第13節 クロエとの模擬戦

 クロエは、練習用の木刀を持ってエッダたちを連れ外に出るとこう言いました。


「4人相手じゃ私も疲れる。まずは前衛のエッダとアニエスの実力から見せてもらおうか」


「それでも1対2ですよ」

 

 とアニエスは返しましたが、実践ならよくあることだろとクロエは返します。



 お互いが位置に付いた後。


 普段の穏やかな様子と違い、エッダとアニエスの表情が凛々しくなりました。防備の薄い2人ですが、いつも通りスピード勝負を仕掛けるつもりです。



 まずは挨拶代わりです。アニエスが力強く地面を蹴ると素早く距離を詰めます。

 

 そして低い姿勢から伸びをするように蹴りを放つと、そのスピードと相まってクロエは驚きましたが、後ろに飛び退きうまく避けました。もう無駄口はなしです。


 しかしこれはアニエスとエッダの作戦通りでした。後ろに下がらせることでエッダとの距離が開いた分、長い助走からエッダがいきなりトップスピードでクロエに切りつけます。


 アニエスが密着しているため、クロエは急速接近するエッダに手が回らないと想像しました。


 が、逆にクロエは端からエッダを相手にしない作戦です。


 素早くアニエスの体を盾代わりにできる位置に回り込み、エッダの剣と相対しないのです。



 相手が1人の場合、アニエスが手数を繰り出し単独で倒せるならそれで良し、手こずるならエッダが後ろから飛び出し急襲するのが1つのパターンです。


 エッダが踏み込むとアニエスがうまく呼吸を合わせて道を開けるのですが、アニエスが離脱しようとすると巧みにクロエも追随してアニエスの体に隠れるため、エッダも急ブレーキを踏むしかありません。


 それができるのも、クロエが目の前にいるアニエスからの攻撃を全てかわしているからです。

 

 アニエスの攻撃にふらついたり、もしくはアニエスにだけ意識を集中してしまう敵ならエッダの接近を許してしまうのですが、クロエは防御に集中して隙がなく、たまに剣を繰り出すとアニエスの足元ばかりを狙うため、アニエスも踏み込みが甘くなりクロエを置き去りにできないのでした。


 

 攻撃も全て避けられ、踏み込むこともできない。


 アニエスは、実際の戦場では許されないと思いながら、今は相手が1人という状況を利用しようと咄嗟に考えました。


 次の瞬間アニエスは自ら地面に倒れ込みます。どうやってもクロエが自分を盾に使えないよう、そして驚いて対応が一瞬遅れることに期待し捨て身の作戦に出たのです。


 エッダは一気に距離を詰めます。最短距離を勢いつけて飛び込みました。


 そして。


 まるで予想していたかのように、クロエはそれも避けたのでした。




「終了だ」


 クロエは汗を拭いつつ剣を置きエッダに話しかけます。



「エッダは動きが素早いね。知り合いのフェンサー(軽戦士)でも、キミの年齢くらいのときはもっと動きに無駄があったけどな」


 エッダは褒められても嬉しくはありません。勝てぬまでも少しはやり合えると考えていたのに、2対1での結果がこれでは……。


 情けないのか、エッダは俯き加減で立ちすくみます。



 普段は穏やかなのに、戦闘になるとこういう表情をするんだな。クロエにはそのギャップが意外です。



 息を整えながらエッダはクロエに聞きます。


「アタシの足りないところって何でしょう?」


 そしてまっすぐクロエを見ます。エッダは気付かれまいとしていますが、少し声が上ずっています。


「キミは庇護欲を掻き立てるなあ。こんな可愛い子に聞かれたら答えるしかないか。でも何が足りなかったか、自分ではどう思う? 自分で考えないと強くはなれない」


 クロエに逆に質問され、エッダは少し考えます。



「……スピード、ですか。全て避けられたし」


「私はそれより気になることがある。キミの動きはちょっと直線的すぎるな。華奢な分、スピードを付けて急所を打ち抜きたいって感じだ。でもさ、勢いがあるぶん避けられると反動がキツイ。直線的だから動きを読まれやすいんだ。それに」


