第8節 エッダの過去と未来

 次第に雲が出てきて、辺りは暗くなりつあります。


 ヴェルナーとハイエルダールが火を起こしている横で、エッダは簡単な保存食だけでは元気も出ないと思ったのか、それとも嵩張かさばる食材を使って身軽にしようと思ったのか、携行していた鍋や包丁を使って手早く準備しつつ、話し始めました。



「実はアタシ、まだ先だけど将来はお姉ちゃんと一緒にレストランを開こうと思ってて。冒険もその資金集めって面もあるの。でもお姉ちゃんほど料理が上手じゃないから、今のうちから練習しておきたくて」


「じゃあ、お姉さんはずっと料理を?」


 アニエスはエッダに話しかけながら、横に並んで手伝います。簡単なサラダはアニエスが、スープはエッダが作ります。

 

「……ううん。そうしたくても当時は料理一辺倒でもなくて。優しいから人助けが好きで、本職は神官だし。キルヒア神じゃなくて、ライフォス神だけど。でも、料理は本当に美味しいの。私なんか全然なのに」



 エッダの言うライフォス神とは、寛容を旨とする人族の主神です。伝説では最初に生まれた神とされており、太陽神であるティダンと合わせてこの世界で最も幅広く祀られている神なのです。


「ライフォスか。優しいお姉さんにはピッタリね」

 アニエスは思ったことを率直に言いましたが、エッダは少し顔を曇らせくもらせます。


「そうね。本当に優しいの。そのうえ神官としての実力も確かだったから、たまに冒険者パーティに頼まれて冒険のサポートみたいなこともしてたわ。頼まれたら断れないところがあって」


「へえ。癒し手としての実力を買われてたんだね」

 アニエスは、エッダのお姉さんの才能に感じ入ったようです。


 そのすぐそばで、ヴェルナーとハイエルダールも聞くとはなしに聞いています。


「うん、お姉ちゃんの幼馴染の冒険者から、癒し手が足りないときに頼まれて。私はみんなに頼りにされてるお姉ちゃんが単純にカッコいいなと思ってた。戦衣装もお姉ちゃんが着ると、なんかこう、威厳があってキレイだったな」


 そこまで言うと、エッダは少し言葉を切りました。


「……でも今思うと、本当はお姉ちゃんが冒険に行くのがいやだった。お姉ちゃん自身が剣を持って戦うわけじゃなかったけど、怖いところに行かせたくなかった」



 すると、今まで黙って聞いていたハイエルダールが口を挟みます。

「そう言いつつ、エッダさん自身は冒険者をしてるじゃないか」

 

 エッダは笑いながら返しました。

「だって、アタシは小さい時から外で飛んだり跳ねたりするのが好きだったもの。お姉ちゃんとは真逆だった。ずっと昔から冒険者にあこがれてたなあ。世界を見て回って、仲間たちと一緒に不思議を探して、ときには人々のために蛮族をやっつけて」


 ハイエルダールは、エッダが心の底から楽しそうにそう言っているように思いました。 

  


 アニエスもまた、冒険者ギルドでエッダと初めて会った日のことを思い出しつつ聞いています。


 まだ出会って間もないとはいえ、アニエスから見てエッダはキビキビと動いて人当りも良く、一緒にいて気持ちの良い人だと感じていました。


 だからこそ、出会った当初にエッダが憂いを帯びた様子だったことをすっかり忘れていたのです。

 

 しかし今、自ずと疑問が湧いてきます。


 仲間と一緒に冒険することに憧れていたと語る彼女が、なぜあんな様子だったのだろう、そして彼女はなぜ1人で冒険の旅に出ようとしていたんだろう、と。



「それよりほら、料理ができたよ。味はどうかな? アタシ、本当に下手だから、勉強のためにぜひ感想を聞かせてほしいんだけど……」


 エッダは、おそるおそる周囲の様子をうかがっています。


「ありがとう。いただきます。明日からはみんな交代制で作ろうよ」

 

 とか言いながら3人はスープに口を付けましたが……。


 味がしない。いや、しないわけではないのですが、全ての素材が力を出せなかったとでもいうのでしょうか。味が薄いというか無味乾燥というか、不味いわけでもありませんが何ともこう物足りない味なのです。



