第10節 クロエの直感

 到着から3日目。つまり、洞窟や泉を回った探索行の翌日。

 


 エッダたちは丘の上に戻っていません。

 村がただでさえ遠いうえ、周辺探索しながらでは時間がかかり、村で一泊するはめになったのです。

 

 

 丘の上の拠点では、そんなエッダたちのことをジルベールが心配していました。


「キミんとこの冒険者、昨日は帰ってこなかったが大丈夫か」


 ジルベールは、パリスやクロエとの会議が終わってクロエへ尋ねます。


「子供じゃあるまいし。それに、騎士団からは村まで行くかもとは聞いてたから。今日の昼には戻るんじゃないの」



 もう昼だよとジルベールが言うのを後ろで聞きながら、クロエは水を貰おうと窓際に置いてあった水差しに近寄ります。



「でも、冒険者がいない時だけアンデッドが出るってのは本当だったんだな」


 エッダたちが到着した日、つまり歓迎会のあった日にアンデッドは現れず、いなくなった昨夜、アンデッドが出たとの報告があったのです。


 クロエは残念そうです。


「私が見に行ったときには消えてやがった。正々堂々勝負しろってんだ」


 そう言いつつ、アンデッドが再び現れたことでクロエは理解したことがありました。



 アンデッド使いは、とことんまで嫌がらせをして工事を妨害するつもりだと。

 そして、それができる背景には騎士団の質が絡んでいると。



 クロエの見たところ、分隊長は別として、各騎士の腕前はバラバラでお世辞にも練度が高くなかったのです。


 また一部ですが、娯楽もない辺境の警護を嫌って、あからさまな態度を取る騎士もいました。

 

 高位の冒険者は避けても、騎士団を避ける必要はない。そう思われているからこそ、アンデッドは騎士団だけの時に現れるのだと想像がつきます。


「舐められてるな。しかし、よく観察してる」



 そしておそらく、エッダたちが期限切れで帰任するか、その腕前が大したことはないと判断されたとき、また連日アンデッドが出てくるだろうことも想像できます。

 


 そんなことを考えつつ、クロエが壁にもたれて水を飲んでいたときです。


 ふと何かが気になって窓の外を見ました。



 そのまま無言で立ち尽くします。


 急に黙り込んだクロエに対し、どうしたとジルベールは声をかけましたが、クロエはそれには反応せず、窓の外に意識を集中しています。



 今、彼らは旧拠点1階の会議室にいます。


 するとクロエは、開いている窓から軽い身のこなしでヒョイと外に飛び出したのです。


 驚くジルベールとパリスを尻目に、クロエは窓越しに予想外のことを言いました。


「ジルベール、ちょっとウッカリしてた。そこの壁に立て掛けてある私の剣、取ってくれる?」


 ジルベールとパリスに緊張が走りました。



 クロエは、一振りの剣を受け取り周囲を見渡しますが、誰もいません。やむなく、旧拠点に沿って1周し始めました。


 その近くでは、たくさんの作業員が互いに大声で指示を出しており、クロエは集中が乱れます。



 ちぇっ、しかし真面目に働いてる奴らに、静かにしろとも言いづらいな。


 そんなことを考えつつ、クロエは、自分が何に気になっているのか考えつつ立ち止まります。すると、そこに作業員が寄ってきました。


「クロエさん、良かったここで会えて。イェルクさんが戻らないんで指示を……」


 

 アンデッド騒ぎによって業務をする場所も内容も縮小しているとは言え、やることは多いのです。そうしてクロエがつかまっている同時刻、旧拠点そばの別の場所でも問題が発生していました。



「そこ、ゴミを散らかすんじゃない」


 そう言って周囲に指示を出しているのはジルベール直属の部下です。ジルベールやパリスが会議中の今、彼は彼なりに旧拠点そばで現場を纏めまとようとしています。



「ほら、食べた弁当はきれいに片付けろって言ったろ? この駐留所だって古くから使われてる国の施設なんだ。大事にしてくれよ」


 その男性がそう言ってるそばからです。彼はうんざりしました。建物の影、先ほどクロエが外へ飛び降りた方向からカラスが飛んで来たのです。


「ほら見ろ、カラスが残飯を狙ってるじゃないか。うちのパリスさんはこういうの嫌いなんだよなあ。清潔にしてないと俺が怒られるんだからさあ」


 そう言いながら、彼は一緒になって残飯を片付けます。


 

 カラスたちは、彼の言うとおり残飯に興味があるのか、じっとこちらの様子を眺めているように見えました。また、別の何かを見ているようでもあります。


 彼はシッシッと言いつつ、カラスに小石を投げました。しかし、バカにしたように微動だにしません。


 ふてぶてしいなあと言いながら、彼は腰に手を当てました。



 その頃、クロエは作業員から漸くようや解放されていました。クロエはいよいよ何かを感じ、腰に下げた剣に手を掛けます。


 そして素早い動きで角を曲がった直後。


「うわ、何ですかいきなり」


 カラスを追い立てていた作業員たちがいました。



「……悪い悪い。ところで、何か変なことはなかった?」


 クロエはそう聞きましたが、


「いや、今キレイに掃除してただけ……」


 聞き終わる前にクロエはいきなりバッと振り返りました。


 作業員たちはビックリしましたが、そこには大きめのカエルが飛び跳ねているだけです。


 クロエは、顔を近付けてそのカエルを観察します。


 しかし。



「ちぇっ、ハズレか」


 驚く作業員を尻目に、剣を仕舞います。そして、ふとあることに気付いて作業員に問いかけます。


「なあ、もしかして、カエル以外に小動物を見なかったか?」


「み、見ましたよ、朝はネズミが、さっきもカラスが。それ以外にも小鳥やら何やら、こんな場所じゃ小動物だらけですよ」


 と言うと、その作業員は続けて声を上げます。


「あれ、さっきまでずうずうしく残飯を狙っていたのに、いないな」


 それを聞いて、クロエは独り言ちました。


「……監視、か。分隊長の言う感覚も分かってきたぞ」



 そこに、エッダたちが帰ったとの報せが入ります。


 ジルベールに言って全員に通達してもらうか。小動物に注意しろって。それから、夜だけでなく昼間も散歩がてら見回ったほうがいいな。


 クロエはそう考えながら空を見上げました。空には雲一つなく、澄み切った空気の中、カラスも含め鳥たちの姿は見えませんでした。



 こうして。


 作業員の陰ながらの清掃努力が実ったのか、それともクロエの巡回の賜物か、カラスはその翌日からかなり遠巻きにしか現れず、建物のすぐそばにまで来るようなことはしなくなりました。



(次回「中間報告会」に続く)

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