第12話「そして、全ては一となって消えた」

 十年前の事だと思っていた。

 あの日はもう随分と過去むかしの事だと思っていた。

 それは、左手に残る確かな感触だけが証明する事が出来る可能性の話。


 俺はあの日、右手で彼女の左の眼球を抉り出し、左手でその眼球を握り潰した。その感触は十年経った現在いまも変わらずに残っている。

 まるで昨日の事の様に真新しい記憶の中に左手にのみあの日の感触が残されている。

 記憶が刻む時の流れに抗うように、一日、一時間、一秒毎に左手が彼女を思い出す。

 過去むかしの事だった筈の左手に残るこの感触は、現在いまの感触となり、未来これからの感触となった。


 俺はまた右手で彼女の左の眼球を抉り出し、左手でその眼球を握り潰した。

 もう何度目の記憶なのか、何度目の現在いまなのかわからない。

 ただ、俺の左手に残る確かなその感触を感じる度に俺の十年前が現在いまになる。

 十年前の事だと思っていたあの日が現在いまへと帰ってくる。

 もうどこにもいない彼女の眼球を握り潰したあの日がここに帰ってくる。

 過去むかしの事は現在いまになり、現在いまの事は過去むかしとなる。

 そして俺はまた未来これからの記憶を取り戻すために彼女を探す。

 何度現在いま過去むかしになろうとも新しい感触を求める限りは過去むかし現在いまへと帰ってくる。

 過去むかしに取り残された無数の彼女の右眼がじっと俺を視ていた。

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