令和3年4月23日(金)「先輩後輩」山口光月

「みっちゃん、助けて!」


 給食のあとで朱雀ちゃんが唐突にそんなセリフを発した。

 彼女が突拍子もないことを言い出すのはいつものことだが、やはり驚いてしまう。

 いつもお世話になっている相手だけに力になれるものならなってあげたい。


「どうしたの?」とわたしは問い掛ける。


「手芸部に新人が3人も入ってめちゃめちゃ嬉しかったの」


 最近の朱雀ちゃんはその話ばかりしていた。

 新入部員ひとりひとりを聞き飽きるほど自慢げに語ってくれる。

 その喜びようはわたしの頬が緩むほどだ。


「でもさ、3人ともわたしの前だけ態度が違うんだよね」


 朱雀ちゃんは困ったように眉尻を下げた。

 彼女の前だと1年生たちはガッチガチに緊張してしまうらしい。


「3年生相手だと1年生はそうなっちゃうんじゃないの?」


「ちーちゃんやまつりちゃんの前だともっと普通なんだよ」とわたしの指摘に対して朱雀ちゃんが反論した。


 わたしは朱雀ちゃんの隣りにいる千種ちゃんに視線を向ける。

 彼女は食後の一服という感じで水筒のお茶をすすっている。

 もの凄く可愛いし知的な感じがするのに、彼女には偉ぶったところがまったくない。

 クラスメイトの多くから変人扱いをされてもサラリと受け流している。

 歳下からしても接しやすい相手なのだろう。


 手芸部のもうひとりの3年生まつりちゃんは別のクラスになったのでここにはいない。

 彼女はとても親しみやすいキャラクターの持ち主だ。

 2年生の後輩に対してむしろ彼女の方が圧を感じていたようだし、先輩風を吹かせるなんて絶対にできない性格だろう。


 彼女たちに比べると朱雀ちゃんは貫禄がある。

 朱雀ちゃん自身は偉そうに振る舞ったり後輩を見下したりはしないだろうが、風格がありすぎて1年生が自然と見上げるような気持ちになってしまうのは仕方がないと思う。


「慣れなんじゃない?」とわたしが言うと、「陽咲ひなたちゃんは最初からフランクな感じだったよ」と彼女は応じた。


 朱雀ちゃんが名を挙げた2年生部員はほたるの友だちだ。

 そのせいか、彼女もほたる同様空気を読まない質みたいだ。


「美術部にも、先輩後輩をあまり気にしない部員もいるし、気を使う部員もいるから」と自分が所属するクラブを例に出して説明した。


 美術部は活動内容がかなり適当だし、上下関係についてもルーズだ。

 それでも先輩の前では自分を出さない部員は少なからず存在する。


 話は逸れるが、この春美術部もほたるが部長になって初めての新入部員を迎えた。

 しかし、これといって大きな変化は起きていない。

 秋の文化祭でファッションショーを開催するというほたるの意向は伝わっているはずだが、残念ながら他人事のように捉えている部員がほとんどだ。


 腕組みをした朱雀ちゃんは「慣れか……」と呟いた。

 3年生になってクラス替えがあり、朱雀ちゃんのことをあまり知らないクラスメイトが結構いる。

 そういう人たちにも朱雀ちゃんを前にすると気圧されているような態度が見られた。

 朱雀ちゃん本人はあまり気にしていないようだが、同学年でも気安く話し掛けにくくなっているようだ。

 たぶんわたしも3年間同じクラスにならなかったなら、いまの朱雀ちゃん相手に普通に話すことはできなかっただろう。


「よし!」と朱雀ちゃんがポンと手を打った。


「新入部員の歓迎会が必要だね!」


 彼女にしてはまともな提案だと胸をなで下ろす。

 すかさず千種ちゃんが「歓迎会って何をするの?」と尋ねた。

 いまはお喋りしながら飲み食いといったことはやりにくい。

 打ち解ける機会を作ることが難しいご時世だ。


「新歓ファッションショーをやろう!」と朱雀ちゃんが宣言した。


 うわー、大変そうと自分とは無関係ながら感じてしまう。

 入ったばかりの1年生に同情する気持ちすら湧き上がり、「負担が大きいんじゃない?」とつい口を出した。


