第2節 最前線からの救援要請

 ギルドマスターの勧めに応じ、クロエとイェルクは、ヴェルナーたち4人の隣の席に座りました。



「ご存じの通り、街の北西部では交通網整備構想で多くの作業員や冒険者が働いています。と言っても、工事自体はこの街を出てまだすぐの所ですけどね。私はその工事現場の更にその先、工事ができるかどうか事前に地質調査すべく最前線の場所に赴任することになりまして」



 それを聞くと、まあそれはそれはとギルドマスターもその大変さを想像し声を上げます。


「クロエさんは遺跡や地盤の専門家でしたね。では、工事予定地の地質調査を?」


「ええ。たとえば、地盤崩落の原因になりそうな地下遺跡を避ける必要がありますから。軽い見立てはもう済んでいますが、本格的に調査します」



 ここハーヴェス周辺には、過去の時代の様々な遺跡の一部が未だに発見されずに眠っています。


 財宝だけでなく、強力な魔力を帯びた遺物が発見されるため、冒険者にとって遺跡は格好の冒険の舞台です。しかし、今回のような建設工事において、地下遺跡は地盤崩落の危険性をはらむため、事前の調査が必要なのでした。



 その時、お茶が運ばれてきました。クロエは厨房スタッフとも親しいらしく、気軽に手を振りながら、ここのお茶は美味しいんだよとイェルクに話しています。



 お茶で一服すると、クロエが後を続けます。


「私が赴任する調査拠点自体は、先行する同僚のジルベールが事前に構築していて、準備が整ったってんで呼ばれたわけですが……」


「赴任先はジルベールさんのところですか。当ギルドも彼の依頼で蛮族排除のために冒険者を派遣してますが、その作業が順調なわけですね」


 ギルドマスターの言葉にクロエは頷きます。


「確かに、各ギルドからトップクラスの冒険者をお借りできた甲斐あって順調みたいですよ。順調すぎて予定を繰り上げたほどですから」


 しかし、クロエは急に声のトーンを落としました。


「冒険者たちは調査拠点の安全を確保すると、更にその先にある蛮族が潜んでいそうな場所へ向かいました。つまり、今は調査拠点に冒険者はいません。騎士団の分隊はいますが」


「冒険者がいなくなってから拠点に問題が?」


「ええ。安全なはずの拠点で事件が起こったみたいですね。たとえば、火災とか」


 ギルドマスターは、おや? という顔をします。


「私はてっきり蛮族の襲撃があったのかと。そのお話だと、人間によるものですか?」


 クロエは首をすくめます。


「真相はよく分かってません。あと、どうやら幽霊騒ぎもあるようでして」


「アンデッド、ですか。しかし、不浄な霊魂が集まりそうな場所も含め、それこそ先行する冒険者が周囲を確認して回ったはずでは」


 ギルドマスターのその疑問はそのままクロエの疑問でもあります。

「そうです。だからこそ事情を確かめねばなりませんね」


 ギルドマスターは心配そうです。

「安全を確保できない以上、あなたがた地盤調査班の招集も延期すべきでしょう」


「確かに、イェルクたちは荒事に向いてませんしね。でも、せっかく予定より作業が進捗していたのに今回の騒ぎでしょう。このままでは時間ばかりが経過するので、ともかくやれることをやろうというわけで」



 そこにイェルクがぼやく感じで口を挟みます。


「本当は、我われは別の地域担当だったんですが。それが急きょ日にちも繰り上げてこちらの支援に回されまして」


 普通なら受けたくない話ですが、クロエはそれが自慢そうです。


「うちは信頼が違うから」


「うちはこういうの好きな人がいますから」


 イェルクにそう言われても、クロエは、名誉なことだろと笑っています。それから2人は、行こう、いや行きたくないという不毛なやり取りを延々と続けた後、ギルドマスターの視線と微笑に気付きました。目は全く笑っていませんが。



「……と、とにかく」

 

