第10話「夏が来て冬を殺した日の夕暮れは白かった(天使になった猫と旅する少女の見た夢の終わり)」

 ある日の夜、左手のない猫が空を飛ぶトンボになった。

 トンボになった猫は自由を失い、地に這いつくばった。それでも猫は諦めなかった。

 折れた羽根を翼に変え、弱った肢体からだを肉に変えた。血を吐き、肉は裂け、骨が砕けても猫は諦めなかった。

 その夜、猫はトンボになり、やがて七色の翼を持つ天使に変わって天に昇った。

 天に昇った猫は空の上から地を見下ろした。

 地を見下ろした猫は泣いた。

 鳴き声を出しながら泣いた。

 空の上には何もなかった。

 地には残酷なまでの自由があった。

 天使に変わった猫は自由を失った悲しみに心を支配され、空の上でたった独り、ずっと泣き続けた。

 泣いて、鳴いて、啼いて、哭いた。

 猫のなくその声は空の上に響いていた。

 いくら泣いても猫の流す涙が尽きることはなかった。



 ある日の朝、少女はいまの自分が生まれた日のことを思い出した。

 いまそこにいる自分が生まれたその日を思い出した少女はかつての自分を求めて旅に出た。

 いまそこにいる自分を包むすべてのぬくもりを捨て去り、いまそこにある自分を引き留めるすべてのためらいを振り払い、少女は旅に出た。

 雨が、風が、闇が、光が、すべてが少女の行く手を阻んだ。それでも少女は歩みを止めることをしなかった。

 雨に立ち向かい、風に歯向かい、闇に目を凝らし、光を遮って前へ進んだ。

 旅の途中で少女は倒れ、力尽きた。

 力尽きた少女はいまの自分もかつての自分もすべてを失った。



 その日、力尽きた少女の元へ空から七色の翼を持つ天使が舞い降りた。

 天使は泣いていた。かすれた声で鳴きながら泣いていた。

 天使の流す涙が少女の頬を濡らすと少女は目を覚ました。

 そして少女は天使の頬を伝う涙を拭い、天使と共に天高く飛び立った。

 もう二度と空の上に猫のなく声が響くことはなかった。

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