第6節 調査1日目~聞き込み開始

 荷馬車から降りると、アイクさんは4人を労います。


「皆さん、長旅ご苦労様でした。休憩のついでに、挨拶も兼ねてまずは村長に会ってもらえますか? 今日の皆さんの宿泊場所は村長の家って話になってますんで。それから明日にでも、もう一つの北の村に顔を出してもらえたら助かります、はい」


 アンネもすっかりこの4人に気を許したのか、話に割って入ります。


「村にいる間、皆さん食事の心配はしなくていいって。村長さんのうちで用意してくれるらしいし、なんならうちにも寄ってね」

 


 ヴェルナーが代表して2人にお礼を述べつつ、こう付け加えました。


「ありがとうございます。でも、夕暮れまでまだ少し間がありますし、明るいうちに村の様子を見ておきたいんですが。村の皆さんも、我々の姿を見れば安心してもらえるかもしれませんし、どうでしょう。村長には申し訳ないですが、後ですぐ伺いますとお伝えしてもらえないですか」

 

 そう提案すると、アイクさんも感心した様子です。


「そりゃ願ってもねえです。仕事熱心な方々で良かったなあ、アンネ。村長にもそう伝えておきましょう。じゃあ、日が暮れたらこの村の一番中央まで来てください。すぐ分かると思いますが、グラントって表札が出ている一番大きな建物が村長の家なんで」


 

 こうしてアイクさんは村長の家に向かいますが、別れ際、アンネが4人に手を振ります。


「もし蛮族を倒したら、街へ帰っちゃう前にどんな戦いだったか教えてよ? お芝居とかで見るのと違って、冒険者のお話を直接聞けるなんて中々ないんだもの」

 

 そんな子供っぽいことを言いながら、どこで覚えたのか、皆さんご武運をなんて急に大人びたことも言い残して去っていきました。まだアンバランスな年頃です。

 


「さて、これからどうしよっか?」

 と、アニエスがヴェルナーに尋ねます。


「そうだね。移動で疲れてるところ、付き合わせてみんなには悪いと思ってる。でも、村長の話なら夜に食事しながら聞けるしね。順番を間違えない方がいいと思うんだ。今なら日没までまだ時間がある。まずは話に出たクラウスさんやエスカさんて人に直接話を聞きたいんだけど、どうかな。期限は5日。1日目を村への到着だけで終わらせるのはもったいないと思うし、夜になったら村の警護もする必要があるだろうから、その意味では周辺の地形も見ておいた方がいいと思ってさ」



 なるほど、ヴェルナーの言い分はもっともです。機敏に彼が対応しているのを見て、他の3人は感心しました。


 ヴェルナーは、仕事も趣味も全力でと言ってましたが、その言葉に偽りはないようです。地道に調査する姿勢は、遺跡調査をしているご両親の影響かなと他の3人は思いました。



    ◇



 夕方。4人は一通りの調査を終え村長の家へと向かいます。

 

 アンネの言葉を借りれば、優しくて良い人に見える4人でしたが、武器を持っている時点で初対面の人からすれば怖いもの。村の人たちは4人から声を掛けられて戸惑った風でしたが、アイクさんや村長の名前を話すと、蛮族退治の冒険者だと分かって色々と話してくれました。むしろ、中には話好きの人もいて話を切るのが大変なくらいです。

 

 いずれにせよ、首尾よく被害者にも話が聞けた点では収穫アリでした。ただし残念ながら、時間の経過と共に蛮族の足跡など痕跡を示すものは消えています。壊された柵も既に修繕されていました。証拠保全を村人に求めるのは酷な話でしょう。


 あとは、ヴェルナーが村長の家の居間を使わせてもらいながら一日目の調査報告書を簡単にまとめます。



 さて、最後に4人は蛮族の襲撃に備え、2人1組で交代しながら村を見回ることにしました。


「どういう組み合せがいいかな?」


 アニエスが他の3人に尋ねます。

 それに対してヴェルナーの考えは決まっていました。


「まず、迅速に敵の動きを察知できる人。そのペアとして癒し手が1人。こうすべきだと思う。そうなると、1つはアニエスさんとハイエルダールくんの組合せ。ほら、ハイエルダールくんも仲間の傷を癒す魔法が使えるから。次に、アニエスさんと自分の組合せもありだね。するとエッダさんが組む相手も自ずと決まってくる。逆に言えば、エッダさんとアニエスさん、自分とハイエルダールくん、この組合せは今のところないかな」