 クロエはエッダを見据えます。


「アニエスと連携すれば、屋外なら通用する敵もたくさんいるだろう。でも、室内の場合も想定して技を磨いたほうがいい。分かってると思うけど、狭い部屋だと勢いをつけるスペースもない」



 次に、クロエはアニエスのほうに向き直りました。


「アニエスもすばしっこいね。手数が多くて私好みの戦い方だな。こちらが1つ打ち込むうちにそちらは2回打ってくる。でも」


「何かを思い切って仕掛けるとき、表情を変えたらダメだ」


 

 次にクロエは、アニエスとエッダ両方を真正面から見ました。


「エッダもアニエスも今日みたいに敵より動き回って長期戦になった場合、先に息切れするだろ? スピード重視の前衛だから、2人とも防備が薄い。だから疲れて足が止まり攻撃を躱せなくなると即致命傷になる。つまり粘る手段もないまま、すぐに後衛の魔法使い2人に敵が押し寄せる」



 そう言うと、今度は後ろで聞いているヴェルナーとハイエルダールの方を向いて言いました。


「そのまま全滅だな。ところで、冒険者と軍隊の戦い方の違いって何だと思う?」


 みな首を横に振りました。


「色々あるけど、1つは交代メンバーだよ。最前線の兵士に疲れが見えた場合、軍隊なら後詰の交代要員に任せて離脱できる。集団での戦い方だ。でも冒険者グループは普通は数人だ。交代したくとも交代メンバーは限られてるんだよ。そこでだ」


 クロエは次にヴェルナーを見据えました。


「ヴェルナー。前に朝練を見てたけど、神官としてはともかく、剣の修業を中断してたな」


 クロエは怒っているわけではありません。が、その視線と語調は鋭いものでした。



「2年前、お前の師匠に不幸があったから気持ちは分かる。でもこのパーティには前衛の交代要員が必要だよ。エッダとアニエスに疲れが出た時、態勢を整えるための時間稼ぎができる交代要員がね」



 そう言われてヴェルナーは、2年前の出来事と、同時に、ギルドマスターの言葉が思い出されました。前回の冒険で彼女が戦士として修行を再開するよう言った理由を今、クロエからハッキリ突きつけられた気がしたのです。


 いや、頭では分かっていましたし、だからこそ剣の修業を再開したわけですが。


 その横でヴェルナー以外の3人は、ギルドでのやり取りに続いてまた2年前という言葉が出てきたことが気になりました。



 クロエはニッコリ笑います。


「そう暗い顔すんなって。全部が揃ってるパーティなんてないんだ。たださ、自分たちの弱点を知っておくことが重要なんだよ。漫然と修行するのと、自分たちがどうあるべきかを考えながら修行するのでは効果が違う」



 そして、クロエはこう言って締めくくりました。


「冒険をしていると、自分たちの得手不得手が原因で行き詰まることはよくある。その時、なんとかできるのは自分たちだけだ。金をもらってるからにはプロなんだ。諦めずに考えれば、今までに得た知識や経験が役に立つ。きっと道は開けるよ」



 エッダたち4人は、それが剣のことだけでなく、作業員へのヒアリングのことも言ってくれているのだとすぐに分かりました。



「ありがとうございました」


 エッダとアニエスはクロエに一礼すると、アニエスは年上らしくエッダの肩を抱いて慰めています。


「本当に姉妹みたいだな」


 仲の悪い冒険者パーティをたくさん見てきたクロエからして、このパーティは長続きしそうだと思います。


 もちろん、生き残ることができればですが。



「ヴェルナー」


 クロエは最後に声をかけました。


「はい」


「私とここにいる間、毎日一緒に剣の修業をやろう。再開だ」



 その横で、なぜか魔法使いのハイエルダールがやる気を出していました。


「前衛の交代要員不足、か。だったら、こんな作戦もあるんじゃないかネ」



(次回「重要証言」)

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