第20話「タイクツガミチタリタセカイ」

 俺はいったいなにを見せられているのだろうか……これは現実に起きていることなのだろうか……果たして俺はいま起きているのか寝ているのかどちらなのだろうか……寝ているとするならばこれは俺の脳が創り出した夢なのだろうか……起きているとするならば俺はこれを見ているのだろうか……

 わからない……わからない……

 オレニハナニモワカラナイ……


 それはまるで、何らかの物品を製造している工場でのの様だった───


「やめてくれ。頼むからもうやめてくれ。もう、もうこんなのは見たくない……」

 手足を椅子に縛り付けられた男はそう言いながらも眼前で繰り広げられる光景から目が離せなかった。

「よろしくおねがいします……あぎゃあああああ」

「はい次ー」

「よろしくおねがいします……いぎゃあああああ」

「はい次ー」

「よろしくおねがいします……うぎゃあああああ」

 無機質ながらどこか優しげな女の声とその女へと挨拶した直後に耳をつんざく様な断末魔の叫びを上げる子供の声が交互に繰り返され、その音は拘束されているが為に耳を塞ぐ事の出来ない男の鼓膜をひっきりなしに揺らし続けた。

「はい次ー」

 男から僅か一メートルほどの位置に立つその女は衣服を一切身に付けておらず、年の頃にして恐らく二十歳はたち前後であろうその肉体からは艶かしい色気が放たれていた。

「よろしくおねがいします……えぎゃあああああ」

 拘束されている男の年齢は二十歳を一つ過ぎたばかりであり、そんな若い男が同年代の女の裸体を目の当たりにしたならば劣情を抱いてもおかしくはないにも拘わらず男は女の裸体など一切眼中になく、ただひたすらに自らの視界を赤く染め続けるその行為にのみ目を向けていた。

「はい次ー」

 白く好き通った新雪の様な肌をした女の手には刃渡りにして四五しご十センチはあろうかという巨大なハサミがあった。

「よろしくおねがいします……おぎゃあああああ」

 男が拘束されている椅子の正に目の前を身長からして恐らく四五しご歳ほどの裸の子供達が整列しながら行進し、座る男とその視線の先に立つ女との間に立っては一人ずつ歩みを止めた。そうして立ち止まった子供が男の方へと向き直って背後に立つ女へ挨拶すると、女は手にしたその巨大なハサミの刃を子供の首にあてがい、ゆっくりと首を切り落とした。

「はい次ー」

 緩慢な動きで首を切り落とされていく過程の子供の表情は苦痛に歪み、いま正に死を迎えようとしているその瞳はじっと男を見つめ続けた。女が手にしている巨大なハサミの切れ味は鋭く、その緩慢な動きに反してあたかも紙切れでも切っているかの様にものの数秒で首を切り落とし、切り落とされた子供の生首は男の方を向いたままに断末魔の叫びを上げた。切断面からおびただしい量の血を撒き散らしながら前方へと滑り落ちた生首はその子供自身の左右の手で受け止められ、自らの頭を抱き抱えた頭のない子供の体は男へと向けていたその身を翻して男と女の間をすり抜けて再び行進を続けた。

 男の左側から子供が来て、

「よろしくおねがいします……ぎぎゃあああああ」

 首が落ち、

「はい次ー」

 右側へと抜けていった。

 左側から子供が来て、

「よろしくおねがいします……ひぎゃあああああ」

「はい次ー」

 首が落ちると右側へと抜けていった。

「よろしくおねがいします……わぎゃあああああ」

「はい次ー」

「よろしくおねがいします……げぎゃあああああ」

 赤、赤、赤……

 子供が来ると女の手が動き、巨大なハサミが子供の首を切り落とす。

 子供が来る度に男の視界が赤く染まり、滑りを帯びたその赤い液体は男自身の体も真っ赤に染め上げた。

「はい次ー」

 優しげな女の声は相変わらず無機質で、その表情は堪らなく退屈そうだった。

 十人、二十人、三十人、四十人……

 その流れ作業が五十回を超えた辺りで男は数えるのをやめた。

 百、二百、三百、四百……

 千を超えても尚、男の眼前で繰り広げられるその光景は続けられた。

 淡々と続く日常の如く延々と繰り返されるその流れ作業が滞ることはないかに思えた。

 だが……

「よろしくおねがいしま……いぎいいいあぎゃあああああがえああああああ…………」

「あ、間違えた」

 突如としてそれは起きた。

 それまでとは明らかに異なる子供の声、そして女の放った「間違えた」という一言、男はそれらの要因から何らかの異常事態が起きたことを察した。

 座る男の膝の上には切り落とされたばかりの子供の生首が乗り、苦痛に歪んだままの表情で見開かれた瞼が二度三度開閉してはその瞼の奥にある瞳が恨めしそうに男を見つめていた。

「あはは、ごめんごめん。キミはまだ死んでなかったのね」

 途端に上機嫌になった女は抑揚のない口調でそう言うと、首のない子供の体の足首を掴んで列の行進を妨げる異物を廃棄する様に無造作に放り投げた。

 そして、何事もなかった様に言った。

「はい次ー」

 気が付くと男は女に対して劣情を抱いていた。

 それからの男は沸き上がる情欲のままにただひたすらに女の裸体だけを見つめ、自身の膝の上に乗ったまま徐々に干からびていく子供の生首や眼前で繰り広げられる光景など一切目に映らなくなっていた。

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