第2章 交通網整備構想の地で

第1節 知己との再会

「じゃあまたね、アンネちゃん」


 そう言ってエッダは女の子に手を振ります。すると、そのアンネと呼ばれた女の子の方も振り返って、


「今日はありがとう。またいつか、従姉のアイーシャも連れてくるからね」


 と言いながら、大通りを走っていきました。



 ここはアルフレイム大陸南西部、ハーヴェス王国の冒険者ギルド「草原への誘い亭」が位置する大通りです。


 アンネは、エッダたちが前回の冒険で知り合った子どもです。この街へは父親と共に朝市へ毎週来るため、彼女はギルドに少しだけ寄り道しました。


 前回の事件をきっかけに、アンネはエッダたちと仲良くなったのです。



 アンネが見えなくなるまで見送ると、エッダは建物の中へ入ろうとします。このギルドに初めて来たときは1人で中へ入るのも不安でしたが、今では次第に我が家のような感覚になりつつありました。



 エッダはこの草原への誘い亭に所属する冒険者です。彼女には、アニエス、ヴェルナー、ハイエルダールという仲間がいます。


 前回の冒険からしばらく経ち、次の依頼を求めていました。



 エッダがギルドの扉を開けて中へ入ったすぐ後です。

 

「おはよう、ギルドマスターはいらっしゃるかな?」

 

 2人の男女が続けて入ってきました。


 エッダから見て、この男女はハーヴェス王国でよく見かける役人の身なりです。女性のほうが自信ありげな物腰で、男性は後ろからついて来ています。


 迎え入れたギルドのスタッフは2人を知っていました。


「おはようございます。ああ、クロエさん。イェルクさんもご一緒ですか」


 そのギルドスタッフは少しお待ちをと言いながら奥へと消えていきます。



 エッダはそのやりとりを背にしながら、すぐ近くでテーブルを囲む3人の仲間のほうへ向かうと、


「じゃあ朝ごはんにしよっか」


 そう言って席に座ります。先ほどまで、4人はこのテーブルでアンネと話し込んでいたのです。



 そうしてみんながワイワイと料理を決めた後、ヴェルナーがギルドの厨房に何か注文しようと声をあげたときです。


 その声に聞き覚えがあったか、先ほど入ってきた女性がヴェルナーのほうに目を向けました。


「うん?」


 そう言いながらこちらのテーブルを覗き込んでいます。そしてヴェルナーの顔をハッキリ確認すると、嬉しそうな声を上げました。


「やっぱり。ヴェルナーじゃないか? ヴェルナー クライン?」



 ヴェルナーも声のほうを見やると、その女性は知り合いに会えた喜びからか、もうこちらに駆け寄ってきています。



 20代半ばくらいでしょうか。


 ショートにした明るい栗色の髪が活動的な印象を与えます。自信に溢れた立ち居振る舞いと、みんなの目を引く笑顔のおかげか、そこにいるだけで存在感がありました。くるくるとよく動く表情は、大人のような子供のような印象です。



 しかし、ヴェルナーは咄嗟に思い出せずにいました。その女性はため息をつきながらヴェルナーに語りかけます。


「まあ、すぐに分からなくても仕方ないか。今日は服装が役人そのまんまだし。ほら、クロエだよ。昔、キミのお母さんの下で修行してたろう?」


 すぐにヴェルナーもアッという顔をします。


「え、あ、クロエさん? すごく雰囲気が変わったんで、すぐに気付けませんでしたよ」


 そう言われて、そのクロエという女性は誇らしげです。


「だろ? 私も落ち着いたからなあ。今じゃ色々あってこのハーヴェス王国で遺跡関係の仕事をさせてもらってるんだよ」


 そう言って役人の制服をこれみよがしに見せつけました。



 すると、隣に控えていた男性がすかさず一言入れます。先ほど、ギルドスタッフがイェルクと呼んでいた人物です。年齢はクロエとほぼ一緒でしょう。あごひげが特徴的な人物です。


「話の腰を折ってすみませんがね、この青年は雰囲気が変わったとしか言ってません。落ち着いたとは一言も言ってませんよ」


 クロエは、ほぅという顔をしてイェルクのほうに向き直ります。


「役人らしく言葉の正確性を求めるのは嫌いじゃないがね。でも自分で言うのも何だが、見た目だけじゃなく精神的にも落ち着きが出てきたのは確かなんだ。昔からの知り合いはみなそう言うぞ」


 今度はイェルクがほぅという顔をします。


「落ち着きが出るって言葉の意味、皆さん一度よく調べられた方がいい」


 しかしクロエはもうそんな話を聞いてもいません。イェルクの言葉が終わらぬうちにヴェルナーの方へ向き直りました。少し表情が沈みます。


「あの件のこと聞いてるよ。私はその場にいなかったのが本当に悔しくてさ。今でもいたたまれない気持ちになるんだ。キミはあれから大丈夫だったか?」


「もう2年ですからね。自分はもう大丈夫です」



 エッダたちにはヴェルナーとクロエが話している内容は分かりません。その横でクロエは話し続けています。


「色々と話したいことがあるなあ。キミの家族のことだけじゃなく他にも……そうだよ、そもそもなんだってこんなところにいんのさ?」


 それに対し、冒険者になったんだとヴェルナーが言ったその時です。


「おはようございます、クロエさん。『こんなところ』とはまたご挨拶ですね」


 みんなが振り返ると、いつの間にやらギルドマスターがすぐそばで微笑んでいました。


「っと、マスター ソフィア」

 

 そう言うと、クロエは慌てて丁寧にお辞儀します。エッダたち4人は、このとき初めてギルドマスターの名前がソフィアだと知りました。



「朝からお騒がせしてすみません。マスター ソフィア。こんなところってのは、まあその、いやお元気そうで何より。それよりそう、実は街を少し離れることになりましてご挨拶を。あと、私の職場で事件がありまして。お願いがあって来ました」


「クロエさんの周辺に手を出すとは、とんでもない命知らずがいたものですね」


 そう言ってギルドマスターは笑っています。

 クロエのほうもそんな反応には慣れたものです。


「正確には、事件が起きたのはこれから私が赴任する仕事場ですからね、被害にあったのは私の同僚です。でも」


 クロエは不適な笑みを浮かべました。


「私の同僚に手を出されたとあっちゃ、やられたままってワケにいきませんからね」



 イェルクはそんなクロエに慣れっこなのでしょう。いつものことだと言わんばかりの様子です。



 ギルドマスターは呆れていました。


「それで、何があったのです?」



 

(次回「最前線からの救援要請」に続く)

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