 クロエはギルドマスターにお願いします。


「急な依頼ですが、手の空いた冒険者を明後日から10日ほどお借りできますか? 手薄となった拠点の警護や、事件の調査のために」



 しかし、ギルドマスターは困惑気味です。


「そのような事情なら、追加の騎士団が派遣されて然るべきでしょう。それに今、冒険者の多くは出払っているのです。2日後となると……」


「騎士団からも追加戦力が出るそうですよ。でも私がほしいのは、一緒に状況を検討し分析できる冒険者です。もちろん強いに越したことはありませんが」



 そう言うと、クロエは急にニヤッと笑ってヴェルナーたち4人のほうを見ました。


「ところでキミたち、もしかしてヒマなの?」


 エッダたちは顔を見合わせます。今、彼らに合う依頼はありません。それを見て察したクロエは言いました。


「ちょうど目の前にパーティがいましたよ。このヴェルナーとはちょいと縁がありましてね。よければ、彼らを派遣してほしいんですが」



 しかしギルドマスターは軽々しく頷きません。必要となる人材像を改めて確認し、事件で気になる点を聞き出すと、しばし瞑目めいもくします。



 やがて、こう宣言しました。


「彼らはまだ若く、経験もこれからというところですが、前回の冒険では冷静に対処したと認識しています。では、彼らを派遣いたしましょう」



 それを聞くとクロエは嬉しそうに、

 

「へえ、ソフィアの姉御の覚えがめでたいとは、キミたちやるじゃん」


 と言いましたが、


「姉御?」 


 と、素早く反応したギルドマスターが、また静かに微笑みつつクロエを見ました。


 クロエは、優秀な冒険者が多いこちらに頼みに来て良かった、ねえマスターと言いましたが、ギルドマスターはじっとクロエを見て微笑むだけです。


 クロエは背中を汗が流れるのを感じました。


 

 こうして。


 ギルドマスターが具体的な冒険の依頼受付をスタッフに任せ席を立ったことはさておき。



 ギルドマスターがいなくなると、途端にクロエは肩の力を抜きました。

「ふう。お行儀良くするのも肩が凝るなあ」


「いや別に良くもなかったですけど」

 ヴェルナーはそう返しましたが、

 

「そうかな? ところで」

 と、クロエは声を潜めて言いました。


「ギルドマスターはさ、美人のうえお淑やかそうに見えるけど、怒らせると怖いから。気をつけなよ」


「……怒らせたんですか?」


「いや私の話じゃないって。聞いた話だよ」


 クロエはそう言いましたが、横でイェルクがクロエの顔をまじまじと見つめていました。


 

「さてと、これから一緒に仕事することが決まったんだ。仲間たちを紹介してくれよ」


 クロエにそう言われて、ヴェルナーが慌てて他の3人に向き直ります。


「みんな、タイミングを逃してごめん。この人はクロエさん。うちの母親が神官だった話は前にしたと思うけど、修行しながら遺跡調査を手伝ってくれてた人なんだ。クロエさん、こちらはエッダさん、アニエスさんにハイエルダールくん、自分の冒険者仲間です」



「よろしく。私はクロエ デュボア。こっちは副官のイェルクだ。ヴェルナーのお母様にはすっごい世話になってね。遺跡の勉強だけでなく、剣や神官の修行もさせてもらって、今の仕事に就けたのもそのおかげなんだ。みんな、今回はよろしく頼むよ」



 それを受けて3人も自己紹介します。


 ハイエルダールは珍しく少しぎこちない様子で挨拶します。この人には逆らわないほうがいい、何となく野生の勘がそう告げていました。

 


 そんなハイエルダールの気持ちは露知らず、


「クロエさん、よろしくお願いします」


 エッダとアニエスが立ち上がってそう言うと、クロエはすごく嬉しそうです。


「みんな素直でいい子たちだなあ。イェルクも見習えよな。ヴェルナーに会えただけじゃなく、こんな可愛い妹が2人もできて今日はホント最高だよ」


 はしゃぐクロエの横でイェルクは冷静です。


「また冗談ばっかり。3姉妹なら長女だけ年が離れ過ぎてるようですな。親子と言い間違えでは」


 クロエは、帰ったら一度ゆっくりイェルクと話し合おうと思いました。



 とにもかくにもクロエとイェルクは、4人に2日後の再会を告げます。


「じゃあ、2日後に街を出てすぐの工事現場に来なよ。そこから一緒に移動だ。ちょっと楽しくなってきたぞ」



(次回「魔導列車」に続く)

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