「あー、確かにそうだね。人数が少ないから……。だったら、美術部と合同でやろう!」


 とんだやぶ蛇だ。

 わたしが「待って!」と叫んでも、もう朱雀ちゃんは立ち上がって「ほたるちゃんに相談してこよう」と駆け出す勢いだ。

 千種ちゃんに助けを求めようと目を向けても「いいアイディアだね」と背中を押している。

 わたしは仕方なく朱雀ちゃんのあとを追うことしかできなかった。


 彼女は真っ直ぐ2年生の教室に向かった。

 わたしはほたるが断ってくれればいいがと祈る気持ちであとに続く。


「ほたるちゃん!」と朱雀ちゃんは教室に入ると周りの目を気にすることなく大声でほたるの名を呼んだ。


 スケッチブックに視線を落としていたほたるが顔を上げる。

 彼女は朱雀ちゃんを前にしてもまったく動じることがない。

 いつもの無表情のまま「何?」と視線で問い掛けた。


「手芸部と美術部合同で新歓ファッションショーをやろう! みんな自慢の服を着てランウェイを歩くの! この経験がきっと文化祭でも生きてくるよ」


「それならうちも参加させてください!」とほたるのクラスメイトとなったさつきちゃんが手を挙げながら駆け寄ってきた。


 彼女もまた文化祭でのファッションショーを目指していて、ほたるとよく話し合っている。

 そのせいでわたしとも顔見知りになった。

 非常にコミュ力が高く、誰とでも仲良くなれる性格だ。

 朱雀ちゃんとも面識があり、すぐにその希望を承諾してもらった。


「美術部は参加を渋る生徒が多いと思うから……」とわたしは懸念を伝えたが、ほたるは「説得する」と賛成に回ってしまった。


 朱雀ちゃんはゴールデンウィーク中に準備をして、明けたらすぐに開催しようと瞬く間に計画を立てていく。

 わたしが「緊急事態宣言が出たら部活動ができなくなるかもしれないよ」と言っても、「そうなったらそうなった時。再開したらすぐに行えるように準備しておこう」と朱雀ちゃんを止めることはできない。


光月みつきは心配しなくていいよ」とほたるが慰めてくれる。


 彼女は部長だが2年生だ。

 3年生の部員は耳を貸さないかもしれない。


「わたしも頑張るよ」とわたしは答える。


 正直、あまり仲良くない人と話すことは苦手だ。

 できることならやりたくない。

 これまで朱雀ちゃんやほかの多くの人に守ってもらい、そうしたことを避けて通って来た。

 でも、少しくらいは。

 ほたるのためなら、わたしだって頑張れるのではないか。


 朱雀ちゃんがわたしの背中をポンと叩いた。

 ちょっと痛い。

 さつきちゃんがニコニコとわたしを見ている。

 ほたるがわたしの手を取った。

 その温もりがわたしに勇気をくれた気がした。




††††† 登場人物紹介 †††††


山口光月みつき・・・中学3年生。美術部。1年の時にいじめに遭い朱雀たちに助けられた。現在ほたるとつき合っている。


原田朱雀・・・中学3年生。手芸部部長。昨年の文化祭で中心となってファッションショーを開催した。


鳥居千種・・・中学3年生。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。厨二病っぽい発言が多く変人扱いをされている。


矢口まつり・・・中学3年生。手芸部。朱雀に振り回されてばかりだが、朱雀への憧れも。


上野ほたる・・・中学2年生。美術部部長。今年の秋の文化祭でファッションショーを計画している。


朽木陽咲ひなた・・・中学2年生。手芸部。ほたるの友人。空気を読まないというより読めない。


沖本さつき・・・中学2年生。元ダンス部。ダンスに見切りをつけ自分が輝く舞台としてファッションショーを中心となって進めたいと考えている。ほたるとはライバルだが協力関係も。

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