第7節 調査2日目~解決の糸口

 翌日。


 4人は村長に泊めてもらったお礼を言うと、朝からもう1つの村を目指して北上します。村長はまた馬車で誰かに送らせようかと申し出てくれましたが、4人は調査も兼ねて歩きたかったので、ありがたいお話でしたが丁重にお断りしました。


 

 田舎道を行くと、春の陽気に誘われミツバチが花に集い、草原に風が入れば草花が揺れて物見遊山にぴったりです。ややもすると蛮族などいないのではないかと思ってしまう空気に、ハイエルダールも探索に力が入りません。


「ゴメンゴメン。ボクなりに探索してるんだけど、コツがつかめなくてネ」


 そうハイエルダールは言いましたが、彼だけでなくヴェルナーもこうした経験がないため不慣れなようです。

 集中できないのはそこにも原因がありました。



 それを察してアニエスはフォローします。

「私の集落は蛮族が来ることもあったから、痕跡探しや追跡のコツを大人たちから教わったよ。それぞれの得意分野があるんだから、気にしなくていいよ」



 エッダも外での探索は得意なようです。

「アタシも数は少ないけど、故郷で少しは探索の真似事もさせてもらったから」



 そんなことを話しながらエッダとアニエスは精力的に蛮族の痕跡を探しましたが、しかし残念ながらこれといった手掛かりはありませんでした。


 それでも、野外の探索はアニエスとエッダの方が他の2人より適任なのです。ハイエルダールに書物上の知識はありましたが実体験はなく、ヴェルナーは遺跡調査を手伝う中で蛮族を見かけたこともありますが、神官としての活動のほうがより得意です。



 調査しながら、エッダは他の3人に問いかけます。


「どちらかの村に蛮族が襲撃するのを待ち伏せするしかないんじゃないかなあ。目立った痕跡もないし、村自体は小さくても、蛮族が隠れ潜む場所を探すとなると範囲が広すぎるし」

 

 ハイエルダールは少し考えてから、それに返します。


「なるほどネ。でもお勧めはできないなあ。どの村に来るか分からないからネ。もしヤマを張って1つの村に固まる場合、ハズレたら最悪だ。でも両方を待ち伏せしてこちらの戦力を2つに分けるには人数が足りないしネ。そのうちに5日目を迎える可能性もあるから、期限がある中で持久戦は難しいよネ」


「そうだね。まあその辺りの作戦は、次の村で聞き込みをしてからにしようよ。ほら、言ってるそばから見えてきた」


 そのヴェルナーの言葉にみんながふと前を見ると、確かに村はもうすぐそこでした。



    ◇



 村に着いてしばらくして。 


「いろんな人に話を聞いて回るのって、思ってたよりも重労働だね」


 エッダは木陰に入ると、バタンと座り込みながら言いました。お昼過ぎまで、4人は村の周辺を探索しつつ聞き込みを続けましたが、エッダは慣れないことに少し疲れたようです。 


 木陰に吹くそよ風が彼女の髪の毛を揺らし、少しだけ気分を変えてくれます。



 その横でアニエスは少し伏し目がちです。


「成果が出てないから、なんか食べにくいね……」


 目の前には、村の人たちが外でも食べられるよう作ってくれた軽食が広げられましたが、アニエスは食が進まないようです。



「まだ結論を出すには早いよ」


 そう言うと、ヴェルナーは果物を口に放り込みつつ、器用に片手で調査資料に書き込みをしています。


 そう聞いてもアニエスはまだ不安げな様子です。


「でも、昨日の村でも聞いたけど、蛮族の足跡は北に向かって、すぐ草原に入って痕跡も消えてるから、そこから西に行ったのか東に行ったのかは分からないって。実際、痕跡らしい痕跡もなかったし」



 2人のやり取りを横で聞いていたエッダは自分の意見を述べます。


「あ、でも、普通に考えれば東側が怪しいんじゃないかな。その先は山だから蛮族が比較的多いって。それにほら、さっきこの村で会った、蛮族をちらっと見たって人、蛮族は東のほうに消えたって」



 するとハイエルダールも続きます。


「でも本格的に動く前に、他の方角も一応は検討しておこうよ。足跡が北に向かったって言うなら、2つの村より北に根城がある可能性もなくはないしネ。あと西側は平野部で、今は色々と開発が進んでるみたいだけど、至る所に遺跡や廃墟があって蛮族が根城にすることもあるからネ」


 

 ハイエルダールのいう開発とは、このハーヴェス王国が位置するブルライト地方と呼ばれる地域をつなぐ交通網構築構想のことです。


 もっと北にある砂漠の国からハーヴェス王国に申し出があり、国家間にまたがる大規模な交通網を整備する取り組みが進んでいるのは、一介の冒険者である4人にも周知の事実でした。