「今のところと言うと?」

 と、ハイエルダールが確認します。


「まあ、将来はみんな色んな経験を積んで、技能の幅も広がるだろうしねっていう位の意味だよ。と言うのもさ」


 と言ってヴェルナーは言葉を切りました。


「ギルドから住む部屋を割り当てられた後、実はギルドマスターに呼ばれてね。もし戦士としてやるつもりがあるなら、今のうちから準備しておけって。実際に前に出て戦うかどうかは別として、いざとなったら戦えるっていうのは大事ですからって」



 このハーヴェス王国には、他にも「ドラゴンファイア亭」や「青空の船出亭」など、「草原への誘い亭」以外にも幾つか冒険者ギルドの支部が存在します。


 他の冒険者ギルドがどうなのか分かりませんが、あのギルドマスターはスタッフを飛び越えて色々とアドバイスをくれるタイプのようです。

 

 もしかしたら、ギルドマスターも4人を引き合わせた手前、彼らの行く末を気にしているのかもしれません。

 


「じゃあさ、型が違うから役に立つかは分からないけど、アタシでよければ練習のお手伝いはできると思うよ」


 とエッダが言いました。


 エッダの言う型が違うというのは、フェンサー(軽戦士)とファイター(戦士)の違いのことです。敵を軽くいなすのか、真正面から切り結ぶのか、同じ剣士でも戦い方は違います。エッダが教えられることに限界はありますが、剣を使わないアニエスやハイエルダールに比べれば、この中ではまだエッダが適任です。



 ヴェルナーもエッダに頼むつもりになったところで、4人は見回りのペアを決めます。


 まずはアニエスとハイエルダール、次にエッダとヴェルナーの順番で、交互に仮眠を取りながら蛮族の襲撃に備えることとしました。



    ◇



「ねえ、もし答えたくなければ答えなくてもいいんだけど」


 エッダがヴェルナーにそう前置きして話しかけます。


 今、見張り役はエッダとヴェルナーです。


 2人は村を巡回し、村長の家の玄関まで戻ってきました。あまり目立つと蛮族が先に2人を見つける可能性があるため、手元には光量を調節できるようシャッターの付いたランタンだけです。


 日の出まではもう少しでしょうか。今日は襲撃もなさそうです。



「どうして剣の修業を途中でやめちゃったの?」


 軒先に立つと、エッダはヴェルナーに問いかけます。夕方の話を思い出してついそう聞きましたが、あまりプライベートに立ち入ってはいけないとの思いもどこかにありました。



「食べ過ぎでね。動けなくて」


 ヴェルナーはそう言って笑いましたが、明らかに嘘でした。彼はそれ以上は茶化さず、少し真面目な顔になって話を続けます。


「いやごめん。本当はね、修行をやめたくてやめたわけじゃないんだよ。その辺りの詳しい事情を話してもいいんだけど、どこから話したものかな」



 ヴェルナーは、この4人でパーティになった時から、話せることは何でも話そうと心に決めていました。しかし、今は見張りを優先すべきなのも事実です。また、話すと仲間に気を遣わせるのではないかとも一方では心配していました。

 

 ヴェルナーがどうしようか考え込んでいると、エッダが空気を察してか、先んじてこう言います。


「ごめんね、変なこと聞いて。忘れて。またの機会にしましょう」

 

 ヴェルナーにとって大事な話なら、そしてそれをヴェルナーが話す気になるなら、じっくり話を聞けるタイミングがいい、それも4人が揃った時のほうがいい、エッダはそう思ったのです。



 ヴェルナーはエッダの気遣いに感謝しました。

 エッダの目を見れば分かります。聞くのが面倒だからではなく、仲間としてしっかり向き合おうとした結果、そう言ってくれたのだと。


 2人はもうそれで満足です。そのまま軒先で何を話すでもなく、静かな時間が流れます。


 

 しばらくして。


 エッダが立ち上がって伸びをすると、遠く東の山々の稜線にうっすらと白くもやがかかり、次第に山々が影絵のように照らし出されるのが見えました。

 

 夜明けはもうすぐそこです。



(次回「調査2日目~解決の糸口」に続く)

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