『“魔法”の世界』のゲーム盤④

「……おや」

 と、過去を思い出していたジーニーが、ぴくりと何かを察知する。

「誰か来たようですね。誰でしょうか」

 その言葉に、ジーニーの向かいに座っているフランベリアも誰かの気配を感じ取る。

 すると二人から少し離れた場所に、突然炎が燃え上がった。現れたのは、アーバンクである。

「最初にここへ来たのはあなたでしたか。やれやれ、ようやくゲームが動きますねぇ」

「無駄口を叩くな。さっさとユークリウッドの所へ案内せい」

 草を踏みながら、アーバンクは近づいてくる。フランベリアに気がつくと、

「……見ないと思ったら、貴様はここにおったのか、『同盟王』」

 言いながら、視線を向けた。

「ゲームを進める気がないのならば、今すぐにここから出ていったほうがよいぞ。まもなくこの場は戦場に変わる。駒が逃げたところで、どこまで行ってもゲーム盤の中だが……」

「あ? そりゃどういう意味だよ、ジジイ」

「フランベリアさまはずっとここにいらっしゃいましたからねえ。今回の“魔法の世界のゲーム”の序盤じょばんでは、ニンゲンたちが『王』の存在を“否定”したのです」

 フランベリアが素の顔と口調でアーバンクに尋ねると、横からジーニーが答えてきた。

「……今、この世界で起こっとる異変を知らんのは、おそらく貴様だけだぞ」

 と、アーバンクは、兜のつばを下げながら言った。

「フランベリアさま、申し訳ありませんが、昔話はおしまいでございます。ワタクシ、自分のお仕事をしなくてはなりません。

 できればあまり動きたくはないのですが、これもゲームの進行ならば仕方がないですねえ」

 ジーニーは椅子から立ち上がり、脱いでいた帽子を頭に被る。

「帰りたくなったら、適当に出ていってもらってオッケーですよう。ではアーバンクさま。こちらへどうぞぉ」

 観光客を先導するガイドのように、手に小さな旗を持ったジーニーが監獄に向かって歩き始める。その後ろに、アーバンクがついていく。階段を下りていく二人の足音が、だんだんと遠ざかっていった。

「……」

 流れる風が、一人、残されたフランベリアの髪を優しく揺らす。

 と、フランベリアは、誰かの出現を感じ取った。六メートルほど先……そこに、灰紫色の砂とともに現れたのは、スカーレットである。

「フランか。なんだ、アウローラのペン先を手に入れていたのは本当だったんだな」

 現れたスカーレットは、いつもと変わらない様子で、こちらに歩み寄ってくる。

 その時なぜかフランベリアの心に、会議の時、スカーレットに対して覚えた違和感が、ふと浮かび上がった。

「お前はカンタレラも欲しいんだろう? フラン」

「……だったら、なんだよ」

「それがある場所を教えてやる。残りの神器もお前に譲ってやるよ」

「なんだよ急に。てめえ、何を企んでやがる」

「俺には必要ないだけだ」

 こちらに歩み寄りながら、スカーレットが言う。いつもと変わらない様子で、口調で、声色で。

「……」

 一見するといつものスカーレットと同じのように感じるが、何かが違う。目の前のスカーレットに対して、本人だが、本人ではないような気持ちの悪い違和感をフランベリアは覚える。さとられないよう、右手の指先を、剣のつかに伸ばしていく。抜くかどうかは、まだ決めきれない。

 その時視界の端に、アウローラが映った。さらさらと、紙に何かを書いている。

『逃げろ』

 ペン先に残っていたインクが切れかける。それでもアウローラは、さらに文字を書いていく。

『アダムスが来た』

『あんたじゃ絶対に――“勝てない”』

 インクが切れたペン先を紙に押し付け、勝てない、の文字を書く。それを見た瞬間、フランベリアは、がたりと椅子から立ち上がった。

「……そこで止まれ、スカーレット」

「なんだよ、フラン」

 スカーレットは、その場で立ち止まった。二人の距離は、実に三メートルほど。フランベリアは、チキ、と腰の剣に手をかける。

「……ああ、なるほど」

 と、目の前のスカーレットが、ぼそりと言った。

「教えたのはアウローラか。相変わらずお喋りな道具だ。バレたのならば……もう、演技をする必要はないな」

 その刹那、フランベリアは見た。スカーレットの顔に、普段の彼ならば絶対にしないような、底知れぬ微笑みが浮かぶのを。

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