「確かに、調査期限が5日しかない中で手戻りはしたくないし、ここでいったん情報を整理しようか」


 そう言うとヴェルナーは、手にした資料をみんなの前に広げつつ自分の考えを述べ始めました。



「まず1つ目、それぞれの村の状況だね。ここで言う村は3つ。依頼主の2つの村だけでなく、アンネちゃんの従姉のアイーシャが住んでる村、つまり最初に通り過ぎた村も入ってる」


 それに対してエッダが口を挟みます。


「でもあの村、蛮族討伐の依頼主でもないし、そもそも蛮族は来てないんでしょ?」


「うん、でもそのこと自体を考慮すべきだと思うんだよね」


 ヴェルナーはそう答えつつ、みんなに3つの村の位置関係を示した地図を見せました。


「ごく単純化すれば、南から北への田舎道に沿って3つの村が並んでいて、距離もそれぞれそう遠くはない。それなのに、最初の村が襲われていないのはなぜだろう。街に最も近い村だから、援軍がすぐに来ると考えれば蛮族も手を出しにくい、という考えはある。でも、何の考えもなしに手近な場所を襲ってるだけ、そう考えられるかもしれない」



「つまり蛮族から見て、最初の村は他の2つの村よりも遠いところにあるってこと?」


 再びのエッダの問いに対して、あくまで可能性としての話だけどねとヴェルナーは答えてから話を続けます。



「2つ目に、アイクさんとアンネちゃんの村について。クラウスさんたち被害者の家畜が襲われた場所を地図に落とし込んでみたんだ。ほら、村の集落の中でも東側だろ。もっと言えば、北東方面かな」


「3つ目に、今いる村について。聞いて回った結果、家畜がやられた場所を同じように地図上で示すと、やっぱり東側に偏っている」


「最後に4つ目、実はこの3つの村に続いて第4第5の村がある。田舎道はここで行き止まりじゃないからね。村長さんに聞いたところ、もっと北側にも村はあるって言うんだ。この依頼を受けた時に近隣の村で寄り合いがあったって聞いたけど、その寄合に来ていた村の中で蛮族に襲われているのはこの2つの村だけらしい」


 ここまで、他の3人は黙って聞いています。

 質問がないことを確かめると、ヴェルナーは話をまとめます。



「そうなると、2つの村の南北を捜索する必要はまずない。別々の蛮族グループが存在しているかどうかまでは分からないけど、みんなも予想する通り、村から見て東の山脈側、そして被害に遭った2つの村の中間くらいに根城があると考えるのが自然だ」


「もちろん、わざわざ西側から来て、偽装工作で東側を襲ってる可能性はあるけど、言い出したらキリがないしね。そこまで頭が回る相手なら、どのみち自分たちじゃ手に負えないよ。とにかく、まずは東側を探索してみたいかな」



 他の3人はヴェルナーの話に頷きます。東側が怪しいとは思っていましたが、実際に理路整然と説明してもらうと頭がスッキリしました。


 4人は食べ終わると、東側の探索に出ることを村長に伝えます。もし何日経っても自分たちが戻らなかった場合(そうはなりたくありませんが)、村から伝え聞いたギルドが東の森を重点的に探してくれるであろうことも期待しています。


 すると村長の家族が、旅に備えてパンにチーズ、それにジャガイモやニンジンなどを持っていけと言いだしました。そんなに持てないよと言っても聞きはしません。持てるだけ強引に押し付けられてしまいました。

 


 こうして、4人は東の森に向けて出発します。

 

 4人は出発前に、廃墟や洞窟など、蛮族が仮の住まいにできそうな場所がないか聞きました。村長は家族と話し合い、めぼしい場所を地図に書き込んでくれます。


 蛮族だって吹きさらしの荒野で寝るより雨露をしのげる場所を確保したいでしょうから、そうしたポイントを重点的に見回れば、より効率的に探索できると4人は踏んだのでした。

 

 また、森の先にはディガット山脈という大陸を南北に貫く天然の要害があり、遠目からもその姿は見えています。蛮族もわざわざ山から毎回降りてきて襲撃するのは骨が折れるだろうと想像すると、探索範囲はそこまで広くないはずです。



 それでも、たったの4人では時間が掛かります。


 まずは草原地帯を抜け、森の入り口付近にある古びた遺跡に到着しましたが、ここは蛮族の痕跡もなくハズレ。その次の場所もハズレ。最後に洞窟へ到着しましたが、残念ながらこちらもハズレです。



 一行が疲れて座り込むと、気付けば木漏れ日が次第に茜色へと変わりつつありました。まだ森の入り口とはいえ、夜のとばりは素早く降りてくるものです。4人はこれ以上の探索を断念し、このままこの洞窟で一晩を過ごすこととしました。



「せっかく少し野菜を貰ったから、簡単な料理でも作ろうかな」

 エッダはおもむろに料理の準備を始めました。



(次回「エッダの過去と未来」に続く)

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