第11節 中間報告会
クロエがカラスの存在を感知していた頃より少し前。
エッダたちは馬車の荷台で野菜に囲まれつつ、村から拠点への道中です。
結局、村の老人によれば、村だけでなく丘の周りも含め、親の代に遡ってもアンデッド騒ぎを聞いたことはないとのことでした。
探索行が空振りに終わったことで、みな無口になって馬車に揺られます。
沈黙が続き、ふとアニエスはイェルクに聞いてみようと思っていたことをこの機会にぶつけました。
「イェルクさんはクロエさんと仲がいいですけど、付き合いは長いんですか?」
イェルクは少し戸惑いつつも答えます。
「いやあ、歳が近くて今の職に就いてからはずっと一緒なだけで。まあ腐れ縁かな。彼女は昔、冒険者の元で色々と勉強して、それから正規に役人の試験を受けて合格したらしいね。その冒険者が神官だから読み書きから教えてもらったって」
すると、イェルクはヴェルナーのほうを見ました。
「そういう意味ではヴェルナーくん、キミんとこで修行してたんじゃないの? この間、ギルドでそんな話をしてたが」
ヴェルナーは過去の話を語ります。
「うちは父が遺跡関係の学者、母は神官戦士で、母は父の護衛をした縁で結婚したみたいで。それ以降、遺跡調査の際には母が冒険者パーティを手配してました。中には遺跡調査を手伝いながら母の修行を受ける人が何人かいましたよ」
へえ、そんな縁での結婚もあるんだね! とエッダとアニエスは盛り上がっています。その時ヴェルナーは、普段は無表情なミレーが、さも聞いてない風を装いながら御者台から聞き耳を立てていることを見逃しませんでした。
「そこからクロエさんは卒業ってこと?」
アニエスは重ねて聞きますが、ヴェルナーはまだ自分は小さかったので詳しくは知らないと答えました。
ヴェルナーは本当によく覚えていませんが、いつの間にやら母親がクロエを連れてきて、そのまま手元に置いて色々と面倒を見ていたことは思い出しました。
同時に、クロエが父母の下で手際よく色んな知識を吸収していったことも。
今はもう戻らぬ日々が懐かしく感じられます。
そんな話を聞いて、エッダは、クロエがギルドでヴェルナーを見つけた際、沈んだ様子で過去の話をしていたことを思い出しました。あの場の空気で何となく聞けずじまいでしたが、気になっていたのは事実です。
ヴェルナーもまた、今このタイミングなら、自然な流れでその話題に持っていける気がしました。イェルクやミレーがいますが、構わず話そうかと考えていたときです。
「拠点に着きましたよ」
折り悪く、御者台からミレーの声が響きました。
◇
「みんな、無事に帰ったか」
クロエが見ると、エッダたち4人は馬車から野菜を下ろしているところでした。
「……何やってんの?」
とクロエは聞きましたが、ヴェルナーは、冒険に出ると野菜と縁があるのでと言います。
「……まあいいや。みんなを集めよう。報告会だ」
エッダたち4人だけでなく、イェルクやミレーも部屋に呼ばれると、クロエにジルベール、それにパリスや分隊長も揃っています。
エッダたちが、村も含めて周辺の状況を報告すると、クロエがそれを労います。
「お疲れさん。ところで、前からその村に野菜の供給を頼んでたってのが気になるな。考えてみりゃ、王国関係者以外でも、ここに工事拠点ができるって知ってた奴はそれなりにいたってことか。で、これ幸いとこの地にいるアンデッドを有効活用してるとか? ま、その辺はもう少し情報がいるかな。ところでこっちも報告すべきことがあるんだ」
そこで、クロエはエッダたちが不在の間にアンデッド騒ぎがあったことを教えました。
「キミたちがいなくなった途端に出たんだから、やっぱり何か見張ってるね。それに、自分も感じたよ。視線を。監視されてるってやつだ」
クロエは腕を組んで考えつつ話します。
「もしアンデッドと監視が同一犯だとして、何で監視だけして交戦を避けるんだろ。やろうと思えば拠点を襲って全滅させて、それから見たい資料があれば自由に見ればいいんだ」
ハイエルダールは、
「ここを攻め落とす戦力がないからでは?」
と言いますが、ヴェルナーは、
「正体を知られたくないのかも」
と返します。
ジルベールはヴェルナーの意見に乗りました。
「だからこそ、正体を隠した隠密行動って言えば諸外国のスパイじゃないか?」
クロエはそうは思ってないようです。
「いやスパイの仕業だとしたらさ、もっと完全に正体を隠すよ。わざわざアンデッドを使うか? もちろん、アンデッドと盗み見は別の犯人かもしれないけどさ。それにスパイなら飲み屋で政府高官にしなだれかかって、重要な情報を聞き出すほうが早いって。定期的に情報は取れるし、引っ掛かる奴は多いんだから」
「……あなたの場合、引っ掛ける側で経験がありそうで怖い」
思わずイェルクは突っ込みます。
人をなんだと思ってるんだとクロエは言いたくなりましたが、ヴェルナーたちの前ではガマンだとこらえます。
次にクロエは、
「ところで、ジルベールは業務日誌とかつけてる?」
と、ジルベールに別の話題を振ります。
「無論だよ。混乱があってもそれくらいはやってるさ」
見ていいかとクロエに聞かれ、ジルベールは何が見たいんだと返します。
「アンデッドがいつどこに出たとか、色々と時系列で書いてあるんじゃないかと思ってね」
「なるほどな。それはパリスが保管してあるから見ていいよ」
とジルベールは請け合いました。クロエはそれに感謝すると、エッダたち4人に話を振ります。
「今日の午後は4人で業務日誌を見てくれ。その情報を頭に叩き込んだら、明日から作業員にインタビューしてほしい。アンデッドのことを中心に、あと火災でもなんでも、とにかく生の情報を確認してほしいんだ。それと」
ちょうど主要関係者が揃っているため、クロエはみなに注意喚起をします。
「監視って聞くと、誰かが物陰からってイメージしてしまうけど、これからは小動物にも気をつけてほしい。使い魔の可能性があるからな」
単なる文官であるジルベールにパリス、そしてイェルクは言葉の意味が分からず聞き直します。
「使い魔ってのは、魔法使いが使役する小動物で、猫やネズミ、あとはカエルや鳥なんかが有名だ。まだハッキリしないけど、特に今はカラスとかに気をつけてくれ。使い魔は、術者と感覚器を共有できる。使い魔が見たものは、術者にも筒抜けになるんだ」
そして、クロエが会議室の窓から飛び出した時の違和感などをみんなに伝えます。
更にこの際だからと、クロエは他にも魔法による監視方法を幾つか説明しますが、きりがありません。しかし、頭に入れておけばどこかで役に立つこともあるだろうとクロエは思いました。
ハイエルダールはうんうんと頷いています。この中では彼が最も魔法の知識を持っていますが、他のみんなは整理するので精一杯です。
4人は、ギルドマスターがクロエの実力を評価していることを思い出しました。事実、クロエのカラスへの気付きと反応は、その評価を裏付けているように思えます。
少なくとも、今の自分たちにはできない芸当でした。
(次回「ヒアリング」に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます