第14節 エピローグ
ようやく4人は洞窟に辿り着きました。
そんなに距離はないはずですが、手足が重く、行きの倍は時間が掛かったように感じます。4人は到着するや否やへたり込みました。
「もうゴハンを作る元気もないね」
エッダからゴハンという単語を聞いて、他の3人は反応します。
「今日はもう何も食べたくないや」
嘘でも偽りでもなく、ハイエルダールはもうクタクタです。その場にバタンと倒れこみました。
しかし、獣除けのために焚火だけは急ぐ必要があります。疲れた体に鞭打って、ヴェルナーは火を起しました。日が暮れてうすら寒くなる中、みな無口になって火を見つめます。
◇
しばらくして。
アニエスがハッとして飛び起きると、ヴェルナーが1人で焚火の番をしていました。
ヴェルナーはアニエスが目を覚ましたことに気付くと、他の2人がまだ寝ているため、寝てていいよとアニエスに小声で語り掛けます。
アニエスはつい寝てしまったことを謝りましたが、ヴェルナーは全く気にしていません。
「初の冒険でみんな精神的に疲れたのはあるけど、蛮族の激しい攻撃を一番受けたのはアニエスさんとエッダさんだからね。これくらいは任せてよ」
そうは言いますが、ヴェルナーだって身を挺して蛮族の攻撃を受けているのです。
アニエスはヴェルナーに感謝しますが、起き出したのには理由がありました。
「何か料理を作ってるの?」
辺りには良い匂いが立ち込めていたのです。
ヴェルナーは、スープをかき混ぜながらアニエスにそれを勧めます。
「夜は疲れて食べなかったろ? 見張り番してるうちに、お腹が空いちゃってさ。あり合せで作ったスープだけど、一緒にどう?」
そう言われて、アニエスもお腹が減っていることに気付きました。
こうして2人がスープを取り分けようとしたとき、エッダとハイエルダールも起きてきました。
「あれ、いつの間に寝てたんだろう」
申し合わせたように2人はそう言うと、やはり寝てしまったことを詫びました。
しかし、起きてきた理由はアニエスと一緒です。
「すごく良い匂いだネ」
と、何も食べたくないと言っていたハイエルダールでしたが、一眠りして元気が出たのか、クンクンと鼻を動かしています。
それで4人は真夜中に揃って食事することとしましたが……。
「美味しい」
エッダは一口食べると、ビックリしたようにヴェルナーの顔を見ました。
「さすが、食べ歩きが趣味ってだけのことはあるね!」
アニエスとハイエルダールも盛り上がっています。
「自分は母親を手伝って食事当番してたからね。父親も妹もその辺はまったくダメだったし」
「妹さんがいるの?」
とアニエスがその話題に食いつきます。
ヴェルナーは、言わなくてもいいことを言っちゃったなあという顔になりました。
「妹さんってどんな人?」
とアニエスは重ねて聞きましたが、ヴェルナーは、父親の手伝いで遺跡の調査をしてるよとだけ言いました。
「へえ。また機会があったら、よければ紹介してね」
とアニエスは言いましたが、ヴェルナーはう~んと唸ります。
遺跡以外に興味のない、あのズボラな妹を?
