第6話「絲 -イト-」

 酒を呑み、肉を喰らい、金を掴んだ。

 血を流し、肉を剥がれ、金を奪われた。

 多くの生物が死に、多くの生物が消えた。

 海が枯れることはなかった。

 地が無くなることはなかった。

 人は何処へいった?

 人は何処へ消えた?


 人はもう何処にもいない───


『六年前にインドから始まったこの現象は今年度末には我々の暮らすこの…』


 薄い板の中で人の雌が何かを言っていた。その雌の顔は不自然なくらいに肌色だった。

 俺は手元にあった板を持って板の中にいる人の雌にシャッター切った。


『昨日の取組…お前が好…犯人は…美味しいうどんは…今から半額…』


 俺は繰り返しシャッターを切った。

 板の中にはいくつかの場面と何人かの人の雄と雌が現れた。

 砂嵐が見つからない…

 黒いシャッターを何度挟んでも、その薄い板の中に砂嵐は現れなかった。

 昔は板は板ではなく箱だった…

 その箱の中にはいつでも砂嵐が現れた。

 シャッターを切ればいつでも砂嵐が現れ、人の雄と雌で汚れた箱の中を洗い流した。

 砂嵐は俺の心も洗い流した。

 砂嵐はもうない…

 気がつくと箱は板になり、砂嵐は見つからなくなっていた…


 ついにその時が来た。

 インドで始まったこの現象はついに日本にまで到達した。

 糸、糸、糸…次々と人が糸になる。

 糸となって消える。糸となって消える。

 砂嵐が吹き、人が糸となって消える。

 人々はこの世の終わりと言った。

 人々は悪魔の仕業と言った。

 人々は天罰と言った。

 神に、仏に、先祖に、悪魔に、に祈った人々は糸となって消えていった。

 人々はそれでも祈った。祈った。祈った。

 自分では何もせずに、ただ、自分以外の何かに祈った。

 他に、他に、他に、他に、自分以外の何もかもに祈った。

 そして、糸となって消えた。

 糸、糸、糸、糸、糸、糸、糸、糸、糸。

 他人任せの他人事主義者は糸となって消えた。

 糸、糸、糸、糸、糸、糸、糸、糸、糸。

 糸となった人々は天に舞い上がり、世界の果てに消えた。

 そこには一体の操り人形がいた。

 操り人形はかつて人だったその糸を紡ぎ、布を織った。

 人はもう何処にもいない。いるのは一体の操り人形。

 人の消えた世界で操り人形が糸を紡いで布を織っていた。

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