第5節 少女との会話

 さて、ギルドマスターからの話を聞き終えて4人が表に出ると、ギルドの入り口にアイクさんとその娘さんが馬車を用意して待っていました。


「いやあ、早速ありがたいことです。皆さんどうぞ乗ってください。街を出ればでこぼこ道で少し揺れるかもしれねえですけど、村まではちょっとの辛抱ですんで、はい」


 と、アイクさんが促してくれます。


 アイクさんの性格なのか、それとも自分にできない蛮族退治を進めてくれる大事なパートナーだからなのか、いずれにせよ若い冒険者であろうと尊重してくれています。


 しかし。

 馬車を見て、4人は乗り込む前にめいめいが感想を口にします。


「乗ってください、かあ」

「載ってください、かもしれないネ」

「今日は朝市だったんだって」

「村から野菜を出荷して、帰りは冒険者を仕入れて帰る感じかな」


 

 4人は、アイクさんとその娘さんが御者を務める荷馬車の荷台に乗り込みます。そして、野菜の売れ残りと、アイクさんが市場で仕入れた荷物に挟まれるようにしてギリギリ収まりました。


 村に立派な馬車などあるわけないのは分かっていますし、贅沢ぜいたくを言うような4人ではありません。しかし、実際に見るとほろもなくかなりガタついています。


 後ろではギルドのスタッフが手を振る中、野菜と一緒にゴトゴト揺られながら荷馬車で街の大通りを行くと、なんだか売られていくような感じで4人は顔を見合わせ笑ってしまいました。

 

 もちろん、アイクさんに悪意など微塵もありません。週に2回、彼は自分や周囲の家で収穫した野菜を街の市場に届けるのが習慣になっています。今日がたまたまその日だったので、村長から依頼を受けただけなのです。



「ボクらにとっての初仕事だし、気合を入れたかったけどネ。こうして野菜に埋もれると少し切ないよネ」


 さっきはみんなと一緒に笑っていましたが、ハイエルダールはそんなことを言っています。未来の大魔導士だなんて息巻いていましたから、他の3人は、彼が内心では気分を害したのではないかと思いました。


 しかし、ハイエルダールはおもむろに荷台の上で正座をすると、荷台のフチの部分にちょこんと手を掛け、


「さて、と」


 と街を眺めはじめました。


 街の人から見ると、小さな手と顔だけがにゅっと出て流れゆく街の景色を楽しんでいるようです。



    ◇



 街を出てしばらく北上すると、次第に辺りの景色は緑が濃くなってきました。更にしばらく行くと、田舎道沿いに1つの村が見えてきます。


「アイクさん、あの村ですか?」


 ゴトゴト揺れる荷台は、街の整備された石畳の上と違い、より不規則かつ大きな音を立てて進んでいましたから、エッダは少し大きな声でアイクさんに問いかけます。


「いやあ、申し訳ねえ。うちの村は次の村でしてね。しかし、もうここまで来ればそんなに掛からねえですよ、はい」



 すると、アイクさんの横に座っていた娘さんが4人の方を振り返ると、軽い身のこなしでひょいと荷台に飛び移ってきて、エッダの横に座りました。


「ここはねえ、私の従姉が住んでる村なの」


 そう言って話しかけてきます。

 目がクリクリとした可愛らしい女の子です。


「村同士が近いから従姉とは普段からよく会ってるの。でも、この蛮族騒ぎでしょ。解決するまでは村から1人で出るなって言われちゃって、次にいつ会えるか考えるとうんざりだなあ。こうして市場に行くときだけはお父さんの手伝いで一緒に街に行けるから、少しは気晴らしになるけど」


 そうなんだ、大変だねえなどと適当に話を合わせた4人でしたが、ギルド内と違って難しい話をする大人がいなくなったせいか、はたまた村の人以外と話すのが楽しいのか、この女の子はペラペラとおしゃべりを続けます。


「従姉はね、まだ蛮族を見たことがないんだって。まあ、そういう私も見たことはないんだけど。ねえ、冒険者なら蛮族を見たことあるんでしょ? どんな姿だった? 火を吹いたり、変身して目が4つになったり、分身したりするってホント?」



 ベテラン冒険者ではない彼らには、話してあげるだけの材料もありませんでしたが、少なくともこの女の子が蛮族に対し独特のイメージを持っていることだけは分かりました。


 4人が答えなくとも気にした様子はなく、勝手に話を続けています。


「私たち、蛮族がどんな姿をしているか、一度は見てみたいねって前々から話してたの。そんなときにうちの村で蛮族が出たから、従姉より先に目撃するかなとか一瞬は思ったけど……今回よく分かった。実際に近くに来ると怖いよね。皆さんは怖くないの? 私だったら、自分が関係しないうちは怖いもの見たさで興味もあったけど……あ、でも」


 と急に声を低くして、


「今の話、お父さんにはナイショね。蛮族を見たいとか、またバカなこと言ってって怒られるから」


 と、今さら意味もないのに声を潜めエッダの耳元で囁いてささやいてから、いたずらっぽく笑いました。



「告げ口なんてしないよ。でも、もし蛮族が近くに出たら、見たいとか思わず絶対に近づいちゃだめだよ……え~と、そういや名前を聞いてなかったね。あなたの名前は?」


 とエッダが聞くと、


「私はアンネっていうの。従姉はアイーシャよ。彼女の方が2つ年上なんだけど、大人びたところがあってよく街にも……」


「ちょっと待って」


 それまで黙って聞いていたヴェルナーが、何か気になったのか急に口を開きました。


「いま『うちの村に蛮族が出たから、自分が従姉よりさきに目撃する』みたいなことを言った?」


「うん」


「ふ~ん、つまり、この村には蛮族が来ていない? 今はどうなんだろうね? アイクさん、ちょっといいですか?」


 ヴェルナーはアイクさんの方に向き直ると、アイーシャの村を通り過ぎる前に荷馬車を止めてもらいました。


「確か今回は、アイクさんの村と、あともう1つ別の村からの共同依頼だって聞きましたけど。……へえ、共同の依頼主は、アイクさんの村よりもう1つ北の村なんですか。この道沿いに北上すればアイクさんの村、次がその共同依頼の村ってことですね。なるほど」


 そこまで聞くと、少しだけ待っていてくださいと告げるや、ヴェルナーは荷台から降りて近くで農作業をしている男性に話しかけました。

  


 しばらく会話をしてから戻ってくると、


「今もこの村には蛮族が出てないって」


 とみんなに報告します。


 それを受けて、アンネはまた話を始めます。


「そうでしょう? ……せっかく馬車を止めたから、アイーシャにも会って帰りたいなあ。でも、村の人は冒険者の皆さんを待ってるから道草できないよね」


 アンネの田舎訛りでなく都会を意識したしゃべり方は、大人びているという従姉の影響でしょうか。


「残念だけど、今は仕方ないよ。必ずこの4人で君たちがまた安全に会えるようにしてあげるからね。しばらくの辛抱だよ」


 ヴェルナーがそう元気づけると、アンナも笑って返します。


「ありがとう。今までに見かけた他の冒険者さんは怖そうだったのに、皆さんはすごく話しやすいし優しい良い人たちね」

 

 冒険者として褒められているのか4人には疑問でしたが、やはり彼らは人がいいのでしょう。村に着くまでアンネの話し相手になってやりつつ馬車に揺られます。しかしアイクさんが言う通り、間もなく目的地の村へ辿り着きました。



(次回「調査1日目~聞き込み開始」に続く)

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