第13節 黒い予兆

 戦いが終わって。



 4人は今、ボルグらを倒した後、ヴェルナーが仲間の傷を癒し応急手当をしたところです。


 もう少し実力があれば楽に倒せたかもしれないのに。

 それは4人に共通した思いでしたが、無事に生き残ったことは事実です。疲れ切っていましたがやり遂げた充実感もありました。



 その時です。


 倒れたボルグの胸のあたりがいつの間にやら光っています。よく見ると、小さな金属片のようなものが出てきました。

 

「これ、剣のかけらだわ」


 アニエスは前に見たことがあるようです。


「体の中の魔力が結晶化したものって聞いたことがあるよ。持って帰れはギルドが引き取ってくれるかも」



 ヴェルナーもそれを見たことがありました。


「そう言えば大人たちが集めてたな。なぜか強い蛮族ほど持ってるって。でも、こんなに間近で見たのは初めてだよ」



 この剣のかけらが実際にはどういうものなのか、実のところ詳しくは分かっていません。しかし、大きな都市になればなるほど、この剣のかけらには需要がありました。と言うのも、各国の都市には「守りの剣」と呼ばれる対蛮族防衛装置が設置されており、剣のかけらにはその守りの剣を強化する効能があるからです。


 この守りの剣に高位の蛮族が近付くと、激しい吐き気や苦痛に襲われ、ひどい場合は身動きすら取れなくなると言われています。


 ただし、ゴブリンのような低位の蛮族にはそれほどの効力がありません。

 一般的には、高位蛮族であればあるほどその魂が穢れけがれているため、守りの剣の力に反応するからだ、とされています。

 

 そのため、冒険者が今回のように剣のかけらを持ち帰ることは、守りの剣を維持強化するうえで非常に重要な任務なのです。


 特に、300年前に蛮族が人族へ仕掛けた戦争のせいで多くの守りの剣が破壊されて以降、その任務の重要性は増しています。

 数を増やそうにもその製法は失伝している以上、大都市でさえ守りの剣の数は足りておらず、そんな状況で維持強化を怠りその機能が失われてしまうことは、絶対に避けねばならぬことでした。



 とにもかくにも、4人は剣のかけらを持ち帰ってギルドマスターに見てもらおうと思いました。



    ◇



 目新しいものに触れ、4人は少しだけ高揚しましたが、それも終わると緊張の糸が切れる寸前です。


 4人は空を見上げます。

 ゆっくりしているとすぐに夜を迎えそうです。


 

 彼らは最後の気力を振り絞り、念のため建物の中を覗き込むことにしました。


 蛮族の匂いが部屋に染みついていて嫌な気分になりましたが、狭い小屋のことです。棚や物置はあるものの、調査に時間は掛かりません。


 その昔に狩人が置いていったのでしょうか。壁には弓矢や小刀などが整然と並び、棚には羊皮紙などがあるだけです。


 すぐに見るものもなくなると、ヴェルナーは横で話し込んでいる女性陣2人に声を掛けます。


「何かあった? そろそろ出る?」



 ヴェルナーにそう言われて、エッダとアニエスは振り返りました。エッダは右腕で左腕を押さえています。魔法による回復も万全ではないのです。


「……ううん、何もないかな。出ようか」

「ふうん? 何か気になることがあれば言ってよ」


 そうヴェルナーに促されると、エッダとアニエスは顔を見合わせます。


 しかし、隠すようなことでもありません。

 どうでもいいことだと念押ししながら、2人が気になったことについて、アニエスが代表して教えてくれます。


「今更なんだけど、なんでこの時期に村の近くへ来て悪さしてたのかなって。うちの故郷でも、はぐれ蛮族が人里を襲うことはあったけど、大体は食料が乏しい冬の間が多かった気がする。でも今は春も終わりが近いでしょ。まあ、春や夏に出てきちゃいけないわけじゃなし、気にしてなかったけど。ただ、さっきのゴブリンたちもそんなにやせ衰えてる感じもなかったしね。この小屋の中も意外に整然としてると言うか、殺伐とした感じがないかなって」



 ヴェルナーはそれに対する答えを持ち合わせていませんでした。


 アニエスも言う通り、季節に関係なく蛮族は出てくるものです。ただし、冬場は飢えを凌ぐため里に下りてくるというのもよくあることでした。


 これだけ羊を盗めば、飢えも満たされたことでしょう。痩せてなくとも不思議でないのかもしれませんが、そうやって考えるとヴェルナーにも1つ気になる点はありました。



 凶暴なボルグが統率していた以上、腹具合とは関係なく頻繁に村を襲って荒らしてもいいようなものですが、定期的に家畜を襲うだけというのは、少しおとなしい気もするのです。


 それの何が問題なのかと聞かれたら返答に窮するきゅうするものの、定期的という部分は蛮族にしては律儀すぎるきらいはありました。


 しかしこれも、食料が手に入る場所を見つけたからこの場に長く居座ろうとしていただけかもしれません。



 いずれにせよ、ヴェルナーにはもう考えるだけの余力は残っていません。その横でハイエルダールが外に出ようとしましたので、釣られてみんな外へと出ます。


 日暮れが近くなっていましたが、蛮族の匂いが染みついたこの部屋で眠ることは嫌でした。ここへ来る前に見つけた、荷物を置いたままにしている洞窟へと移動を始めます。もちろん、羊を2頭連れてです。


 エッダとアニエスが先頭、ヴェルナーが2頭の羊を追い立てながらその後に続き、ハイエルダールが足元に気を付けながら少し遅れてモタモタと付いていきます。



 その時、バサッという音がしてハイエルダールは後ろを振り返りました。


 見ると、1羽のカラスがちょうど飛び上がったところでした。

 他に飛び立つ鳥はいません。


 ハイエルダールはため息をつきました。


「はあ、いつからいたか知らないけど、特等席で戦いの見物をしてたんなら楽しめたかい? まったく、このカラスみたいに全て終わってから飛んでってくれたら、あんな苦戦もしなかったのにな。他の鳥も見習ってほしいよ」



 そのとき、置いてっちゃうよ~というアニエスの声がしました。


 待っておくれよ~とハイエルダールはピョンピョン飛び跳ねながら慌ててその場を離れます。もう大きな音を立てても大丈夫です。



 その後ろで、カラスは一度二度と彼ら4人の上空を旋回すると、何処ともなく消えていきました。

 


(次回「エピローグ」に続く)

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