第3節 魔道列車

 クロエと約束した2日後の朝。



 4人はギルドの入り口前に揃っています。


 そこへギルドマスターが顔を出しました。

 髪の毛を風に流されるに任せ、静かで凛とした立ち姿を見ると、4人は旅立ちを前にそれだけで加護を得た気になります。



 前回の旅と同様、ギルドマスターは4人に伝えておきたいことがありました。


「たまたま適当な冒険者がおらず、やむなく皆さんに仕事が回ってきた、そのように感じているかもしれませんね。しかし、それは間違いです」


 そう言うと、ギルドマスターは4人の顔をまっすぐ見つめます。


「もちろん、クロエさんや騎士団の実力も加味した面はあります。しかし私は、できそうもないことを、できそうもない人に頼むことを嫌います。前回の冒険を見て、皆さんなら立派に務めを果たす、そう考えたからこそクロエさんの提案に乗ったのです」



 それを聞いて、ヴェルナーは気になっていたことを聞いてみました。

「クロエさんのこと、評価してるんですね」


「ええ、それはもう」

 と、ギルドマスターは微笑みました。


「面白い経歴の方ですね。遺跡関係に詳しく、並の冒険者以上に実力もありますから。何より今回のように様々な事件が同時に起こっている場合、その機転と柔軟さにおいて、私は彼女の実力を信じます」


 ヴェルナーは、自分の知人がこうも称賛されると、少しくすぐったいような気持になりました。



「1つ付け加えるとすれば」


 そう言うとギルドマスターは、


「もう少し、落ち着きが出てくれば良いのですが」 


 と、母親のような口調で嘆息しました。


 クロエは自分で落ち着きが出てきたと言っていましたが、周囲の評価とはかみ合っていないようです。エッダたちは苦笑いするしかありません。



 しかし、ギルドマスターはまた真剣な顔つきに戻ります。


「とは言えそれは些細なこと。基本的に、彼女は思うように行動する正直な人なのです。かつて、私は彼女の活躍を見ました。それ以来、私はその類まれな対人能力や直感力を信頼しています。あなた方が困難に直面したとき、必ずや彼女の助力が得られるはずですよ」

 


 こうしてギルドマスターは、クロエとよく協力するようエッダたちに念を押すと、彼らが見えなくなるまで見送ります。



 見送りながらも、ギルドマスターには1つだけ気になることがありました。


 いくら交通網整備構想で冒険者の需要が増えたとはいえ、この忙しさは異常ではないか、と。


 長年の勘でしょうか。しかし、出立する4人を前にして不安をあおるようなことはしません。


 いずれにせよ、安全な冒険などありえぬのです。冒険者としてやっていくと決めた以上、何が起ころうと自分たちで乗り越えねばならぬことでした。

 


    ◇



 4人は石畳の大通りを過ぎ、ハーヴェス王国の首都であるこの街と外界を分け隔てる城壁の前に辿り着きました。


 更にその城門をくぐり、水の都らしく城壁を取り囲むようにして流れる川を渡ると、一転してそこには人工物もなく、どこまでも続く青空と平原地帯が広がっていました。



 川沿いを行くと、豊かな水量を湛える川からは初夏の匂いが感ぜられ、キラキラと水面みなもが乱反射しています。その土手には木々の緑が競い合うかのようにして川面に彩を与えます。


 エッダはこの季節に木々を見上げたとき、勢いよく放射状に伸びゆく枝葉を通して見る木漏れ日が好きでした。


 冬は既に遠く、春も終わりを告げた眩しい風景に、エッダだけでなく他の3人も高揚しワイワイ喋りながら歩を進めます。



 前回の旅では北東へと進路を取りましたが、今回は北西です。しばらく行くと、喧騒が周囲を覆いました。


 たくさんの作業員たちが鉄製のレールを地面に敷いています。作業員は人間だけでなく、手先の器用なドワーフらも混じっているのが遠くからでも体格差で分かりました。


 その周辺では、魔力で動作する作業用機械が、人と人の間を忙しなく行き来し資材を運んでいます。


 彼らはレールを少しずつ繋げていました。普通の道路ではありません。魔力で動く列車が、この地に敷かれる真新しいレールの上を走るのです。


 ここが、交通網整備構想の現時点での中心地です。そしてこれこそ、交通網整備構想の中核事業でした。



 みな、それぞれ聞いたことがあります。


 大陸のもっと北部に行けば、魔導列車と呼ばれる馬車よりも早い乗り物がレールの上を走っていること、そして、そのレールを大陸南部にある貿易の要衝地であるここハーヴェスにも延ばそうとしていることを。



 まだその魔導列車なるものの姿はお目見えしていませんが、物知りなハイエルダールはそれがどういうものか知識の上では知っていました。


「なんでも、沢山の人が乗り込めるように列車というものは数珠つなぎになってレールの上を走るそうだよ。もちろん、人間だけでなく物資も運べるから、これが成功すれば交通網だけでなく輸送網も大破局より前の状態に戻るらしいネ」



 300年前の大破局と呼ばれる蛮族との戦争以前、この大陸全土で多数の魔導列車が走っていたことは他の3人も知ってはいます。しかし、この地に住む人で実際にそれを見たことのある人は、北部へ旅をしたことがあるか、寿命の長いエルフなどを除けば基本的にいないはずです。


 それが今、ようやく復興への一歩を踏み出し始めたのでした。



 アニエスにはそれが絵空事のように感じられます。

「ねえ。その魔導列車って、当時はどうやって動いていたの?」


「走りながら、大気中のマナを取り込んで動力を精製していたらしいよ」


「……へえ」


 アニエスは、自分で聞いておきながらひどい反応だと思いつつ、それがどういう代物なのかピンときませんでした。同じ原理で動く飛行機や船もありますが、大破局でその数を減らしたため、話しているハイエルダールだって現物は見たことがないのです。


 しかし。


 よく分からないがゆえに、なにか凄いものがこの地に来ると想像し、それだけで目の前の光景が素晴らしいもののように写ります。



 その時、遠くから資材運搬の馬車が近付いてきました。その中には冒険者も混じっています。彼らは、蛮族や盗賊の対策で資材調達の護衛を任されているのです。



 そんな風景を見ながら4人は作業の隙間をぬって進んでいくと、


「おーい、ここだよここっ!」


 目ざとくもクロエが4人を見つけました。今日のクロエは役人の服を脱ぎ棄て、動きやすくかつ夏を先取りして涼やかな出で立ちです。それは軽装備の冒険者のようでした。



「ちょっとした眺めだろ?」


 と、クロエは自らが工事を指揮していたわけでもないのに、自慢げに胸を張ります。


「もう出発の準備はできてるんだ」


 クロエに促されて4人があとに続くと、少し先でイェルクが待っていました。彼もまた親しげに4人に手を振ります。



 クロエたちは、ここで物資の一部を受け取り、作業員たちを引き連れて、馬車でさらに北西へと進路を取る予定です。


 エッダたちは、その一団に入ると馬車に乗せてもらいました。前回の冒険とは違い、王国のしっかりした馬車です。


 この工事現場では、みなそれぞれ自由な服装ですが、クロエに同行する作業員は、王国から支給された揃いの作業服を着ていました。



「ちょっと遠いから。くつろいでなよ」


 クロエはそう言って自らも馬車の中でくつろぎ始めます。



 彼らが目的地に到着したのは夕方でした。



(次回「最前線の拠点へ」に続く)

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