令和な日々 サイドストーリーズ

ひろ津

令和3年4月17日(土)「新年度のスタート」島田琥珀

 3年生になった。

 周囲には高校受験に備えて塾に通う子が増えてきたものの、まだ受験生という自覚はあまり見られない。


 土曜日の午後、体育館でのダンス部の練習が終わった。

 1年生はまだ入部していないが、それでもかなりの大人数だ。


「これからミーティングをします! マスクをつけて座ってください」


 マネージャーが声を掛けて回るのを横目に見ながら、わたしはジャージの上着を羽織った。

 外は雨がパラつき肌寒い。

 明日にかけて天気が荒れるという予報も出ている。


 床に座った部員たちの前にわたしは立つ。

 横には部長のあかりが、その向こうにはわたしと同じ副部長のほのかが立っている。

 わたしは自分の両頬を手で押さえてリラックスを心掛けた。


 あかりが今後のスケジュールについて確認したあと、2年生になった奏颯そよぎちゃんに新入部員の選抜方法について説明してもらう。

 彼女は現在の部長よりも貫禄のある態度でみんなの前に立った。


「入部テストを行うという情報を流したので、ある程度やる気や熱意がある生徒しか来ないと思います」


「テストは実際にせえへんの?」とわたしが尋ねると、「形だけは行います」と奏颯ちゃんは微笑んだ。


 来年度以降のことも考慮してのようだ。

 新2年生の部員たちは将来のことにも抜かりがない。

 入部テストについての打ち合わせが終わると再びあかりが前に立つ。


「大阪では部活動が休止になりました。ここ神奈川も感染者数が増加しています。そのための備えが必要になると思います」


「そうなった場合、自主練のメニューを定期的にLINEで流すので各自こまめに確認してください」とほのかが部員たちに声を掛けた。


 これは由々しき事態だ。

 昨年も一斉休校によって多大な影響を受けた。

 学校は勉強の場だと言うが、勉強だけなら塾で十分だ。

 塾で体験できないもののひとつが部活であり、そこで得られる経験は非常に大きいとわたしは感じている。

 それがまたしても休止に追い込まれるとしたら残念でならない。

 わたしの残り少ない部活動の時間が何もできないまま終わってしまうかもしれないのだ。


 ミーティングが終わると順番に着替えだ。

 密を避けるため数人ずつ着替えるため非常に時間が掛かる。

 上級生が優先だが役付の3人は最後というのが恒例になっている。


「琥珀はいいよね。好きな子と同じクラスになれて。担任も岡部先生だし」


 1学期が始まって以来何度も何度も繰り返し聞かされた愚痴をまたもあかりが零す。

 最初のうちは慰めていたがさすがに相手にするのに疲れた。

 それに同じクラスになれたからといって良い関係が築けているかは別問題だ。


「ほのかのクラスは平和そうでええね」


「クラスのことはどうでもいいけど、2年連続で1組と5組って絶対嫌がらせだと思う」


 あかりラブなほのかにとっては物理的な距離が最大の障壁であるようだ。

 あかりが「ほのか~」と人目を気にせず抱きついた。

 部活でこうやってイチャイチャしているんだから、クラスが離れていてもどうってことなさそうなのに……。


 今年は学級委員には選ばれなかったものの担任がダンス部顧問ということもあって頼まれ事が多い。

 わたしたちが3年生になったことで校内最強の称号を得た小西さんもうちのクラスだ。

 男子でも手に負えない彼女がやり過ぎないように止める役を担任からお願いされている。

 とてもわたしひとりでやり遂げられる役目ではない。

 普段から他人に手を出すタイプではないのでトラブルが起きなければ大丈夫そうだが、何とも気を使うポジションだ。


「久藤さんはどうなん?」とあかりに尋ねる。


 温厚なわたしでも長時間目の前でイチャつくのを見せられると機嫌が悪くなる。

 あかりは顔だけこちらに向けて、「本人が言っていた通り休み時間もずっと勉強しているよ」と答えた。

 久藤さんとは2年の時は同じクラスで反発し合う間柄だった。

 小西さんの親友でもあるので気になっていたが、本当に受験勉強に集中しているようだ。


「それよりさ、担任が厳し過ぎてヤバいよ……」


 わたしと会話をしているのにほのかを抱き締め続けるあかりも相当ヤバいと思いつつ、「ジャージの君塚先生やね」と顔をしかめながら応じた。

 フレンドリーな先生が多い中で英語の授業は異色だった。

 ちょっとのミスも許さない張り詰めた緊張感が余計にミスを誘う感じがする。


「ホームルームもあのノリだからさ。マジでヤバいって。ほかのことは我慢できるけど、担任だけは変えて欲しい……」


 その言葉にほのかが顔を上げた。

 明らかに怒った表情で、「わたしのことはどうでもいいの?」と喚く。

 あかりは焦って「そうじゃなくて……」と取り繕うが、「最低! あかりにとってはクラスが離れているのは我慢できることなんだ」とほのかは不満をぶちまけた。


 くっついているだけならいつものことかという目で見ていた部員たちも、ケンカが始まると野次馬のように集まってくる。

 わたしはこめかみを押さえ「着替えに遅れないように」と注意しながら、犬も食わないケンカをどう収めるか頭を抱えた。


 結局、「何でもするから許して」と謝ったあかりにいろいろな条件を飲ませたほのかが「まあ、いいわ」と鉾を収めた。

 ほのかの要求通りお姫様抱っこを始めたあかりを見て、見物人たちは呆れ顔で散っていく。

 こんなことに頭を悩ます必要はなかった。

 無駄なことをしたと反省しつつ、同時に羨ましくてたまらなかった。


 わたしと藤花ちゃんは別にケンカをしている訳ではない。

 あかりたちのようにシンプルに好きでいられたら幸せなのに、それが難しい。

 こっそりと溜息を漏らす。


「重いよ」と言ってまたほのかを怒らせたあかりのことはもう無視して、わたしは藤花ちゃんとのよりを戻す方法を考え続けた。




††††† 登場人物紹介 †††††


島田琥珀・・・3年2組。ダンス部副部長。生まれも育ちも神奈川だが両親が関西出身ということもあって関西弁を話す。成績優秀でコミュ力も高い。


辻あかり・・・3年5組。ダンス部部長。3年連続5組となった。成績はあまり良くない。リーダーシップにも欠けるが根は真面目。


秋田ほのか・・・3年1組。ダンス部副部長。成績は良いが、口の悪いコミュ障。そんな自分を受け入れてくれたあかりにゾッコン。


恵藤奏颯そよぎ・・・中学2年生。次期ダンス部部長。人数の非常に多い同学年の部員をまとめ上げている。


黒松藤花・・・3年2組。おとなしい性格の美少女。自分を庇護してくれる存在として琥珀と友だちになることを受け入れたが、妹の成長を目にして過去の判断を受け入れがたく感じている。


小西遥・・・3年2組。空手を習い校内最強の座は揺るぎないものになった。不良にしてアサミの親友。


久藤亜砂美・・・3年5組。3年になって生徒会役員を辞め受験に集中することにした。目標は県内の公立最難関校。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る