第5話「昨日の夢、明日の現、今日は幻。」

「?いかのな日今の日昨だん死は日明。うよはお」


 魚に乗った亀が話し掛けてきた。

 魚の頭は少しだけ味噌味で醤油をかけたサンドイッチのようだった。

 それはやはり、見知らぬ土偶だったと感じたので見て見ぬふりで近づくと花火の後の雪景色に消えた。

 来年もまた三歳の誕生日だと思った俺は魚の頭に牛乳瓶で火を点けた。


「るがやてえ生が塩に原野け焼で年二たった。いなけ情」


 亀の左胸についたアゲハチョウがそう言って俺に夕方をくれた。

 俺はその夕方を湖に捨てようとしたが、その直前になって溢れた綿菓子により空を飛んで逃げていった。


「にのたっ買を車てて育を猫が陽太るくて出らか腕左の君でとっょちとあ、いな体勿」


 不意に後ろから声がした。

 前を向くと六年前に自殺したコントラバスが縄跳びをしながら俺の周りを這っていた。

 そこにはコントラバス以外にも、蟻、マッチ棒、焼きそばパン、目玉焼き、逆さ吊りになったマンションがいた。

 俺の足下には俺の物ではない陰茎が落ちていた。


「ねのたし貸に館書図をーォフイバーツの私がたなありぱっや!ンァア」


 転がる見知らぬ陰茎からは可愛らしい女の子の声がした。

 それを踏み潰すと空の色が変わった。


「ねてっ使に理料の日明は空のこ」


 耳鳴りの様な甲高い声がした。

 その瞬間に俺の右手は左手の薬指を地面に叩きつけていた。

 叩きつけた衝撃で左足が二本増えた。

 空の色は左足の色と似ていた。

 それから暫くは何もないと思った。

 時々、真っ赤に燃える郵便受けがラジオ体操第一の音楽と共に地面から落ちてきたが、やはりラーメンにはならなかった。

 ふと気がついた。


「これは夢だ」


 俺は思わず声に出していた。

 その瞬間、辺りの景色はモノクロとカラーの半々になった。

 向かって右側はまるで初期のモノクロテレビの様で、向かって左側は目に悪そうなほど鮮やかなカラーリングに彩られていた。

 さて、どうするか?

 そう思った時には遅かった。

 気がつくと俺は中学の同級生の女の子を抱き抱えながら走っていた。女の子はひたすら「いさなんめご」と繰り返していた。

 女の子は中学の頃に夢で視たままの姿だったが俺は今の俺だった。

 何を言っているのだろうか?

 そう思った瞬間に地面がなくなり、女の子は足下に広がる暗闇へと落ちていった。

 俺は必死で空を飛びながら耳を塞いだ。

 暗闇からは嫌な音がしていた。

 苦痛に歪む人の呻き声のような、無数の釘で金属の壁を引っ掻くような、そんな音だった。


「?ょしでじ同てっ下と南」


 その声は懐かしかった。

 名前を思い出せない女の子の声だった。

 声がしたのとほぼ同時に目の前に道路が現れた。道路には無数のホタテ貝の貝殻が転がっていた。

 その貝殻は全て割れていた。


「寝る前に靴履いてくればよかった」


 俺は割れたホタテ貝を見ながら呟き、それが敷き詰められた道路の上を裸足で歩き出した。

 痛みは感じることはなかった。

 夢だから当たり前だと思った瞬間に目が覚めた。

 その瞬間、俺の視界にはいつもの暗闇しか映らなくなった。

 明日もまた夢で視られるようにと願いながら俺は手探りで杖を取って起き上がり、変わらぬ日常へと身をまかせ始めた。


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