第9話 調査3日目~会敵

 次の日、つまりギルド出発から3日目の朝。

 

 野外で一夜を過ごしたせいで、4人はあまり寝覚めが良いとは言えません。

 

 4人は村長に教えてもらった、森の浅い地域に集中している幾つかの探索ポイントを目指します。

 森の奥深くは村長たちも詳しくなく、結果として村から比較的近い場所にポイントが集中するのは致し方ないことでした。


 それでも手近なポイントから潰していく必要があるため、勢い込んで次々と確認してみたものの、これまでのところ蛮族の痕跡は見当たりません。


 気を取り直してまたしばらく行くと、小川が見えました。

 


「少し休憩しようよ。歩き続けだし、体力を失ったまま蛮族と遭遇するのは嫌だしね」

 そう言うと、アニエスは川原に座り込みました。


 ハイエルダールもまた小川に足をつけるや、チャプチャプとバタつかせ始めました。それを見て、エッダとヴェルナーも近くに座り込みます。



「こうして私たちが探索してる間に、蛮族が入れ違いでどっかの村を襲ってなければいいけど」

 

 エッダがそう言うと、ヴェルナーもそうだねと頷きながら汗を拭います。春の空気は穏やかでしたが、荷物も多く歩き詰めでは汗ばむのも致し方ありません。


「もうお昼ごろか。自分たちのやり方が間違っているのか、そもそも、こんな平和な様子じゃ蛮族なんていなかったんじゃないかとも思えてくるね」


 ヴェルナーは自分が探索場所を指定した以上、何も痕跡がないことに焦りを感じているようです。



「弱気になるのは早いと思うわ。まだ森の深い位置にあるポイントも残ってるし、本格的な調査はこれからでしょ」


 エッダにそう言われて、ヴェルナーは気分でも変えようと小川の水で顔を洗いましたが、その時ふと思い当たることがありました。


「……蛮族だって飲み水は必要、か。となると、こんな小川のそばのポイントが怪しいんじゃないか?」



 用意してきた地図によると、この小川の源流がディガット山脈にあることは間違いなく、また、村長が示してくれたポイントは川に沿って山の方向にも幾つかありました。


 ヴェルナーが、今までのように手近なところから潰していくのではなく、ポイントを絞ろうと提案すると、エッダもすぐに賛成します。横で聞いていた他の2人も同様です。



 そのまま川原で保存食を腹に収めると、4人は少し元気を取り戻して小川沿いを進みます。しばらくすると、小川からはやや離れますが、緩やかな登り斜面が続く森の中に、村長が教えてくれた洞窟がありました。


 エッダとアニエスが持てる技能を使って慎重に中の様子を確認します。が、ここはコウモリが集団で隠れているだけでした。


「ここもハズレか……」

 そうヴェルナーが言いかけたその時、


「しっ、声を潜めて!」

 と、洞窟の入口で待機していたハイエルダールが、緊張した様子で周囲を警戒しています。


 慌ててヴェルナーは身を伏せつつ、洞窟の中にいるエッダとアニエスに身振りで動かないように指示すると、ハイエルダールにそうっと話しかけました。


「どうした? 何かいた?」

「いや、何かを本能的に感じたんだ。それにほら、なんだかイヤな臭いがしてこないかい? 腐臭というか本能的に嫌な臭いというか」



 ヴェルナーにはハイエルダールの言う臭いが感じられませんでしたが、そう言えば、タビットは危険が迫ると他の種族よりも素早く反応するという話を思い出しました。


「臭いの元はあっちか。ボクらは風下にいるようだ。これは運がいいネ」

 

 ハイエルダールはそう言うと、エッダとアニエスに身振り手振りで追跡をお願いします。


 すぐにエッダとアニエスは余分な荷物を置いて武器だけ持つと、ハイエルダールの指示する方向へ急ぎます。


 すると、すぐにアニエスにも臭いの方向が分かりました。


 ヴェルナーとハイエルダールはそのまま残って荷物の見張りです。本当は付いていきたいところですが、これは予め決めていた作戦行動でした。



 敵から気付かれぬように隠密行動を取る場合、先ほどまでの地道な足跡探し同様、このパーティではアニエスとエッダの独壇場なのです。

 最低限の防備だけで身軽さを追求する女性陣2人は、隠密行動でも実際の戦闘でもそのフットワークの軽さこそが武器でした。


 この点、タビットであるハイエルダールは、器用な作業、つまり今回の様な足場の悪い場所で素早く動くことは不得手でした。ここへ来るまでも、森の中ではややもすれば置いて行かれそうになります。


 ヴェルナーは不器用ではありませんが、金属製の鎧が気になります。全身が金属の塊で重装備、というわけではないため、ガシャガシャと大きな音がするわけではありません。そもそも慎重な彼は無暗に音を立てることもありませんが、注意して行動するに越したことはないのです。

 


 こうしてエッダとアニエスが警戒しながら進んで行くと、臭いの方向に何やら蠢くうごめくものがおりました。適度な距離を保ちつつ、2人が木々の隙間から目を凝らすと、直立歩行した影が2体、少しずつ移動しているようでした。距離はあるものの、目のいいアニエスにはぼんやりですが見えました。

 

 蛮族です。



 エッダとアニエスは、これまでの苦労が報われたような気がしました。2人の顔にも生気が戻ります。


「とうとう見つけたね。あれはゴブリンだよ。村の人が言った通りだね」

「アイツらはさっき洞窟の近くを通って、アタシたちとニアミスしたってことよね」



 程なくして、ゴブリンどもは少し見晴らしの良い突き出た岩場に座り込みました。その近くには整備されていない小道が通っています。

 どうやら周辺を定期的に巡回した後、ここに陣取っているようです。



 また、エッダとアニエスには小川のせせらぎが聞こえてきました。山に近付いたせいか傾斜がきつい分、流れは少し強く大きな音です。


 2人は、ヴェルナーの考えに間違いがなかったことに感心しました。


「川の近くって想像通りだったね」

「うん。あと、アイツらが見ている先は方角からして村のほうだよ。人間が逆襲してこないか見張ってるんだよ」

「そっか。村の人なら小道を通ってくるだろうから、そのそばにある岩場に陣取るってわけね。見張るってことは、この辺りに棲み処があるってことよね」


 2人は、そのゴブリンどもがしばらく動きそうにないのを確認すると、近くにあるであろう蛮族のアジトを見つけるべく、いったんはその場を離れました。



(次回「建物の中」に続く)

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