ヴェルナーはその後もずっと、う〜んと言うだけでした。
「そ、そんなことより」
エッダが話に割って入ります。
「スープ以外も色々と作れるの?」
とエッダが聞くと、
「家庭料理ばかりだけどね」
そうヴェルナーは返しました。
それを聞くと、エッダは尊敬したように言い出したのです。
「ねえ、もし良かったらお料理教えてくれないかな?」
ヴェルナーはちょっと困った風です。
「いやあ、人に教えるほどの腕前じゃないよ。自己流だしね」
「でも、これから一緒に冒険を続けていけば、どうせ料理をする機会はあるんだから。だめかな?」
とエッダがお願いすると、ヴェルナーも意地悪をするつもりはありません。お役に立てるならと言いました。
エッダはとても嬉しそうにお礼を言います。
「ありがとう! じゃあこれからは私が剣の師匠、ヴェルナーくんが料理の師匠ね」
「ああでも」
と言って、ヴェルナーはエッダをまっすぐ見つめます。
「代わりに自分がお姉さんとレストランを開いた方が手っ取り早いよね」
その発想はなかったと言わんばかりに、それを聞いてエッダは慌てます。
「そんな未来はありえません。……ないよね?」
しかしアニエスとハイエルダールは、その方が店は繁盛するかもしれないと一瞬考え、5番テーブルあがったよーなどと、まだ見ぬお姉さんと一緒に店を切り盛りしているヴェルナーの姿を想像して笑ってしまいました。
◇
さて、ひと段落するとアニエスがこんなことを言い出しました。
「ところで、さっきほら、エッダさんもこれから一緒に冒険を続けるならって言ってたじゃない。そのこれからのことなんだけど」
そして他の3人の顔を見渡すと疑問をぶつけます。
「色々あったけど、でも今回の冒険は結構うまくやったんじゃないかな。少なくとも私はそう感じたんだけど、みんなはどう? この4人でやっていけそう?」
その口ぶりからして、アニエスはこのパーティを続けたいようです。
すると、真っ先にハイエルダールがその話に反応しました。
「いやあ、ボクはみっともないところを見せちゃったからね。もしみんなさえよければ、そりゃボクからもお願いしたいけど……」
ハイエルダールは、敵に相対した際にうろたえてしまったことがよほど悔しかったようです。
ヴェルナーも自分の経験不足に思うところがあるようで、少し遠慮しています。
「自分も反省のほうが多かったよ。戦いの作戦を立てる時、見過ごしてることが多かったしなあ。そんなんでみんなの役に立てるかなあ」
みんなの話を聞いて、エッダは少し慌てます。
「でも、いくら強くても倒れることはあるのに、アタシたちは全員が無事に生き残ったんだから。それはとても大事なことだと思う。きっとこのパーティには運もあるんだよ」
「でも、エッダさんはレストランを開くんでしょ?」
アニエスは、エッダが真っ先にパーティから外れてしまうのではないか、元よりそんな不安を抱えていました。
しかし、エッダは考えながらもこう答えました。
「それはまだ将来の話だし、そもそも資金が集まってないんだもの。大きな遺跡調査の話でも舞い込んで、そこで財宝とか見つけなきゃ。それに……」
「やっぱり、もう少しだけ世界を旅してみたいかな。まだ冒険者としては始まったばかりだし、人の役に立てたっていう充実感ももっと欲しいし」
それを聞いて3人は、やはりエッダの将来はレストランの共同経営者ではなく、冒険者が相応しいと感じました。
彼ら3人は、まだ出会って間もない仲間の将来に口出しするようなタイプではありません。しかし同時に、もったいないとも思うのです。
エッダのお姉さんがどんな人で、何があったのかはまだ分かりません。しかし、お姉さんがエッダの言う通り本当に優しい人であれば、自分の人生に妹を付き従わせるような人じゃない、そうも思えてくるのでした。
そして何より。
エッダは料理人というタイプではありません。
「これじゃあ冒険者ギルドに集まった初日と逆で、エッダさんがパーティを組むのに一番積極的じゃないか」
ヴェルナーは笑いながら、初日のことを思い出しました。
そう言われて、他の3人も出会ってから今日までのことを思い出していました。
しかし、自分自身の腕前に不安を覚えるところはあっても、このパーティ自体にはこれまでのところ不満はないのです。
「私は、みんなとこのまま続けていきたい」
アニエスはハッキリと宣言しました。
「そうだね、じゃあ料理も冒険も、どっちが先にうまくいくか分からないけど、自分からも改めてよろしく」
ヴェルナーも前を向きました。
「料理も冒険も、長く険しい旅になりそうだけどネ」
ハイエルダールがそう茶化すとみんな笑っています。
そして。
3人は改めてエッダを見ました。
「アタシは、初めて冒険者仲間ってどんなものか実感できて良かった。さっきも言った通り、すぐにレストランを開く予定はないから安心して。だから、もしみんなが受け入れてくれるなら……改めてよろしくね」
エッダは少しはにかみつつ、みんなに微笑みかけました。
その切れ長の目には、冒険者ギルドで会った初日以上にハッキリとした意思が見て取れます。
こうして。
4人はこの小さな旅で連帯感を育みました。
そして、あらためて今ここに、ハーヴェス王国の片隅で、正式に1組の冒険者パーティが誕生したのでした。
(第1章「はじまりのとき」完)
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