第12節 ヒアリング

 中間報告した日の午後。あいにく外は雨模様です。



 クロエの指示通り、エッダたちは作業員へのインタビュー前に業務日誌を確認し終えました。



 雨音が強くなる中、まずはハイエルダールが日誌のポイントを確認します。


「まず1つ目は、拠点到着後の周辺調査だネ」


 パリスは初めて見る冒険者の調査が興味深かったのか、事細かに記載していました。また冒険者自身による報告書も添付されています。



「夜行性の動物や蛮族対策に夜は複数の冒険者が周囲を探索し、ケモノ道には罠も張って駆除。アンデッドなど不浄な魂がいないかは神官が確認」


 まとめたメモを読み上げ、ハイエルダールは更にこんな報告もしました。


「あとこの神官、作業員の中に蛮族が混じってないか、その正体を看破する呪文を使ったともあるネ」


 

 蛮族の中には、肉体を乗っ取り人間社会に紛れ込むタイプもいます。昨日までと同じ顔でも、それが昨日までの見知った人物と同一人物かどうかは分からない怖さがありました。



「他にも色々と対策してるし、総合すると完璧じゃないかネ」


 ハイエルダールにそう指摘されて、ヴェルナーも認めざるをえません。


 高位の冒険者がいた期間はアンデッドが出なかったため、調査に何らかの抜け漏れがあると想像していましたが、そんな様子は微塵もありませんでした。



 ただ、この時点では監視の話が出ていません。高位の冒険者ならカラスに気付いたはずですが、かなり遠巻きにしか監視していなかったのか、カラス以外の方法も使っていたのか。とにかく、この敵は無理をせず、リスクを徹底的に避けているようです。



    ◇



「2つ目はアンデッドだけど、冒険者がいなくなった翌日から連日だね」


 今度はヴェルナーがそう言いながら考察を付け加えます。


「毎日アンデッドは必ず1体だけ。元から1体しかいないのか? とにかく、この日誌にはアンデッドが出た具体的な場所が書いてないよ。もし場所に偏りがあるなら、そこに何らかのヒントがあるかも」



 これは、ヴェルナーが前回の冒険でも活用した手段です。見聞きしたことを実際の地図などに落とし込むと、見えてくる情報が増えるというのが彼の持論でした。



    ◇



「3つ目に火災の件だけど」


 アニエスがざっと読み上げます。


「不思議なことに、火災の日は大半が早いうちに眠り込んだみたい」


 そして、疑問も付け加えます。


「当日、どれくらい飲んでたんだろう。でも、みんなお酒は強そうだけどなあ」



 事実、4人は歓迎会当日の様子を思い出します。ジルベール配下の作業員に酔い潰れた者はおりません。


 しかし、業務日誌には酒に関して作業員から注文が多いのも事実です。エッダが読み上げます。


「飲酒量の制限撤廃に、ワインの支給量増加、あとは肉や甘味類をもっと提供してほしいとか。……う〜ん」


 作業員としての腕前は一流なのでしょうが、4人からすればどうでもいい要求ばかりです。しかし、この辺境で酒を唯一の楽しみにしていたのは間違いないようです。

 

 それを見越して、酒の中に睡眠薬を盛られたのではないか。4人はそう推察していました。


 監視し、資料室に潜り込むような相手なら、紛れ込んで酒に睡眠薬を混ぜ込むくらいはやりそうです。



 そして、大事な点がもう1つ。エッダはそこも読み上げます。


「消火活動に関する報告の中で、作業員の1人が消火中に、丘の向こうへ消えていく幽霊を見たって書いてあるよ」



 これは、初めて見聞きする情報でした。



    ◇



 その日の午後。


 こうして情報を仕入れた上でヒアリングに臨んだのですが……。



「容疑者めいた尋問はやめてほしい」


 最初の作業員にインタビューしようとして、真っ先に言われたのがこれでした。

 


 文字通り狭い世界です。


 失火ではなく放火だという話が出ているのは、ここにいる作業員なら誰もが知っています。


 彼らは放火を疑われて腹を立てていました。これは、エッダたちへの不満というより、騎士団による調査への不満が大きかったのです。



 おそらく、騎士団が「調査」ではなく「尋問」めいた口調になったであろうことは容易に想像できました。


 そこへまた、新たに来た冒険者からの再調査です。昨日まではエッダたちに悪感情もなかったのですが、中には今日からの調査を尋問と捉えた者もいるようでした。


 これは、ヒアリングの告知が、ジルベールと騎士団の連名で発布されたことも影響しています。騎士団の手先だと思われたのです。



「俺たちが放火するのは不自然じゃないか? 何の目的で? 得にならんだろ」


 何か聞こうとすると、作業員たちはみなこの調子です。



 年長者たちにそう言われ、ヴェルナーもハイエルダールも取り付く島がありません。それを見かねたか、珍しくアニエスが少し大きな声を出します。


「それを調べてるんです。でも、私たちは皆さんを疑ってるわけじゃありませんから。それに、聞きたいのは火災よりアンデッドのことが中心です」



 普段は穏やかな彼女ですが、種族の違いはあろうとも4人の中では一番の年上という自覚がありました。


 同じく若いとはいえ、パーティの年長者としての役目があるとアニエスは思ったのでした。そうして体を張ってくれるアニエスに、他の3人はありがたくも申し訳ない気がします。

 


 4人は、前回の冒険で行った村での聴き取り調査を思い出しました。あの時、村人たちはとても親切でした。それは、調査が自分たちのためにもなるからです。


 しかし今回は違います。

 作業員は被害者であり、被疑者でもあるのです。


 やむなく、4人は午前中のインタビューを早めに切り上げざるを得ませんでした。



    ◇



 その日の午後。


 まだインタビューできていない作業員を呼ぼうとしたとき、そこにクロエが現れました。


「よっ。今日は仕事も空いたし調査を手伝うよ」


 ヒアリングがうまくいってないという情報がクロエにまで届いたのです。



 そう言ってる間に対象の作業員が来ました。クロエは気軽に手を上げます。


「あ、ジョシュさんか、大変だよな、色々と聞かれてさ。あたしらに話す義理もねーのはよく分かってるけどさ、私は仲間が売られたケンカにやられっ放しは好きじゃないんだ。私らにケンカ売ったらどうなるか、目にモノ見せてやろうぜ」



 まだここに来て日が浅いのに、クロエが自分の部下でもない、ジルベール配下の作業員の名前をごく自然に呼びかけるのを見て、4人は驚きました。


 クロエはいきなり事件の本題には入らず、家族や出身地のことなどを話題にします。


 そして、作業員と同じ目線で一緒に事件を考えることで、尋問ではないと作業員に認識させたのです。



 その次の作業員も、またその次の作業員も、クロエは名前を知っていました。それは、クロエがこの何日かで自らの作業をこなしながら、今後の業務進捗のため、グループの垣根を越え気さくに話して回った結果です。


 4人は、場の雰囲気作りや人間関係の構築に差を感じます。


 誰とでも屈託なく話し、義理堅いクロエ。

 ふざけてるようで情に厚く、クロエはジルベールたちの為に嫌とも言わずわざわざここへやって来たのです。



 結局。


 気になる情報はあるものの、ハッキリしたことは分かりません。


 また残念ながら、アンデッドを見かけたという場所を地図に落とし込んでみましたが、全くバラバラです。



 疲れた感じの4人を前にして、クロエは見かねたのか、続きは明日にしようと言いました。


「キミたち、朝食前に訓練してるだろ。ちょっと運動に付き合いなよ」



(次回「クロエとの模擬戦」に続く)

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