「ところでエッダさん」


 と、ハイエルダールは料理から顔を上げるとエッダのほうを真っすぐ見ました。


「お姉さんは精進料理専門店を開業予定ですネ?」

「違います」


 アニエスとヴェルナーは笑ってしまいました。



「……分かってる。よく分かってるの。アタシが料理下手だってこと。でも、お姉ちゃんの役に立ちたいし。お店がうまく行くよう助けたいと思ってて、だからこそ今のうちから練習しておきたくて。だから……」


 エッダの様子を見て、慌ててアニエスがフォローします。


「ごめんね。別にバカにして笑ったんじゃなくて2人のやり取りが面白かっただけ。そこまで妹から想ってもらえるなんて、きっと仲のいい姉妹なんでしょうね」

 


 アニエスがそう言うと、ハイエルダールもこう続けます。


「夢を持つのは良いことだよ。ボクにも大きな夢があるからネ、心からそう思うよ」


 しかし、さらにこうも続けました。


「でも本当のところ、エッダさんは冒険者で頑張りたいんじゃないの? 店を持つっていう夢は、キミ自身の夢なの?」


「それは……アタシがお姉ちゃんを助けたいというのは自分の夢でもあるの。それは掛け値なく本当よ」


 エッダ以外の3人は、その言葉をどう解釈していいか、考えあぐねていました。



 その時、エッダは急にひらめいたように言いました。

「あ、そうだ。ヴェルナーくんは食べ歩きの記録を付けてるんでしょ。ねえ、どこの料理がどう美味しかったとか教えてくれない? そしたら試食会もできるし」


 それを聞いて、ハイエルダールもアニエスも同意します。


「ああ、そこから始めるのはいいんじゃないかな。ボクは賛成だ。各地の料理が手軽に食べられるなら繁盛するよネ」


「私もいいと思うな。メニュー作りにつながるなんて、ヴェルナーくんも食べ歩きの楽しみが増えたんじゃない?」



 今まで黙ってやり取りを聞いていたヴェルナーでしたが、慌ててアニエスとハイエルダールの方を見ました。2人は楽しそうに笑っています。明らかに事の成り行きを楽しんでいます。エッダは、期待と不安が入り混じった表情でこちらを見ています。



「なるほど。じゃあ喜んで日記の情報を提供するよ。ああそれと。アニエスさんとハイエルダールくん。試食会には必ず付き合うこと。いいね?」


 エッダは、ヴェルナーが隠そうともせず他の2人を巻き込もうとしているのを見て、自分のことなのに笑ってしまいました。釣られてみんな笑っています。


 

 笑いながらもヴェルナーは、今日の明け方、エッダが自分に対し示してくれた誠実な態度を思い出していました。


 そして、今日までの他のみんなの様子も。 

 お互いを尊重していることは短い付き合いでもよく分かります。だからこそエッダも一緒に笑っているのです。



 その上で、ヴェルナーは1つだけ別の部分で引っ掛かっていました。


 お姉さんが冒険者の手伝いをする話のときだけ、エッダは全て過去形で喋っています。


 お姉さんと一緒に店を構えたいと言う以上、お姉さんが無事なのは間違いありません。しかし、頼まれたらいやと言えないのに既に冒険をやめてそうなことや、お姉さんを助けたいと言っていること、その他のエッダの話しぶりからして、何かあったように思われます。

 

 それもまた、時を重ねれば事情を聞ける日が来るのでしょう。ヴェルナーもエッダのようにその日を待つつもりです。



 その横で、アニエスもまたアニエスなりの視点で考えていました。


 さっきの料理を作るときの手さばき、特別下手って感じじゃないのに味に反映されないのは、もしかしたらお姉さんとの関係で何か、変に力が入りすぎているからじゃないかな、と。


 しかしアニエスもまた、性急に事情を聞くことはしませんでした。



 食事を終えると、4人はまた2組に分かれて交代制で眠ることにします。蛮族だけでなく、危険な森の動物に備えるためです。まずはアニエスとヴェルナーが起きて、数時間したらエッダとハイエルダールが交代するようにしました。

 


 初めて4人で過ごす野外の夜。

 春とはいえ肌寒く、みんなで囲んだ焚き火が4人を暖めてくれています。


 しばらくすると、さっきまで曇りがちだった空に雲の切れ間が広がりました。

 満天ではありませんが、星空が垣間見えました。



(次回「調査3日目~会敵」に続く)

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