになにができる」


 ラグナも同意見だった。魔王を倒すには、どんなに少なくとも七人は必要と言われていることや、選ばれた七人は影では七人の贄と呼ばれていることも知っている。しかし、それは魔王を恐れるあまり、伝承に尾ひれがついたに過ぎないと考えていた。


「さ、やっちまえよ。ラグナ」

「ああ……人間の世界を滅ぼそうとしやがって……」


 ラグナの脳裏には、ここまでたどり着くために経験した思いが渦巻いていた。嬉しい出会いもあったし、つらい別れもあった。けっして平坦な道のりではなく、心が折れそうになったことも一度や二度ではない。だからこそ、この首は確実に持って帰らなければならない。

 ラグナは両手で柄を握り、リィヒト・ハルフィングを頭上に掲げた。

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